第6話 かなり懐かれた


 六月になり、梅雨のシーズンに入った。

 とはいえ今年の梅雨はそこまで猛威を振るっておらず、一週間のうちに雨の日が少し多いなと思う程度。


 だがこの時期になると、少し先で待ち構えている夏の気配がほんのりと感じられる。

 昼間だとブレザーは暑いし、でも夜は肌寒い。


 まさに中途半端な時期で体調も崩しやすいのだが、俺はほくほく顔で日々を満喫していた。


「どうかな? 両家ミックスのカレーを作ってみたんだけど」


「美味いよ、冬子さん」


「そう? よかった!」


 うふふ、と微笑みを浮かべる冬子さん。

 今日父さんは仕事で遅くなるという事で、食卓にはいなかった。


 これまで通りなら、俺と冬子さんの二人で夜ご飯を食べる――ってのが普通だったのだが。


「……もぐもぐ」


 咀嚼音がもぐもぐでお馴染みの雪音が、俺の隣に座ってカレーを頬張っていた。


「美味いか?」


 俺が聞くと、雪音が小さく頷く。


「……うん、美味しい」


「まぁ! お母さん嬉しい!」


「……うん」


 微笑ましい母娘の会話を聞きながら、俺は満足げに頬を緩ませる。

 

 あの日、雪音が俺にその苦悩を話した日から雪音は部屋から出るようになった。

 少し寂しい気もするが、あの配膳もなくなったし、こないだは父さんが初めて雪音とまともに顔を合わせてガチ泣きしていた。

 ちなみに、俺ももらい泣きした。


 俺としては、新生三好家がだんだんと家族らしくなっていくのが嬉しくてたまらない。

 それもこれも全部、雪音が少しずつ心を開いてくれているおかげだ。


 無言でもぐもぐとカレーを食べ続けた雪音は、呟くように「ごちそうさま」と言い、食器をキッチンに運ぶ

 そのまま部屋に戻るかと思いきや、再び俺の隣に座った。


「…………」


 それから少しして俺も食べ終わり、


「ごちそうさまでした」


「はい、どういたしまして!」


 俺も席を立ち、食器を運んで部屋に戻ろうとすると、ようやく雪音が立ち上がり、俺の隣にピタッとくっついてきた。


「まぁまぁ!」


 嬉しそうに目を輝かせる冬子さんを横目に、リビングから出る。

 その時も雪音は俺の袖をギュッと掴んで、離れることはなかった。


「(いや、嬉しいんだけどね……)」


 実は雪音が部屋を出始めてからというもの、ことあるごとに雪音は俺にピタッとついてくるようになった。

 流石に外まではついてこないものの、家の中であればほとんど俺の隣にいる。


 雪音に寄り添い続けた結果、こんなにも懐かれてしまったのだ。

 

「(この展開はさすがに予想してなかった……)」


 別に嫌じゃない。むしろ嬉しいまである。

 じゃあ何がここまで気にかかるかというと、過ちが起こってしまいそうな距離感なのだ。


「今日は兄さんの部屋がいい」


「お、おう」


 雪音の部屋を素通りし、俺の部屋に二人で入る。

 そのままベッドに倒れ込むと、雪音はベッドにちょこんと座り、何かを待つように礼儀正しく膝の上に手を置き黙り込んでしまった。


 ……え、何これ。今からえっちなことでもすんのか?


「(いやいや、俺たち兄弟だから! そんなのあるわけないし? っていうか、恋愛でトラウマ抱えてる雪音が、兄である俺にそんなわけがないだろ)」


 正直な話をすると、そんな雪音の姿を見て興奮しないわけではない。

 俺だって年頃の男の子だし、性欲は人並みにある。


 加えて雪音は、何度も言う通り100年に1人くらいのとんでも美少女。

 体つきは伊万里と比べればまだ幼いけど、出るところは出ているし、ホットパンツから伸びる雪のような白い太ももはむちっとしていて非常に刺激的だ。


 しかも雪音はこの通り大人しいため、そのギャップも相まって……妹に使っていい表現化は分からないが――ガチでエロい。


「(で、でもきっと年頃の妹がいる兄にとっては、あって当たり前の通過儀礼なんだろうな。――つまり、兄であることが今、俺に試されているッ!!!)」


 兄としての心持を強く抱き、煩悩を振り払う。 

 せっかく雪音が俺に懐き始めているのだ。程度はさておき、ここでその仲良し曲線を歪めるような愚行は断じてしてはならぬ!


 頭の中で鐘を叩いていると、ようやく雪音が口を開いた。



「……兄さん、今から何する?」



「ぶはぁッ!!!!!!!」


 ガードの上からの強烈な右ストレートに、為すすべなく倒れる俺。

 これが世界チャンピオンの実力か……。


「に、兄さん大丈夫⁉」


「あ、あぁ大丈夫だ。ちょっと思春期特有の病を抱えててな。でも大丈夫だ、直に治る」


「そ、そっか。でも、私にできることがあったら言ってね? 兄さんが私にしてくれたように私も……できることならなんでもするから」


「ぶはぁッ!!!!!」


「兄さん⁉」


 さすがの俺でも、急所に二発モロに喰らえば脳が揺れる。

 可愛いとはどれだけ強力な武器になりえるのか、俺は強く痛感させられた。


 

 だが、これはまだよかったのだ。

 雪音の俺に対する懐き度は、この時が一番ちょうどよかった。

 べったりと俺にくっついてくるのもまだ可愛かったし、距離感もまだ仲睦まじい兄弟のソレだった。


 ――しかし、俺はじきに体感することになる。



 雪音の俺に対する『愛情』が常軌を逸していることに。




 

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