第28話 伊万里のお説教


 少しだけ伊万里と話をして、再び勉強に集中し始めた俺たち。

 一時間も勉強すれば頭も疲れてきて、伊万里の提案で休憩することにした。


 伊万里が入れてくれた紅茶を飲みながら、のんびりと頭を休める。


「そういえばさ」


「ん?」



「昨日の夜テスト勉強して眠れなかったって話、嘘でしょ?」



「……うえぇ?」


 あまりのも唐突に、なんでもない世間話をするみたいに伊万里が言うものだから、思わず変な声が出てしまう。

 伊万里は何でも見透かしたかのような表情で続ける。


「三好くんってほんと、嘘つくのが下手な人だよね」


「わ、分かってたのか。なんだよもう……」


 正直な話、あの伊万里が俺の嘘で騙されるとは思っていなかった。

 だから意外ではないのだが、なぜ今になって言ったのか気になる。


「じゃあどうして俺の嘘に乗って勉強会開いてくれたんだ?」


「それは三好くんが必死に隠そうとしたからだよ。なんかやましいことでもあるのかなーって。例えば――妹ちゃんことととかでね」


 確信めいた笑みを浮かべる明日実。

 なるほど、やはり伊万里には全部お見通しってわけか。


「俺は伊万里に隠し事は出来ないのかもなぁ」


「そんなことないよ? 私、分からないことだらけだし。三好くんのことも、全然分からない」


「そうか? 俺から見れば、全部筒抜けって感じだけど」


 俺が言うと、伊万里がふっと息を漏らす。



「三好くんのこと全部分かるなら、こんなに苦労しないんだけどな……」



 少し沈んだ顔で、小さく呟く。


「え、どういうことだ?」


 聞き返すと、伊万里はすぐに明るい表情に戻った。


「ううん、なんでもない。そんなことより、一体何があったの? 私に話してみなさい?」


「……はぁ、やっぱり伊万里には敵わないな」


「そうでしょう?」


 得意げに胸を張る伊万里。

 俺は観念して、昨晩のことを話した。


「――というわけで、かなりの大騒動が起きちゃいまして」


 ずっと黙って聞いていた伊万里が、ようやく口を開く。


「……何してんの」


「ひぃいぃッ!!!」


 ドスの効いた伊万里の声。

 俺は恐れおののいて、すぐさま土下座の態勢をとる。


「すみませんすみません!! 俺としたことがっ!!!」


「三好くんはさ、お兄ちゃんでいたいんだよね? ずっと欲しかった兄弟なんだよね?」


「さ、さようでございます。で、ですが昨日は、雪音が捨て身の本気、というのを出してきまして……」


「それをちゃんと叱って、はねのけるのが正しいお兄ちゃんだよね? どうして本気で拒まなかったの? 今までの甘い三好くんの対応が問題なんじゃないの?」


「そ、それはですね……」


 あまりにも正論すぎて反論のはの字も出てこない。

 伊万里は誰もが認める正義だが、その正義正論は時にこうして牙をむく。

 俺は改めて伊万里真里という女の子の恐ろしさを体感していた。


「もう……三好くんしっかりしてよ」


「す、すみません」


 伊万里が深い溜息を吐く。


「三好くんはさ、どうしたいの? ほんとに雪音ちゃんと兄弟がしたいの?」


「マジでしたいです、兄妹! でも、雪音に悲しい思いをさせたくないというか、雪音のしたいことを拒みたくないという、甘やかしたい兄貴が俺の中にいて……」


「それがダメなの!」


「すみませんッ!!!」


 伊万里の説教モードに、どんどん熱が入っていく。


「どっちかじゃないとダメ! 三好くんがお兄ちゃんとしてちゃんとケジメをつけるのか、それとももういっそのこと雪音ちゃんと結婚してあげるのか!」


「えぇぇ⁉ ゆ、雪音と結婚とかそんな……」


「最終的にはそうでしょ? だって雪音ちゃん、三好くんのこと本気で好きなんだから」


「その……なんていうか? よくあるじゃん? 小さい頃はお父さんと結婚します! 的なやつがさ。そのパターンな可能性はありません?」


「思いっきり精力剤盛られて迫られて、キスまでしちゃってるのに?」


 呆れたように伊万里が言う。


「やっぱり過剰な愛ですよね分かってました!」


「だから、ちゃんとはっきりした方がいいと思うよ? 三好くんはどうしたいの?」


 伊万里に問われて、頭の中で考える。


「俺は……」


 思えば今まで流され続けて、雪音の気持ちを踏まえて本気で考えたことはなかった。

 改めて、ちゃんと考えてみる。これが普通とか、そういうのは何も考えずに。


 今俺がどうしたいのか。どうなりたいのか。どんな未来を望むのか。

 その答えは……。



「俺は、雪音と仲のいい兄妹でいたい」



 俺が結論を出すと、伊万里が小さく笑う。


「うん、それが三好くんの気持ちならそれを突き通しなよ」


「そうだよな。俺が全部中途半端にしてたのが悪いし、一回ちゃんと伝えてみる」


「ふふっ、そうだね」


 伊万里のお説教というか、ありがたい人生相談が終わり、雰囲気が一気に緩む。


「それにしても、どうしたら雪音は恋愛的な意味で俺のことを諦めてくれるかなー」


 伸びをして、リラックスしながら俺が言う。

 すると伊万里は、カップに一度口をつけてから、「じゃあさ」と切り出した。



「私と付き合ってみるのはどうかな?」



「――え?」



 

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