第22話 キスの味を知っちゃった


「「んっ……⁉」」


 明かりのついていない部屋の中。

 ベッドの上で重なる男女二人。


 雪音の銀色の艶やかな髪は月明かりを反射してキラキラと輝いていて、目と鼻の先にある瞳は薄っすら涙が滲んでいた。

 俺の唇と、雪音の唇が触れ合っている。


 感じたことのない柔らかな感触と、触れた先に帯びた熱。

 少しして俺は雪音の上からどいて、ベッドに座った。


「…………」


「…………」


 雪音も起き上がり、自分の唇に手を当てる。


「……に、兄さん」


 何かを確かめるように雪音が俺の名前を呼ぶ。

 

「ゆ、雪音……」


 俺はなんて答えればいいのか分からなくて、名前を返すことしかできない。


「わ、私たち今……キス、したよね……?」


「そ、それは……なんつーか、事故っていうか」


「でも、兄さんは私の唇に、唇で触れたんだよ?」


「っ!! そ、それは……」


 分かっていた。俺が事故とはいえ、雪音とキスをしてしまったことを。

 しかし、兄としての自分がそれを認めたくなかった。

 

「……えへへ、遂にしちゃったんだね」


 弾むような声で呟く雪音。


「これはだな……」


 何とか言葉を捻りだそうとしても、高鳴る胸の鼓動がうるさくて頭が回らない。

 それに俺は雪音から馬鹿みたいに強い精力剤を飲まされている。

 正直言って、頭はパンク寸前だ。


「ど、どうだった、兄さん? そ、その……私の唇は」


「き、キスした後に感想を求める奴がいるか!」


「あ、キスしたって認めた!」


「っ! く、くぅ……」


 ダメだ。もうどう考えたって俺と雪音はキスをしてしまったのだ。

 雪音が嬉しそうにはにかむ。


「ふふっ、ファーストキスが大好きな兄さんだなんて……嬉しいな」


 純粋な気持ちを言われて、胸がドキリとする。

 こんなことを言われて、嬉しくない男がどこにいるのだろうか。


「に、兄さんも初めて……だった?」


「……まぁな。で、でもな! これは事故だ! 故意じゃないから、ファーストキスとも言い難いぞ!」


 必死に抵抗する俺。


「じゃあ、兄さんはそう思えばいいよ。でも、私は兄さんとキスをしたって思うからね?」


「……か、勝手にしろ」


 雪音の無邪気に喜ぶ姿を直視できず、雪音に背を向ける。


「えへへ、兄さんとチューしちゃったっ♡」


「何度も言うな! は、恥ずかしいだろ!」


「恥ずかしい? どうして? これからはもっとするのに?」


「しないしない! これが最初で最後だ!」


 俺が言うと、雪音が声を荒げる。


「やだやだやだやだ!!! もっと兄さんとチューするの! しかも、今のはフレンチだよ? お子様キッスだよ⁉ まだキスには進化系があるんだよ⁉」


「進化させるか! あと、まだ雪音はお子様だ!」


「むぅ! 私はもう子供じゃないもん! 私の体見たでしょ⁉ ま、まぁまぁえっちだったでしょ⁉」


「そ、それは知らない! 見てないもんなー!」


「あぁー! 兄さんの方がお子様だ!」


 小学生が先生に告げ口するみたいなトーンで雪音が言う。

 今この状況において、あらゆる面において分が悪いな。俺自身のコンディションもよくないし。


 早く撤退したいと考えていると、雪音がしびれを切らして背中に抱き着いてきた。


「うはっ!!」


「兄さん~っ。ねぇしちゃおうよぉ~」


「な、何をだよ」


「それ、女の子に言わせるの? 言わせることに興奮しちゃうってことぉ?」


「ち、違うわ!」


 雪音も俺が弱っていることに気が付いているみたいだ。

 ここぞとばかりに迫ってくる。


「ねぇねぇ~。もうキスしちゃったんだしさ、ナニしても変わらないって~。ねっ?♡」


「きょ、今日はおしまい! もう遅いから寝るぞ!」


 雪音を振りほどき、無理やり布団の中に入る。

 すると、さも当然かのように、雪音も入ってきた。


「じゃあ私もここで寝るもん!」


「雪音は自分の部屋で寝ろ!」


「だ、だってぇ~! ここまで来たらいくところまでいきたいじゃん! だって今日、お母さんたちいないんだよ⁉ いくら声出してもいいんだよ⁉」


「声出すとか言うな生々しい!」


「兄さんと激しい夜を過ごすんだもん~っ!」


「マジで勘弁してください!」


 申し訳なく思いつつも、俺の貞操を守るために雪音を布団から追い出す。

 そしてすぐさま布団に包まり、鉄壁の蛹スタイルを構築した。


「も、もう兄さんっ!」


「今日は終わり! はいおやすみ!」


「むぅ……」


 不満げに頬を膨らませる雪音。

 俺が鉄壁の姿勢を見せ続けると、観念したようにため息をついた。


「まぁ、今日はキスできたしいっか。続きはまた今度ね、兄さんっ♡」


「ここで打ち切りだけどな!」


「ふふっ、おやすみ兄さん!」


「おやすみ!」


 ようやく雪音が部屋から出て行く。 

 パタン、とドアが閉まった音を聞いて、俺はようやくほっと胸を撫でおろした。


「(そ、それにしたって、今回はほんとにヤバかったな……ってか、キス、しちゃったし……)」


 自分の唇に触れる。

 気のせいか、まだ余韻が残っていて、体の奥底がじんわりと熱くなった。


「(……もう一回しとこう。じゃないと明日が大変だ)」


 決意するとともに、部屋に鍵を取り付けることを真剣に検討する俺だった。





     ◇ ◇ ◇





 自分の部屋に帰ってきて、私はすぐにベッドに飛び込んだ。

 そしてぬいぐるみを抱きしめて悶絶する。


「(わ、私兄さんとチューしちゃった! ほんとにチューしちゃったんだ!)」


「っ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


 興奮が冷めやらない。

 もう一度自分の唇に触れて、あの時の感触を思い出す。


「(キスって、あんなに気持ちいいものだったんだ)」


 何度も何度も、あの時の兄さんを思い出す。

 その度にお腹の下の辺りが、じんじんと熱っぽくなった。


「(……じゃ、じゃあ、もっと進んだことなんかしちゃったら、私もっと……)」


「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


 私、もっと兄さんといろんなことしたいな……。





 ――こうして、衝撃的な夜が終わり。


 キスを覚えた雪音の欲求は、さらに高まったのだった。

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