第21話 月明かりでダンス


 雪音が真っ暗な俺の部屋で、ぽつんと立っていた。

 でも、月明かりを受けて一際キラキラと輝いていて、眩しいとすら思える。


 あまりにも幻想的な光景に、俺は思わず瞼を擦る。 


「……兄さん」


 雪音が俺を呼ぶ。

 反応が鈍っていて、慌ててつっかえていた言葉を出した。


「ど、どうしたんだよ雪音。そんな格好して……」


 雪音が俯き、服をぎゅっと握る。


「……どう? 私、兄さんの理想的な女の子になれてる……?」


「ッ……!!!!」


 雪音の言葉一つ一つが俺を魅了する。


「(これは夢なのか? いやでも、だって……)」


 固まる俺に、雪音がゆっくりと近づいてくる。


「ねぇ、兄さん。私のこと、好き……?」


「い、いや、その、あ、あのなぁ……」


「兄さん、私のこと見てよ」


「ゆ、雪音……」


 雪音がギシッと音を立てて、四つん這いでベッドに上がる。

 俺は雪音から離れるように後ずさりするが、とうとう壁際まで来てしまった。


「兄さん……」


 雪音が俺に近づくたびに、体がもわっと熱くなる。


「(な、なんだこれ。なんだこれ⁉ やっぱり明らかに体がおかしい! 胸の動悸が激しいし、息は荒いし! な、何か俺食べたのか……?)


 今日一日を振り返ってみる。

 と、そこで一つ思い当たる節があった。


「お、おい雪音。もしかして夕飯の時……何か入れたか?」


「っ! そ、それは……べ、別にぃ?」


 あ、この顔は絶対何か入れた顔だ。

 雪音は嘘をつけばすぐに顔に出る。間違いなくあの時、俺のラーメンに何かを入れたんだ。


 俺の体の症状からして、もしや……。


「……精力剤でも入れたな?」


「ギクッ」


「や、やっぱりか! 通りでめちゃくちゃ悶々とするわけだ!」


 問い詰めると、雪音が「だって!」と切り出す。


「だって兄さん、私が迫っても全然手出してくれないんだもん! だからしょうがないじゃん!!!」


「しょうがなくないわ! ……はっ! もしかして今日父さんたちが旅行に行ったのも雪音の仕業じゃ……」


 俺が言うと、雪音がそっぽを向く。


「……知らなくていいこともあると思うよ、兄さん」


「確信犯きたぁぁぁあッ!!!!」


 つまり今日はすべて雪音の策略通りだったわけか。

 なるほど、これで胸につっかえていたものが取れた気がする。

 

「(さてさて、これでひとあん――しんじゃない⁉ 別に犯人が分かったからって、今の俺の状態は治らないもんな⁉)」


 正直言って、俺の今の性欲ゲージは82パーセントまで達している。

 それがどういう状況かと言うと、友達と旅行に来てて、みんなが寝静まった後にトイレに行って致すくらいにはムラムラしている。


 その状態で、目の前にめちゃくちゃえっちな恰好をした、恐ろしいほどに可愛い妹がいるこの状況。

 マジでほんとに、過去最大級の兄としての尊厳、そして貞操の危機である。


 さっきまですべてがバレて拗ねた様子だった雪音が、開き直ったように俺の膝に手を置く。


「もういいや、バレたらしょうがない。でも、兄さんも分かったと思うけど今日の私は本気だよ?」


「か、勘弁してくれないですかね?」


「ふふっ、無理っ♡」


「ですよね……」


 雪音がぺろりと唇を舐めて顔を近づける。


「前に私が言ったこと覚えてる? 兄さんを絶対に虜にするって」


「そ、そんなことも言ってたな」


「私ね、思うんだ。兄さんを私のものにするためには、兄さんに責任を取らせればいいんじゃないかって」


 なんだか口にするのもおぞましいようなことを言っている気がする。


「と、というと?」


「つまりね、兄さんと私がえっちしちゃえば、兄さんはもう私と一生生きるしかないと思うんだよ」


「やっぱり恐ろしいこと言ってた⁉」


 確かにそうだ。一度一線を越えてしまったら、俺は雪音に責任を取らざる負えなくなる。

 この妹、本当に可愛いだけじゃない。


「だからさ、兄さん。私としちゃお?」


「し、しないから! しないから!」


「でも兄さん、今だいぶ我慢してるんじゃない? だって私、飲んだら一晩中狼さんになるっていう奴入れたからさ」


「とんでもないもの入れてくれたな⁉」


 だからこんなに鎮まってくれないのか。

 ますます自分の置かれている状況のヤバさに気づき始める。


 雪音が両手を俺の膝に置き、体重を乗せてきた。


「兄さん、我慢するのやめようよ? 大丈夫、心配しないで? 私のこと愛してくれたら、絶対に兄さんの人生を幸せにするから。兄さんを一人にしないし、ずっと私が、兄さんを満足させてあげるよ?」


「魅力的な提案はありがたいんだけど、俺は雪音の兄さんでいたいんだよなぁ……」


「だから、兄さんでありながら私のお婿さんになる。これでいいよねっ?♡」


「よくないよくない! 共存できない二つが入ってますよ雪音さんっ!」


 どんどん雪音が俺に体重をかけていき、とうとう俺の首に腕を回してきた。


「ふふっ、細かいこと気にしないで? 私と一つになって、楽しいことだけしよ?」


「ゆ、雪音! 勘弁してくれ! これ以上はマズい……っ!」


「兄さん、ふふっ、兄さんっ♡」


 雪音が唇を俺に近づけてくる。

 何とか逃げようとするも後ろは壁で下がれず、頭をがっちりとホールドされてしまっている。


「(ど、どうする⁉ このままだと俺、本当に雪音と……)」


 俺はまだ兄貴でいたい。

 せっかく手に入れた兄弟という家族を、ここで失いたくない……!


 その思いに駆られて、俺は力を振り絞って立ち上がった。



「俺は兄貴だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!!!!!」



 ――その瞬間。


「きゃっ!」


 俺が立ちあがった勢いで、雪音が倒れる。

 勢いがよすぎたせいか、雪音がベッドから落ちてしまいそうになった。


「――雪音ッ!!!」


 俺はすぐさま雪音が頭をぶつけないように、雪音の下に飛び込む。

 ギシッとベッドが大きな音を立てた。




「「んッ――⁉」」




 その時だった。



 二人だけの真っ暗な部屋に、差し込む白い光。

 実に幻想的で、まるで映画のワンシーンみたいだった。


「…………」


「…………」


 二人とも言葉を発しない。いや、発することができない。

 なぜなら俺たちは、口がふさがっていて。



 つまるところ要するに、俺と雪音は事故的に、偶発的に――唇を重ねていたのだった。


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