第12話 そうだ、バイトしよう!


 ひとしきり顔の熱も冷めて。

 ようやく話を本題に戻す。


「それで、兄離れさせるにはどうすればいいんだろうか」


「どうする、ねぇ……難しいけど、方法なら一つ思いついたよ」


「マジか! どんなだ⁉」


 伊万里が人差し指を立てて、ニコッと笑う。


「家にいる時間を短くすればいいんだよ」


「なるほど、なぁ」


 思えば俺は放課後になればすぐに家に帰っていた。

 雪音は通信制なのでいつも家にいるわけだし、一緒に家にいる時間が現状多くあるわけだ。


「そうすれば、必然的に一緒にいる時間も短くなるし、それで少しは離れるんじゃない?」


「うーん、まぁそうかもしれないけど」


 雪音のあの狂気的な愛情を思い出す。


「もしかしたら、離れたが故に事態が悪化するっていうのも考えられないか?」


「あー、確かにね」


 うんうんと頷く伊万里。


「でも、やってみないとわからないんじゃない? それに今の状態を続けたら結局、三好くんの悩みは解決しないわけだし」


「……確かにそうだな。一回そうしてみるか」


「うん、それがいいよ」


 ニコッと微笑む伊万里。


「でも、どう時間潰すかなぁ。今更部活に入ってもしょうがないし、勉強するのもいいけど面白くないしな」


「そうだね……あっ、じゃあさ、バイトしてみればいいんじゃない?」


「バイト?」


「そう、バイト。ほら、一応私たちの学校、バイトは校則で禁止だけどやってる人は多いでしょ?」


「確かにな」


 物欲がないのでバイトするという選択肢は今までなかったが、確かに高校生と言ったらバイトという印象もある。


「家にいる時間も減らせるし、同時にお金も稼げるしでハッピーなんじゃない?」


「……ありだな」


 正直な話、この調子でいけば推薦で大学はいけるし、貴重な高校生活をこのままま浪費するのはどうかとも思っていた。

 バイトをすることが有意義な時間の使い方かはさておき、やってみる価値はありそうだ。


「うん、俺バイトするよ。ありがとな、伊万里」


「いえいえ。……まぁ、私としても三好くんに協力した方が助かるしね」


「え? どういう意味だ?」


「ううん、なんでもない。さっ、そろそろ授業始まるよ。行こ」


 伊万里が立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。


「お、おう」


 俺は慌てて弁当を片付けて、伊万里の後を追った。





     ◇ ◇ ◇





 数日後。


 俺は宣言通りバイトを始めるべく、放課後にその面接に臨んでいた。

 場所は駅前の本屋。


 バックヤードにある従業員専用の休憩室にて、面接官と向かい合って座る。


「(……って、こういうのは店長とかじゃないのか?)」


 正面で眉間にしわを寄せて俺の履歴書を見る彼女。

 暗めの紫色の髪を一つに結んでいて、身長はかなり高め。おそらく俺と数センチしか変わらないだろう。


 おまけに体型はスラっとしたモデル体型で、顔立ちもキリっと整っている。

 カッコイイ感じの美人で大人っぽいのだが、彼女はブレザーを着ていた。

 つまり俺と同じ高校生というわけだ。


「なるほど……」


 うんうんと唸ったあと、俺の方を向いて一言。


「三好康太、採用だ」


「うぇ?」


「聞こえなかったか? 採用だ」


「え、あ……うぇ?」


「君は機械か?」


 怪訝そうに俺を見る彼女。


「え、なんか色々ないんですか? ほら、面接らしく志望動機を聞くとか、週何で入れるかとか」


「そんなものは必要ない。なぜならこの店は深刻な従業員不足に悩まされてるからな。今ここで働いているのは私と店長しかいない。正直、猫の手も借りたい状況だ」


「もっと別の言い方ありません? 俺役立たずみたいになっちゃうんで」


「お、そうか。それはすまない」


 反省している様子の彼女。

 あ、と思い出したように声をあげる。


「そういえば、敬語はいらないぞ。私たちは同い年だからな」


「あ、そうなんですか?」


「自己紹介がまだだったな」


 咳ばらいをし、ピンと姿勢を正す。


「私の名前は天草夏目あまくさなつめ、高校三年生だ。ちなみに北高に通っている」


 北高と聞いて合点が行く。

 北高とは俺の高校のすぐ近くにある高校で、地元では一番頭のいい学校。

 思い出せば、彼女が今身に着けているように、女子でもブレザーにネクタイというスタイルだった。


「店長は平日の放課後の時間はほとんどいないから、私が色々と教えることになると思う。よろしく頼む」


「あ、あぁ。よろしく」


「ちなみに、私のことは夏目と呼んでくれていい。その代わり、私は康太と呼ばせてもらう」


「……分かった。じゃあ、夏目で」


「うん、ありがとう、康太」


 爽やかに微笑む夏目。

 この時の俺は、なんて距離を縮めるのが上手な美人なんだろうと不覚にもドキリとしてしまっていた。


 ――しかし、俺はすぐに気がつくことになる。



 このカッコイイ系美人が、イカれた性癖の持ち主であることに。










 一方その頃。


「(に、兄さんに用事⁉ どどどういうこと⁉ 今まですぐに家に帰ってきてたのに!)」

 

 部屋のベッドで悶える怪物妹、雪音。

 

「(も、もしかしてあの巨乳の人とデートとかしてたら……ゆ、許せない)」


 息の根を止める勢いで、全身を使って枕を締め上げる。


「兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん……」


 ベッドに体をこすりつけ、はぁはぁと息を漏らしながら雪音は呟く。


 もちろん――兄のベッドで。



「はぁ、兄しゃあんっ♡」


 

 兄のいない部屋で、義妹の愛は一人深まっていく……。

 

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