第30話 純粋な気持ち


 帰り道。

 太陽が沈みかけた街を一人で歩く。


 普段はこんな道を歩かないため、少し不思議な気持ちだった。

 ……いや、それだけじゃない。俺の頭の中で反芻していた伊万里の言葉が、俺を不思議な気持ちにさせていた。



 ――私と付き合うのはどうかな?



 伊万里のあの言葉がまた脳裏に過る。


「(伊万里はどうして、あんなこと言ったんだろう)」


 確かに俺が不甲斐ないがために……という事も考えられる。 

 それに伊万里は自分で冗談だ、とも言っていたし忘れて、とも言っていた。

 だからこそ、俺は冗談だとも思えないし、忘れることができない。


「(伊万里は、冗談でもあんなこと言わないだろ)」


 最近俺のことをからかうことが多い伊万里だから、言わないという可能性は全く捨てきれない。むしろ、冗談で言ってもおかしくない。

 だが、俺は本能的にあの言葉に違和感を感じていた。


「(さすがに度が過ぎてる気がするんだよな)」


 伊万里らしくない、と言うのが一番正しいだろう。

 加えて、その後に言われた言葉も気づけば思い出されていた。



 ――三好くんが妹ちゃんにデレデレしてるのが悪いんだよ。



 あの瞬間の伊万里の表情は、決して冗談で言っているようには見えなかった。

 それは今まで伊万里とずっと仲良くしてきた俺だからこそわかる。ほぼ確信に近い。

 そして、



 ――三好くんがいつも惚気てきて、遂にはキスなんてしちゃうから……。



 呟く伊万里は、顔をくしゃっと歪ませていて。

 明らかにそこに悲しみをにじませて、漏れ出た言葉に違いなかった。


「(どうして伊万里は、俺に……)」


 考える。伊万里はどうして付き合おうというらしくない提案をして、俺が雪音とキスしたことに悲しみ、そして――怒ったのか。


「……いや、まさか」


 頭に浮かぶ、一つの予想。

 だけどそんなはずがない。そんなはずはないと思うのに、伊万里とのこれまでの日々がフラッシュバックする。



 ――三好くん、勉強教えてあげるよ。


 ――ふふっ、三好くんは正直者だね。


 ――あ、また胸ばっかり見てる。ほんとえっちな人だね。


 ――三好くん、ちょっといいかな?



 一つ一つの記憶を思い出すたびに、俺の予想が信憑性を高めていく。

 もし、俺のこの願望みたいな仮説が正しいのだとしたら、俺は今まで伊万里にひどいことを……。


「はぁ、わっかんないな」


 俺一人ではキャパオーバーしてしまう悩みに、思考が止まる。

 解決策とか、そんなものが簡単に浮かべばいいけど俺みたいな奴に分かるわけもなくて。


 もしそうだとしたら、という仮説にうじうじ悩みながら家へと帰宅した俺だった。










 辺りがすっかりと暗くなる中、ようやく着いた家の扉を開く。


「ただいまーって、雪音?」


 玄関で、雪音が仁王立ちして俺のことを睨んでいた。


「……兄さん、正直に話して」


 底冷えするような低いトーンで言う雪音。


「え、何をだよ」


「今日、何してた」


「な、何ってそりゃ、用事が……」



「――用事って、伊万里さんの家に行く用事?」



「……なんで知ってるんだよ」


 雪音に伊万里の家に行ったことは絶対に伝えていない。

 ということは……。


「さては、俺のこと尾行したな?」


「ギクッ。そ、それは……」


 下手くそな口笛を吹き始める雪音を見て、尾行されたことを確信した。


「で、でも! 兄さんが伊万里さんの家に行くのが悪いんじゃん!! なんで行ってんのさ!!!」


 開き直った雪音が鬼の形相で迫ってくる。


「な、なんでって、別に友達の家に行ったっていいだろ!!」


「友達って、伊万里さん女の子じゃん! しかも巨乳じゃん!」


「巨乳は関係あるかぁッ!!」


「あるもん! どうせ兄さんは、伊万里さんのおっぱい見て興奮したんでしょ!」


「それは……してない!」


「あ、今間あった! 間があったよね⁉ ってことはやっぱり興奮したんだ! 何なら揉んじゃったりもしたんだ!」


「どっちもしてないッ!!!!」


 全力で否定する俺だが、雪音の猛攻は止まらない。


「ひどいよ兄さん、私にキスしたくせに。次の日に別の女の子とえっちするなんて最低だ!!!」


「ひどい言い方だな⁉ もとはと言えば、雪音が無理やり迫ってきたからだろ? それに、あれは事故だ! 故意じゃない!」


「故意じゃなくてもキスはしたもん! それに、兄さんは私に興奮してたんだから、それは好きってことと一緒じゃん! 要するに、もう付き合ってるってことじゃん!」


「とんでもないこと言いだしてんな⁉ そんなことないからな⁉ 言っておくけど、俺は雪音を妹として――」


 そこではたと思い出す。

 そういえば俺は、伊万里と話したんだ。

 雪音に対して中途半端な態度は取らず、しっかりと兄として突き放す勇気を持つってことを。


 言葉を言いかけてやめた俺に、雪音は確かな怒気をはらませて言った。



「――違うよ!!! 私は兄さんを、愛してるんだよ!!!」



 ぶわっと風が吹いたように感じる。

 俺は初めて、今初めて雪音の気持ちを、雪音の顔をちゃんと見て受け止めた気がする。正面から、しっかりと。


「私は兄さんを、異性として、愛してるよッ!!!」


 雪音の言葉に、俺は……。

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