第26話 尾行する義妹


 私は今、兄さんの高校の校門前に来ていた。

 帽子を深めに被り、伊達眼鏡をかけてマスクを着用。

 完璧な変装をして、来る兄さんを待ち伏せる。


「(兄さんの貞操は、私が守る……!)」


 今日バイトがないはずの兄さんが急に帰りが遅くなるなんて怪しすぎる。

 兄さんは帰ってくると違う女の人の匂いをむんむんに匂わせてくるときがあるし、私がしっかりと見張らないと兄さんの身が危ない。

 

「(に、兄さんは私だけのものだ! 他の女の子に触られたりしたら……考えるだけで嫌だもん!)」


 嫌なのに、心配すぎるが故にどんどん勝手に想像してしまう。

 例えば、兄さんが今学校で女の子と二人きりで……。



『実は俺、今結構溜まってんだよ。妹に迫られてさ』


『へぇ、そうなんだ。あ、ほんとだ、パンパンっ♡』


『ははは、ほんとに困ったもんだぜ。でも、お前がいるから安心だぜ☆』


『もうっ、康太のばかっ♡』



「(うわぁぁぁぁぁぁ!!!! 最悪の展開だぁぁぁぁ!!!!)」


 頭を抱えて、その場に崩れ落ちる。

 さらに嫌な仮説が脳裏を過った。


「(もしかして、兄さんが私の誘惑に全然揺らがないのって、私以外にえっちな気持ちを発散できる女の子がいたりして……)」


 そういえば、私は兄さんの交友関係を全然知らない。

 そりゃ兄さんと同じ高校に通ってないんだから分かるわけがないし、いってもまだ兄さんと家族になってから半年も経っていない。


 私は兄さんのことをすごく愛しているけど、年月で言ったら全然浅くて、仲のいい女の子が私以外にいてもおかしくない。

 それに伊万里さんというおっぱいが大きい人とも仲がいいし……ど、どうしよう!


「(はっ! もしかして伊万里さんと今頃……)」


 またしても脳内に勝手に映像が流れ始める。



『なぁ伊万里、やっぱりお前のおっぱいは最高だな』


『も、もう。ほんと三好くんったらえっちだよね』


『えっちなのはお前もだろ? こんなドエロい胸してよっ』


『きゃっ! もう、ひどいよ三好くん。私をこんな胸にしたのは三好くんのせいなんだからね? 毎日揉むから……』


『しょうがないだろ? 最高に気持ちがいいんだからさ☆』


『三好くんのばーかっ♡』



「(私に勝ち目がないぃぃぃぃ!!!!)」


 何度も言う通り、別に自分の胸に自信がないわけじゃないけど、伊万里さんに比べたら全然だし。

 たぶん兄さんはおっぱいが大好きだから、伊万里さんに誘惑されたら迷うことなく……。


「う、うぅ……兄さん……」


 今すぐ会いたいという気持ちに駆られていると、唐突に聞きなじみのある声が聞こえてきた。


「今回の範囲、たぶんかなり広いよな」


「そうだね。しかもレベルも高いから、相当演習が必要かも」


「マジかー。こりゃ大変だな」


「サボったツケが回ってきたね」


 仲睦まじく話す二人の男女。


「(に、兄さんだ!!)」


 兄さんの姿を見るだけで、心が幸せな気持ちに満たされる。

 ――が、しかし。隣にいる人物の姿を見て私は肩を落とした。


「(い、伊万里さんだ! ど、どうして兄さんの隣に⁉)」


 兄さんと楽しそうに話す姿を見て、胸がキュッと締め付けられる。


「(そこは私の場所だ! 兄さんの隣は、私の特等席だぞ!)


 心の中で叫ぶ。

 兄さんたちはそのまま校門を通過し、私に気が付かずに家とは真逆の方向に歩いていった。


「(やっぱりそうだったんだ。兄さん、今日女の子と用事だったんだ)」


 私の勘はすごく鋭いと思う。

 でも感心してる場合じゃない。このまま二人を野放しにしておくわけにはいかない。


「(よし、尾行開始だ!)」


 私は絶対に気づかれないように、二人の後を追う。

 電柱やゴミ箱の陰に隠れたりしながら追跡。


 その間も二人は仲よさげに会話を楽しんでいて、私は時折ハンカチを「いぃーっ!!!」と噛みながら、嫉妬を堪える。

 数分後、ある家の前で止まった兄さんは、伊万里さんの後を追うように家の中に入っていった。


 その瞬間を目撃していた私は、思わず膝から崩れ落ちる。



「……ぜ、絶対にえっちするじゃん」



 まるで夫の不倫現場を目撃した妻のように、絶望感に胸を打たれる。

 私は知っている。兄さんがかなりのむっつりすけべなことを。

 兄さんは私に隠れてかなりの頻度で夜にゴソゴソしているし、パソコンにはえっちなビデオとか漫画とかがダウンロードされて厳重に保管されている。


 そして、私はもう一つ知っている。兄さんが、伊万里さんのことをかなり好きなことを。

 学校から帰ってきたら伊万里さんの話をよくするし、時折スマホで伊万里さんの写真をえっちな目で見てたりする。

 それを問い詰めたら、兄さんが「伊万里は身近なグラビアアイドルなんだ!」って意味わかんないこと言うし、あれは相当好きだ。


 そんな兄さんが、伊万里さんの家に入っていった。

 しかも伊万里さんの部屋らしき、二階の部屋の電気が今ついた。


「ぜ、絶対えっちだ……」


 間違いない。

 伊万里さんは兄さんのことが好きに決まっているし、絶対にえっちをする!


「(このままじゃマズい!!!)」


 私は咄嗟にスマホを取り出し、兄さんに電話をかけようとした――その時。




「あのー、こういう者なのですが」




「…………へ?」


 差し出された警察手帳。

 にっこりと微笑む警察官。


「(兄さぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんん!!!!!!!!!!!!)」


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