第3話 心地いい空間

 「狭い家ですが、どうぞ」

 「お邪魔しま~す」


 ロウヒと名乗った女性は元気な声でそう言うと、手ごろな場所に背負っていた棺桶と肩にかけていたバックを置いた。

 

 来客用の椅子があるので座ってくださいと彼女に言った後、俺はいつも使っている椅子に座りこんだ。


 「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」

 「ん?何々、何でも聞いて」

 「えっと……ロウヒさん、故郷でいじめられたりとかってしませんでしたか?」


 俺の言葉を聞いた彼女は、一瞬ポカンとした顔でフリーズする。


 「もしかして喧嘩撃ってる?」

 「あ~いや。そう言う訳じゃなくてですね」


 頭上に疑問符を浮かべ、困った顔を浮かべる彼女。

 

 しまったな……完全にやらかした。

 歴史好きな人間は少ないんだ、誰もかもが俺と同じように『ロウヒ』と言う名称に反応してしまう訳じゃない。


 きっと彼女の両親も、彼女の暮らしていた故郷の人たちも、同じ名前を持つ人物が歴史に語られる大罪人だったなんて知らなかったのだろう。


 「実は、800年ほど前にアンタと同じ名前の魔女が居たんだ。しかも、結構悪い事して名を残してる人で……勝手に変な心配を」


 あぁ、またやっちまった。

 魔女って昔あった職業で今はもう使われてない言葉だろうが。

 どうして俺はこう!!


 えぇとだからー


 「へぇ……やっぱり優しいんだね、ダンテ君は」

 「え?」


 彼女の声を聞いて、俺は少しビックリした。

 声質がなんかさっきと違う気がする。


 元気でカラっとしていた彼女の声が、あの一瞬だけ異様にジメッとしていたような。

 

 「ねぇダンテ君はどうなの?」

 「どうって何が?」

 「800年前に実在した魔女の事、好き?それとも嫌い?」


 じぃっと見つめる彼女の瞳に囚われている様な気がした。

 何にも拘束されていないのに、この場から動けない様な錯覚さえ覚えている。


 「正直、俺はその魔女の事を好きか嫌いかなんて考えたことは有りません。ただ」

 「ただ?」

 「……少しだけ、彼女の境遇が羨ましいと思うことはあります」


 凄いな。

 いつもは他人に言わない本音がスラスラと口から出ちまう。

 そう言う空気を彼女が作っている。


 あそこで俺と話してこの家に泊まるまで全て計画された動きであったと言われても違和感がないほどの何かを、俺は目の前の女性から感じているのだ。


 「羨ましいか……それはそうだよね。女神にザコスキルを与えられた落ちこぼれの女の子が魔王からめっちゃ強いスキルを貰った話だもん」

 「え……なんでその事を」

 

 俺はさっき、『ロウヒ』と言う名前の悪人が居た事しか使えていない。

 魔王の話とか、強力なスキルを与えられたとか、そんな細かい所まで伝えていない。


 「そうだ、こんな話は知ってるかな?魔王に組した7人の事はまとめて七背って呼ばれる様になったんだって」

 

 であるならばだ。

 もしかしたら彼女は、俺が今まで出会うことの無かった同じ趣味を持つ同志なのかもしれない。


 「ロウヒさん、もしかして歴史とか興味ある人ー」

 「ロウヒで良いよ。それに、言葉もフランクな感じでOK」


 スッと立てた彼女の人差し指が俺の唇に触れる。

 彼女はジメっとした口調のまま、澄んだ瞳で俺の事を見つめている。


 「君は私の同志に成れる人だ。そう中々見つけられるタイプじゃない。だから仲良くしたいな」

 

 声のトーンは高く、傍から見れば明るいセリフだ。

 だけど俺は何故か、彼女の言葉の中に『俺を逃がさない』と言うねっとりとした真意が隠れている様に感じてしまったのだ。


 しかも奇妙な事に、彼女に捕まってしまっても良いと心の何処かで感じた自分がいる。

 

 彼女は一体何者なんだ?

 ただの旅商人がこんな芸当を持ち合わせているとはとても思えない。


 「あ、そうだ。今晩泊まらせてくれるお礼に私が知ってる歴史の話を教えてあげるよ」


 そんな妙な考えを巡らせていたまさにそのタイミングで、彼女は名案と言わんばかりに手を叩いてそう言った。

 その声は初めて会った時と同じ、元気でカラっとしている声だった。


 「良いのか?」

 「友好の印だと思ってほしいね」


 初めて出来た歴史好きの知り合いと話が出来るのが嬉しかったのか、ついさっき感じたロウヒへの奇妙な感情のせいで彼女話をしたいと考えたのか、自分の事ながら分からない。


 でも、この時確実に俺の心はロウヒと言う女性に傾いていた。

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