第4話 ロウヒの商品

 「彼女は物質を別次元に保管するスキルを貰ったみたいでね、取り出すときは液体になった金が溢れ出るんだって」

 「だから異名が黄金の魔女なのか」


 あれから3時間ほどが経った頃だろうか。

 俺はロウヒとすぐに意気投合し、真夜中だというのに眠気も忘れて話し続けていた。


 話の内容は主に800年前の魔王と七背について。

 俺が集めた歴史書には記されていない様な細かい情報が彼女の口から出てくるたびに、俺の心はときめいていた。


 「あ、悪いね。長い時間ぶっ通しで喋っちゃって」

 「ああ、大丈夫。明日仕事は休みなんだ。出来ればロウヒの気が済むまで話をしてほしい」


 こんなに楽しかったのはいつぶりだろうか?

 いや、もしかすると人生で一番楽しい時間なのかもしれない。


 ここには俺の趣味を貧乏人の趣味と言って笑う人間は居ない。

 俺の話を聞いて心底興味無さそうな顔をする人間も、逆に俺が興味の無い話を永遠に続ける人間も居ない。


 たったそれだけの事がこんなに心地いいとは思わなかった。


 『この世界は間違ってる』

 『女神に与えられたスキルで生き方が決まるこの世界を誰か壊してくれ』


 俺の危険な思想も、彼女なら受け入れてくれるかもしれないな。


 「ダンテ君」


 その声を聞いて、俺はハッとした。

 プユっと音を立ててロウヒの指が俺のほっぺを突き刺す。


 「さっき、私に何か聞きたそうな顔してたよ~」

 「いや、別に大したことじゃ」

 「遠慮しないで。私達もう友達でしょ」


 彼女はそう言って俺の顔を覗き込む。

 

 本当はこのまま流れに身を任せてさっきの疑問を解消したいけど、ここはぐっと抑えないとな。

 『この世界は間違ってると思いませんか?』なんて質問、他の誰かに聞かれでもしたら女神様への反逆だとか言われて罪人になってしまう。


 最悪、俺1人だけが罪人になるならそれで良い。

 でも、一緒に話をしていたロウヒまで罪に問われてしまうのはなんか嫌だ。


 だから、この場は別の質問をして誤魔化そう。


 「ずっと気になってたんだが、なんであんなに大きい棺桶を背負っていたんだ?」

 「ああ、その事」


 ロウヒは椅子からスッと立ち上がり、例の棺桶が置いてある所まで歩いて行った。


 「これ、私が売ってる商品の見本なの」

 「商品?それが?」

 「そうだよ。この棺桶だって死体を入れる用のとは違うんだよ~。この商品を入れる為だけに作ったケースなんだから」

 「じゃぁ、なんで棺桶なんて不気味な物と同じ形を?」

 「この形が一番適しているからだよ」


 ロウヒはそう言って棺桶の蓋をゆっくりと開けた。

 そこにあったのは、実際の人間と同じ大きさをした女の子の人形だった。


 「良くできてるでしょ~。この子の服装は王都で一時期ブームになったゴシック系にしてみたんだ」

 「これは、凄いな」


 正直、人形なんて買った事も見たことも無い。

 そんな俺でも一目見ただけで凄いと思わせる、ロウヒの見せた人形はもはや芸術品の域にさえ近かった。


 俺の持ち金で届く値段なら、正直欲しいと思ってしまうほどに。


 「なぁロウヒ。売りに出してる人形達はこの見本と比べても遜色ないんだよな」

 「もちろん」

 「値段って、どの位するんだ?」

 「どの子も一律1万ギーネ」

 「1万?!」


 おいおいおい、それって馬が買える値段だぞ。

 いくらこの人形達が凄いからってその値段はあり得ないんじゃないのか?


 「高いって思ったでしょ?皆最初はそんな顔するんだ」

 「最初は?それってどういう意味なんだよ」 

 「この人形はね、ただただ可愛い人形って訳じゃないんだ。その本質はもっと別の所にある」


 ロウヒの口角が上がっていく。

 彼女の声にこもっていく熱がどんどんと大きくなるのを俺は肌で感じていた。


 「この人形はね、マスターとなった人間にスキルを与える事が出来るの」

 「え?」

 「水を操るスキルを持つ人形を買った人は水を操れる様になるし、石を飛ばすスキルを持つ人形を買った人は石を飛ばせる様になるの。まぁ要は人形じゃなくてスキルを売ってるんだよ」

 「ちょ、ちょっと待て!!」


 恍惚とした表情で話を進めるロウヒに俺は思わず待ったをかけた。

 

 あいつ、自分が何を言ってるのか分かってるのか?

 仮にロウヒが言った事が全部真実だったとして、スキルを売るなんて行為は女神様への反逆になるんじゃないのか?

 そんな事をしたらどうなるか、歴史上の出来事を通して知っているのはロウヒも同じはずだろうにどうしてこんな事を?


 「フフッ……やっぱりダンテ君は優しいね。こんな私を糾弾せず、むしろ心配してくれている」


 また、あの声だ。

 ジメッとした、俺を逃がしてくれない魅惑の声。


 「それとも……ダンテ君も私と同じでこの世界は間違ってるって考えてるのかな?」


 ペタリ、ペタリ。

 

 彼女の指が一本ずつ俺の首に触れていく。

 

 何なんだ、この全てを飲み込むような雰囲気は。

 彼女に全てを委ねたいと思うこの感情は。


 明らかに異常事態だというのに、俺の心は酷く安心している。

 彼女は……ロウヒは……一体何者なんだ。


 「ねぇ、君の答えを聞かせてよ」


 ロウヒがグィッと迫ったその瞬間、村中に響く大きな音が鳴る。

 その音は、村が非常事態になった時に鳴らす警告の鐘の音だった。

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