第5話 この世界は間違っている

 「ん?何この音」

 「村が非常事態に陥った時になる鐘の音だ」

 「って事は、魔族か何かが襲ってー」

 「違う!!狙われてるのはアンタだ!!」


 ロウヒの肩をがっしりと掴んで俺は叫んだ。

 きっとこれは、女神への反逆を企んだ彼女を脅威として排除するために鳴らされた鐘だ。

 

 村中の冒険者達がここに集まって来る。

 

 「残念だが俺達が問題視してるのはお前もなんだぜ、ダンテ」

 「え?」


 聞き覚えのある男の声。

 次の瞬間、家の扉が木っ端みじんに破壊された。


 そこに立っていたのは数多くの冒険者達。

 先頭にはいつも俺に自慢話をしてくるアッシュと今晩村の監視を頼まれていたビビリ女の冒険者の二人が立っていた。


 「紹介してやるよダンテ。この女はレミール。聴覚を強化する魔法を女神様から貰ってるんだ。いつも夜の監視は冒険者が交代で行ってるが、いっそのことコイツを夜の監視専門にすればいいんじゃないかって話も出てる」

 

 「今日はその試運転の日だったって事か」


 「そ、そそそうです。貴方達の会話は……全部聞いてたんですからね」


 アッシュは右手に持った剣の先をロウヒに向ける。

 彼女を睨んでこっちを威圧するつもりだ。


 「おい女。その棺桶に入ってる人形を使えばスキルを他人に施す事が出来るってのは本当か?」

 「盗み聞きとかさ~、趣味悪くない?」

 「良いから答えろ。お前は今、女神様の下さった寵愛を無下にする行為をしているんだぞ!!」


 アッシュの大声がビリビリと体を伝う。


 ただ単に嫌な奴だと思ってた。

 性格終わってるクソ野郎がデカい顔してるんじゃないよと思ったこともある。


 でも、こうやって対面してやっと分かった。

 アッシュが例えどれだけクズだったとしても、数々のモンスターと戦ってきた冒険者である事には変わりないんだ。


 俺はアッシュに……いや、目の前の冒険者全員に対して恐怖を感じている。


 それに比べて俺はなんだ?

 足がすくんで動けないじゃないか。


 弁明の言葉を吐く事だって出来る。

 ロウヒを見捨てて逃げる事も、ロウヒを助ける為に体を張ることも出来る。


 でも、今の俺にはどっちも出来ない。

 その選択をするステージに立てていない。


 俺はそんな自分が情けない。


 「全部本当さ。この人形達は全ての人間にスキルを与える事が出来る。君達が慕う女神が与えるスキルと遜色のない物をね」

 「お前、それがどれほどの重罪か分かってー」


 アッシュがその言葉を言い切るまさにその寸前の事。

 ダン!!と床を蹴ったロウヒがハンマーを手にしてアッシュ達冒険者の集団を蹴散らし始めた。


 あれ?

 ロウヒはハンマーなんて持ってなかっただろ?

 何処から取り出したんだ?


 「あ、おい!!」


 全員が玄関から外に追い出されたのを見て、俺は慌てて走り出した。

 何か出来るわけでも無いけど、とにかくそうしなければ気が済まなかった。


 「おい、お前等大丈夫か」

 「おうよ!」

 「黒確定だな。気張って行こうぜアッシュ」

 「ダ、ダダダ、ダンテさんはどうしますか?」

 「あの女を助けたら黒!!助けなかったら誑かされそうになったアホって事にしておけ!!」


 冒険者達の表情は真剣そのものだった。

 目の前に迫る危機に、女神様を侮辱する脅威に、立ち向かう戦士の表情だ。


 それと対照的に、ロウヒの表情は余裕そうだった。

 目の前の脅威である冒険者達を気にしていない。


 「ダンテ君。自分の事を情けないとか勘違いしてない?」

 「へ?」

 「彼らが勇敢なのは女神から強力なスキルを与えられたからにすぎないよ。君だって強いスキルを持っていれば、彼らにビビる事なんて無くなるさ」


 むしろ、後ろに立つ俺の事を気遣っている。


 「スキルってすごいよね。容姿の美醜や賢さの違い、運動神経の有無すらスキル一つでひっくり返せる。女神はそんな強大な力を人間に与えておきながら、その力を平等に分配しなかった」


 冒険者達の攻撃が飛んでくる。

 だけどロウヒはそれに動じない。


 「女神様は人間が生まれた時にスキルを授けてくれるって言うけれど、それならなんで性格とセットにしないんだろうね?」


 彼女はすっと右手を前に突き出した。

 すると、彼女の周囲から無数の盾が湧き、冒険者達の攻撃を防ぎ始める。

 その盾の出所は変位した地面、液体となった金が作りだした黄金の沼からだ。


 「臆病なのに戦闘向けのスキルを持つ人、戦いたいのに日常生活でしか使えないスキルを持つ人、意欲的なのにどうやっても使い物にならないゴミスキルを授けられた人、逆にめんどくさがり屋なのになんにでも応用できるチート級のスキルを持つ人などなど、私はこの世界の歪な点を色々見て来たよ」


 彼女がスキルを行使する度、服の上から赤い紋章が浮かび上がった。

 その紋章に描かれていたのは山羊の……魔王へと成り上がった動物の顔。


 「何だその紋章は?まさかそのスキル、女神様から与えられたスキルとは別物?!」

 「正解~。あんな女が私に渡したスキルなんか800年前に捨ててやったよ」


 黄金の液体が彼女の体を覆う。


 ロウヒの衣服はその液体を浴びて変化を起こした。

 身軽で動きやすそうな旅商人の姿から、一昔前に存在したという魔女の服装へと。


 「その姿……アンタはもしかして本当に」

 「ダンテ君。君が過去の遺物となった7背を知ってくれていた事、私は結構嬉しかったんだよ」

 

 魔女は変わらず俺の顔を見つめている。

 冒険者達の戸惑いも、激高も、熾烈な攻撃さえも無視して。


 「断言しよう。この世界は間違ってる」


 彼女のその言葉は、俺が心のどこかで感じていた不満を代弁してくれていた。

 彼女のその瞳は、誰にも相談できなかった俺の苦しみを受け入れていた。


 「女神に与えられたスキルで職も富も決まる世界の何処が正常か!女神が与えたスキルに支配される人生の何処が正常か!」


 彼女は声を張り上げて振り返る。

 女神様を信仰し、その暮らしを良しとしている冒険者達にその間違いを叩きつけている。


 「私は一度人類を裏切った身なれど、今度こそ人類の為に立ち上がろう。女神の支配から脱却し、真なる人の世を作って見せる」


 ロウヒのその言葉は、俺の心に響くには十分すぎた。

 この時、俺の心の中で彼女に付いていく以外の選択肢を壊されたのだ。


 「私は黄金の魔女、ロウヒ・ドランホース。魔王直下の幹部、七背の元1柱にして今は世界の救世主となる予定の大物魔法使いさ」

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