第15話【レミールSIDE】女神様の言う通り

 ここ数日は生きた心地を感じなかった。

 酷く忙しくて泣きそうだった。


 女神様が私に与えてくださった『聴覚強化』のスキル。

 それを最大限生かせる仕事が見つかったと両親が喜んだのもつかの間、苦手な戦闘訓練に励む事になって絶叫。


 そして不安一杯な気持ちで迎えた初仕事の日、村から女神様を侮辱する背信者が現れる大きな事件が起こって。

 何となく仲良く出来そうだと勝手に思っていたダンテさんがやばそうな魔女と一緒に村から逃げ出してしまいました。


 初仕事で大失敗。

 村は冒険者達の装備を全て破壊されて大損。

 

 もしかしなくても私が責任を取らないといけないのでは?

 そんな疑問を胸にゲロ吐きそうな日々を過ごし、そして私はー


 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。お父様……いや、我らが教王様は笑顔で君を迎えてくれるだろう」

 「ひゃ、ひゃいぃぃぃ!!」


 王子様の手招きの元、教王様の所へ向かう事になったのでした。



 いや、本当になんで??


 揺れる馬車に乗りながら王都の景色を眺める。

 村とは比べ物にならない綺麗な街並み。


 そして、そんな街並みを背景にしてにこやかな笑みを私に向けて浮かべる彼。

 女神様の声を唯一聞くことが出来ると言われた教王様の跡継ぎであるこの世界の王子、スワンプ・プロフロード様は優しい声色で私に話かける。


 「そなたは素晴らしい。女神様から授けられたスキルを有益に使いこなしている」

 「いや……そんな事は」


 ダンテさんと魔女の会話を盗み聞きしたあの時、嫌な予感がしてはいた。

 この二人はこれからとんでもない事をしでかすんじゃないかって。


 戦いが苦手で臆病だけど『聴覚強化』のスキルを活かすには戦わないといけない私。

 村の人間に嫉妬しながら裏方作業に専念せざるを得ないダンテさん。


 私はきっと、彼の苦しみに寄り添えるはずだった。

 もっと私が早く動いていれば、彼が女神様を裏切る様な馬鹿な真似を止める事だって出来たのかもしれない。


 どんなに望んでいなくても、スキルと向き合っていくしかない事を。


 「……実は僕もね。身内を魔女に連れ去れてた身なんだ」

 「え?」


 スワンプ様のその声を聞いて、私は思わずそんな声を出した。

 彼の表情が、あの夜の私の顔とよく似ている。


 「プロフロード家の掟は知ってるかい?」


 「えっと、た、確か、教王は一夫多妻にて女神の意向を示す。しかし、子供を産んでも世間に公開すること無かれ。女神に愛されたスキルとスキルの導きを第一に考える精神が揃った物を王子として認める……でしたよね」


 「ああ。僕には同じ母を持つ弟がいたんだ。運命的と言うべきか、僕と同じ『雷帝』のスキルを持っていてね。調子に乗りやすいけど優秀で努力家なムードメイカーだったんだ」


 彼は楽しそうに弟さんの話をしていた。

 その声を聞いて、おこがましくもシンパシーを感じた。

 きっとこの人も、魔女の手から身近な人を守れなかった事を悔やんでいるんだ。


 「僕は弟が魔女と一緒に去る姿すら見れなかった。魔女と戦う事も出来なかった」

 「それは……辛いですね」

 「ああ。でも、君のスキルならもうそんな事態を起こさなくて済むかもしれない。お父様はきっとそのために君をここへ呼んだんだよ」


 そうしている内に、王都で一番大きな建物である大教会へとたどり着いた。

 私はここでスワンプ様と別れ、教王様が待つ部屋へと歩いて行った。



 「あ、ああああああああああの……教王様。ここは一体ど、どどど何処なのでしょうか?」

 

 教王様との謁見は、想像していた物と180度違う物だった。

 部屋の中には私と教王様だけ。


 そこで話をするのかと思ったら、こんどは教王様に呼ばれて部屋の中にある秘密の扉っぽい所をくぐった。

 暗い暗い地下道を歩く。

 これから一体何が待っているの?


 「着いたぞ」


 教王様の足がピタっと泊まる。

 眼前には、風変りなスライド式のドア。


 教王様はそのドアを開け、私をその空間に導いた。


 「女神よ。例の少女を連れて来たぞ」

 「へ?!めめめめめめめ女神様」


 教王様の言葉に驚き、変な声が出る。

 そして、眼前に映る景色を見て唖然とした。


 ここは本当にさっきまで私が居た世界と同じなの?

 目に映る全ての物が見慣れない。


 「女神なんて堅苦しいわ。貴方はこの世界で唯一、私をカグヤと呼ぶ事を認められているのよ」


 声がした方向を向く。


 そこに居たのは、別の世界から来たと言われた方が納得できる異物。

 それでいて、至高の美女を体現する生きた芸術品だった。


 彼女は私を一瞥し、フッと微笑む。


 「この服ね、十二単じゅうにひとへっていうの。美しいでしょ?」


 何十にも重ねられた色彩鮮やかな衣服を身に纏う女神様は、ゆっくりゆっくりと私に近づいていく。

 その動きの一つ一つに私の心は奪われ、下手に動く事も声を出す事もままならない。


 女神様の両手に光が集まる。

 その光はやがて形を成し、一つの剣になった。


 その剣の持ち手も、鞘も、一つとして見たことの無いものだ。


 「この剣はね、刀って言うの。世界で一番、人を切り殺すのに適した得物よ」


 女神様がその剣を私の両手の上にトンと乗せる。


 なんて美しい剣なんだろう。

 見ているだけで心奪われるような、思考が揺らぐような。


 早くこの鞘を抜いて、その刀身を見てみたい。

 そんな欲求が収まらない。


 「緊張しているのね。大丈夫よ、そんな姿も私にとっては愛おしいの」

 「あ……え……」

 「この刀は貴方の物よ。好きなように使ってちょうだい」


 女神様の手が私の頭を撫でる。

 撫でられるたびに、思考が溶ける様な錯覚に襲われる。

 でも、そんな事はもうどうでも良くなってきた。


 この刀はもう私の物。

 女神様がそう言った。




 だったらもう刀身を見ても良いよね。




 ゾクゾクとした感情に身を任せ、私はその刀を抜いた。


 そしてその瞬間、私は思った。


 どうして私は刀身を見たがっているのかと。


 「神意……抜刀」


 あれ、私は何を言って?

 とういか、今なにして?


 困惑する思考と裏腹に、私の体は動く。

 女神様から頂いた刀の刀身が姿を現した。


 その瞬間、刀から黄色いオーラが飛び出した。

 そのオーラは私を包み、一つの衣服へ変換されていく。


 ボロリ

 ボロリ


 パラリ

 パラリ


 その衣服が出来上がる度、私の脳から大切な何かが消えていく。


 「あ、ああ!!あああ!!!あああああああ!!!!!!」


 ここ、どこだっけ?

 何処から来たんだっけ?

 私は誰?

 これは何?


 『私は貴方ですよ。これからそうなるんです』


 私の声が頭に響く。

 私であって、私ではない声が。


 『私と一緒にこの世界を守りましょう。女神である姫月迦具夜ひめつきかぐや様の使徒となって』

 「嫌……嫌!!私が消えちゃう」


 

 ボロリ

 ボロリ


 パラリ

 パラリ


 私の声は届かない。

 誰も私を助けてはくれない。


 頭が、心が、次第に真っ白に染まる。

 私を私と証明してくれる全てが、白い光にかき消されてー


 ー

 ー

 ー

 ー


 いい気分だ。

 耳がすこぶる良いこの体は私と相性が良いであろう。

 羽衣も綺麗に着こなしていて好印象だ。


 視界の先には、我が主である姫月迦具夜ひめつきかぐや様。

 そして、主が目を付けた異界の王の姿があった。


 「答えよ。そなたは何者か」


 異界の王が口を開く。

 その様子を主はにんまりと眺めて楽しんでいた。


 「この度、レミールなる少女の体にて顕現いたしました。【天の羽衣】まといし迦具夜かぐや様の使徒。流しの絶刀ぜっとう月蟹げつかにございます」

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