第13話 好きを形に 後編

 「ごめんね。話に割って入って」

 

 アルさんはにこやかに笑って、「パン焼いたけど食べる?」と提案してバスケットを掲げた。


 俺とレオナは一旦体をおこし、日の暖かさで満たされる自然の中でパンをかじった。

 塗られているのはバターだろうか?

 俺が知っているのとは味が少し違う気がする。

 この森周辺で取れる素材を使っているのかもしれないな。


 「なんか、ダンテ君の事みてると昔の旦那の事思い出しちゃってね」

 「エルさんの事ですか?」

 「そうそう。エルも君と同じように悩んでたんだ。方向性は逆だったけど」


 アルさんは豪快にパンを齧りながら、「あの時もこうやってパンを差し入れたっけ」と口にする。


 「エルは元々教王直属の兵士だったんだ」

 「え?!それって凄く優秀なスキルを持つ人しか入れないっていうあの」

 「良いリアクションだね。そだよ、私の旦那はすごいやつなんだ」


 村にいた時、『俺のスキルじゃ教王直属の兵士には到底叶わない』とアッシュがぼやいていた事を覚えている。

 つまり、エルさんは想像もつかないぐらい有能なスキルをもった人間‥‥‥どっちかというと女神に愛された側の人間だ。


 そんな凄い人がどうして【ドールカルト】に?

 強いスキルを与えられていたなら、世界を変えようとするこの組織に入る必要なんて無いんじゃないのか?


 「でも、エルはある魔族との戦いで重傷をおったんだ。仲間に支えられながら、ほぼだるま状態みたいになって帰ってきたあの時の事は鮮明に覚えてる」


 そんな俺の呑気な考えは、その一言で全部壊された。

 喉の奥が嫌に冷たくなっていく。

 

 ほぼだるま状態って、重症ってレベル超えてるだろ。

 いくら王都には優秀な回復スキルをもった人間がいるとしても、少しでも対応が遅れたら死ぬレベルじゃないか。


 「まぁ、ご覧のとおりエルの体は完治したよ。でも、心の傷は直せなかった。あいつはもう、魔族を見るだけで発狂するようになっちまったんだ」


 「そんな」


 「しかも、王都の連中はそんなエルにまた戦いに出ることを強制したんだ。お前の持つスキルを最大限活用しない事は、女神様の意思を無下にすることだって脅しをかけられてね」


 「は?」


 俺はいつの間にか拳を強く握りしめていた。

 それはおかしいだろ。


 いくらエルさんが戦闘向きの強いスキルを持っているからと言って、心に深い傷をおった人間を無理やり戦わせるなんて、人間のやることじゃない。


 たとえ、そのスキルが戦闘以外で使えないものでも、スキルが必要ない職業で日銭を稼いで暮らすことだって出来たはずだ。


 やっぱりこの世界は‥‥‥間違ってる。


 「だから私達はロウヒさんについていったの。エルは戦闘から逃れる為にEX傀儡を買うことは決めてたんだけど、具体的にどんなスキルをもらうかずっと悩んでたんだ」


 「ほう。確かに方向性は違えど、今のダンテ氏と類似する状況だ。して、エル氏は何がきっかけでミシンドールにたどり着いたのかい?」


 パンを小さくちぎりながら食べていたレオナがそんな質問を投げた。

 すると、何故かアルさんが顔を赤らめる。


 「私にしたい事は何かって考えたら一瞬で思いついたみたい」

 「まさか……あの質問から惚気話が飛んでくるとは。私としたことが全く予想出来なかった」

 「えへへ。でも話の本質はレオナちゃんと一緒だよ。好きを形にしたんだ。私だって、エルを守る為のスキルを持った傀儡人形を買ったんだから」

 

 好きを形に‥‥‥か。

 

 確かに、レオナもエルさんも自分の好きな事が最終的に今のスキルと繋がってる。

 今の話を俺に変換するなら、歴史に関するスキルにするとか?

 7背の誰かをモチーフにした傀儡人形を作るっていうのも、俺らしいような気がする。


 でも、何か一つピースが足りないような気がする。

 あともうちょっとで納得出来る答えがー


 『女神に与えられたスキルで職も富も決まる世界の何処が正常か!女神が与えたスキルに支配される人生の何処が正常か!』


 その瞬間、俺の脳裏に浮かんだのはあの時ロウヒが放った言葉だった。

 そして、エルさんの過去を聞いて心に宿ったある感情を呼び起こした。


 『この世界は間違ってる』

 

 こんな世界を作り上げた元凶が女神だと言うのなら、俺はきっとロウヒと共に女神を討つ事を厭わないだろう。

 それに気づいたその瞬間、俺が求めていた最後のピースがカチャリとハマった。


 「思いついた」

 「ん?何がだい」

 「俺の買うスキルの事、ちょっとロウヒの所に行ってくる!!」


 そうして俺は駆けていった。

 心にたぎるこの思いを、彼女に聞いてもらうために。

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