第30話 【アッシュSIDE】 憎き魔女どもに制裁を

 「ああ、クソ!!腹が立って仕方がねぇ」


 今日は休日だ。

 モンスター共を女神様が与えてくれたスキルで殺さない日。

 栄光を上げることもなく、村の奴らから称賛を浴びない日。


 たったそれだけの事が自分にとってどれだけ重要だったのか、それを思い知る。


 いつも自分が平常心を保てているのは、戦いの中で心を癒やしていたんだろう。

 そうでなければ、酒場でこんなに酒を飲んでいるのに腹の虫がおさまらない事への説明がつかない。


 心の奥に染み付いたあの日の事がフッと蘇ってしまうのだ。

 魔女に弄ばれ、ダンテを背信者にしたあの日の事を。


 そもそもダンテは、この村で雑用だけをこなしていれば良かったんだ。

 この村の冒険者全員の言うことだけを聞いて、都合のいい存在でいることを徹していれば良かったんだ。


 女神様はその役割を与えるためにダンテに雑魚スキルを与えたのだから。

 あろうことは女神様にそむき、俺に口答えするなど、本来あってはいけない事のハズなのに。


 「アッシュ。気持ちは分かりますが、ここは怒りを抑えてください」


 俺の隣に座る牧師がいつもと変わらぬ様子でなだめてくる。

 俺とは違い、あの日の事なんてまるで無かったかのように平然とした振る舞いを続ける牧師の姿に少し苛立ちを覚えてしまう。


 「お前は恥ずかしくないのか!!この村から女神様を裏切る大罪人が出たんだぞ!!」


 「起こってしまった事は仕方ありません。我らが女神様は私達個人を見てくださいます。この村の住民全員が女神様への信仰と感謝を忘れなければ、我々は救われ、ダンテには罰が下ることでしょう」


 「それは‥‥‥そうかも知れないが」


 「それに、悪いことばかりでは無かったでしょう?この村から、王都の軍へスカウトされた人材が現れたのもまた事実なのですから」


 「レミールの事か」


 レミールは『聴覚強化』のスキルを買われ、教王様との謁見の為に王都へ向かった。

 今は教王直属の兵士として生きているらしい。


 「それは確かに誇らしい事だが‥‥‥‥だけど、俺はそれでもあの魔女とダンテの事が許せねぇ。会ってボコボコにして懲らしめてやらねぇと気がすまねぇんだよ」


 俺の事をコケにしたように戦ったあの魔女の姿も、初めて俺に楯突いたダンテの表情も、頭の片隅にこびりついて離れない。

 

 その記憶があるだけで、今まで俺が築き上げてきた物全てが壊される感覚すらある。

 だからこそ、この手であいつらを断罪しなければ気がすまない。


 「その願い。叶うかもしれませんよ、アッシュさん」


 その声と共に、店の扉がバタンと開く。

 そこに立っていたのは、今王都にいるはずのレミールだった。


 レミールは戸惑う俺達の声を無視して口を開いた。


 「実は、魔女とその仲間を排除するための任務を承ったんですよ」

 「何?それは本当か」

 「はい。ですが、魔女の顔を知っている人間があまりにも少なすぎるというのが現状です。なのでアッシュさんをスカウトに来ました」


 なんだ、この違和感は。

 確かにこの声はレミールの声で、その体もレミールのもので間違いない。


 なのに、他人と話しているような感じがする。

 

 そうだ、レミールはもっとオドオドしている女だったはずだ。

 話す時もろくに喋れないノロマな女だったはずだ。


 なのに、今目の前にいるレミールはハキハキとしている。

 王都に行くだけでこんなに人が変わるものなのか?


 「私達は数日後、メルエムの森へと調査に訪れます。なんでも、その森に魔女が出没するとの噂が立っているようで」


 「なるほどな。噂の審議を確かめるなら、あのクソッタレ魔女の顔を知っている人間が多いほうが良い」


 「はい。加えてアッシュさんは、私の記憶にある中で一番戦闘に優れています」


 「フン‥‥‥分かったよ」


 まぁ、少し気になることはあるがどうでもいい。

 あの二人をボコせるチャンスが回ってきたんだ。

 これを生かさない手はない。


 「にしても、メルエムの森か‥‥‥‥いやはや懐かしい」


 そんな熱意をたぎらせている最中、隣で話を聞いていた牧師がしみじみと言葉をこぼした。


 「いや、私は元々ブレッシュ孤児院という場所で育ったんだが、その孤児院では『悪い子はメルエムの森に住む魔物に襲われるぞ〜』って子供達に指導するのですよ」


 案外、魔女の噂もその言葉が元だったりして、と牧師は笑った。

 その瞬間、レミールの目が光る。


 「その情報が本当なら、この噂の信憑性は高いのかもしれないですね」

 「は?なんでだよ?」

 「‥‥‥‥牧師さんはもう30年も前にこの村に来たので知らなかったのでしょう。王都もこの事件をひた隠しにしているようですし」


 レミールが放った事件と言うワードに反応して俺と牧師の目がぎょっとする。

 酒場の空気も心なしか静かになり、この場にいる誰もがレミールの言葉に耳を傾けていた。


 「実は、ブレッシュ孤児院もこの村同様に黄金の魔女ロウヒの被害を受けているんです」

 「何だと?!」

 「事件発生は3年前。当時、孤児院内で成人でありながら子供と共に聖女候補生として指導を受けていた・トーンハウスという女性が魔女に連れ去られています」

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