第14話
「ねぇ、わっちゃん。調子いいワケ?」
「調子?」
やけに掴み所のない聞き方だ。首を傾げると、珠莉はにんまりと口角を上げた。
「連絡したんでしょ? 気になっている子。スマホ見てる顔がご機嫌だよ?」
ぐっと喉を詰める。
舞い上がっているのを指摘されることに不快感があるわけではない。だが、スマホを見てニヤついているというのは、普通に気持ちが悪くて避けたいものだ。
思わず、自分の頬に触れてしまった。
「マジ?」
「まじまじ。仲良くできてるの?」
「メッセでやり取りはしてるけど……え? ちょっと待って。私、マジでスマホ見てニヤけてんの?」
別に話をずらしたいわけじゃない。いや、狙ってもいる。
だって、珠莉は私がどれだけ女性だって説明しても、男の子だと思っている節があるから。今までの珠莉なら、そこまで探ってこなかったはずだ。けれど、今はとんと聞く耳を持たない。
彼氏ができたばかりで恋愛のテンションが上がってるんだろうと見守っているが、だからって毎度突っ込まれるのは面倒だ。
「そこまであからさまじゃないけど、時々目を細めてるなって」
「変な目で見られない?」
「大丈夫。本当、ご機嫌って感じだし、気持ち悪いって感じじゃないから」
さくっと言ってくれるのはありがたい。同じくらいさくっと、オタク口調になると気持ち悪いと言ってのけてくれるけど。まぁ、それだって、ありがたいことだ。誰彼構わず、語りを見せたいとは思わない。
オタク趣味だって同じだ。ことさら、入念に隠そうってわけじゃないけど、周知したいとは思えない。だから、SNSのアカウントも鍵にしているし、珠莉以外には持っていることすら教えていない。
大抵の人間は、人の趣味にケチをつけないというか、気にしないことのほうが多いだろう。けれど、多感な高校生なんて、誰かがぽろっと偏見を零せば同調するものも多い。
女子高生なんて、その筆頭と言える。私だって、女子高生だ。そうしたものに揉まれて、億劫な事態にはなりたくなかった。
「でも、そんなふうになるくらい、良い感じなんでしょ? どんな人?」
「えーっと、アニメの話できる人」
「いいじゃん。趣味の話できる人なんて、相性よさそう。今まで語れる相手はいなかったって言ってたし、ちょうどいいんじゃん?」
「まぁ、それはね。楽しいし」
男だと勘違い、というか思い込まれているのは厄介だ。けれど、こうして肯定してくれるのは嬉しい。
珠莉は大雑把だ。趣味は趣味で、趣味が合うのはいいというストレートな感性をしている。だからこそ、私は気楽に色んな話をぶちまけられていた。ハルさんが女性だっていうのだって伝えているのだけど通じないので、それは置いておく。
そこからは、話はするすると飛び石のように飛んでいった。最終的に新しい化粧品が欲しいというところに移行して、話は縦横無尽だ。
ハルさんのことを忘れ去るなんてことなんてないけれど、会話中はその流れに身を任せている。こんな調子であるから、ハルさんとも流れを断ち切れないままでいるのだろう。
会話は間を置きながらも、ずっと続いていた。フラルトの話ができていなかったこともあって、たまりにたまった感想が飛び出て止まらない。その流れに則って、というのも変な話だ。提案したのは私なのだから、ハルさんのせいにするには責任転嫁が過ぎる。
会話のレスポンスを求めた結果、私たちは通話するようにもなっていた。メッセを送っているアプリは通話もできる。
フラルト話が佳境のときに、文字にして打ち込むのは手間だった。最初は、そうでもなければ、やり取りできていなかっただろう。脊髄反射だけで会話するのが恐ろしかったから。
だが、慣れれば、会話することに難を感じなくなる。言い始めたのは私だ。
ハルさんはちょっとばかり、難色を示したような気がした。元々、ハルさんはプライベートのことを明かさないな、というのは感じている。だから、緩い抵抗感を覚えたときに、ちょっぴり諦めたものだ。無理に通そうなんて思っていなかった。
けれど、ハルさんも同じ考えに辿り着いたのか。問題はないと判断したのか。どんな思考をしたのかは分からない。それでも、最後には頷いてくれた。
通すつもりはなかったが、頷いてくれたものを譲るほど、自制心が備わっていない。楽しいことを優先してしまいがちなのは、女子高生の性だろう。というのは、乱暴なカテゴライズだろうけど、一時のテンションに任せ気味なところはあった。
そのテンションのままに、通話を開始する。最初は、やっぱり妙な雰囲気があった。
私とハルさんが会話をしたのは、イベントで遭遇した一度きりだ。そのときの私は、ハプニングの勢い任せで動いていた。
だから、部屋の中という日常で、ハルさんと対峙する。その違和感は凄まじかった。恐らく、ハルさんだって同じようなものだったはずだ。
メッセのときは軽やかに進んでいた会話が、時折突っかかることがあった。何を話すのか。どこまで話してよかったのか。ハルさんにはどこまで話したのか。そうした思考が、いくらか過る。
厳密にハルさんに秘密を作りたいとは思っていない。ただ、珠莉に彼氏ができたなどのプライベートに繋がる他人の話題は、避けたほうがいいだろう。
オタクとしても、性癖のオープン具合は考える。文字じゃテンションや溶けた口調は伝わりづらい。それが通話となれば、ダイレクトに届く。
私は所謂腐女子でもあるし、ハルさんがどこまで許容しているのか。考えどころだ。メッセで小出しにしてはいたが、それに対するハルさんの反応がどこまで平板なのかも、こちらには届きづらい。ドン引きしていたって取り繕えるのが文字列だ。
だから、その辺りを測りながらの会話は、難しさがあった。だが、一度、二度。繰り返していくうちに、慣れるのはメッセと同じだ。
「ハルさんはカラコンもつけますよね?」
『コスプレのときだけね。フィンの綺麗な瞳の色を再現するには、どうしたってつけないわけにはいかないから』
「ワンデイ?」
『そうだよ。度数はいらないし、お洒落用のカラコン。ナツさんも使ったりするんじゃない?』
ハルさんは私にギャルみたいな印象を持っているらしい。イベント会場で出会っただけなのに、どうしてそう思っているのかは不明だ。ただ、イベントに行くのだから、お洒落はしていた。その容姿を見て、判断されているのだろう。
「うーん。使ってみたい気持ちはあるし、友だちは使ってるんだけど、目にものを入れるの怖くって。怖くない? 慣れる?」
『最初はやっぱり、怖かったかな。でも、何度か繰り返しているうちに慣れてくる……まぁ、それもそれで問題な気がするし、気をつけて取り扱わないといけないだろうけど』
ハルさんは、心配性かもしれない。何かと注釈がつくことも多かった。煩わしくはないけれど、周りではない会話だなとは思う。それも新鮮で楽しい。
「お店でしてもらったりしました?」
『最初はね。そんなに不安にならなくても大丈夫だよ。やってみたければ』
「ハルさんはコスプレもそんな感じで始めたんですか?」
活力が漲っているとは言い難かった。落ち着いているのとも違うけど、淡々としている。だから、コスプレをやろうと決めた馴れ初めが気になった。
『最初は従姉に巻き込まれて。でも、やってみたら楽しかったから、そこからは自分で色々用意して始めてみたって感じかな。従姉に聞けばよかったから、ハードルも低かったし』
「従姉さんに感謝ですね」
そうでなければ、私たちがハルさんのフィンちゃんに出会うことはなかったのだ。慧眼だ。嬉しい。
『……深みに嵌められた、とも言えるけど』
「楽しんでやってるんですよね?」
『もちろん。こうした出会いもあるしね』
ぽろっとこういうことを言う。
ハルさんは何にも気がついていないし、気にしてもいない。私だって、感慨に耽り過ぎだなとは思う。
けれど、私はハルさんのファンだ。こうして話せるようになっても、最初のインパクトは離れていないし、ファン心理は根づいてしまっている。
だから、こういうことを言われると、ファンサされたような感慨が胸に迫るのだろう。
「出会いに関しては、私のほうがずっと楽しんでますよ。初イベントでハルさんに出会えるなんて思ってもみなかったですし」
『それを言い始めたら、こっちのほうが意外性はあるよ。まさか、あんな場面で助けに入ってくれる人がいるとは思わないし』
「だって、あんなのセクハラっていうか痴漢と同じじゃん」
砕けることは控えていた。けれど、あればっかりは見過ごせなかったし、怒るべきところだ。
愚痴った私に、ハルさんは緩やかな笑いを漏らす。呑気が過ぎないだろうか。慣れているのか。それとも、腕が立つからあんなものは序の口なのか。解決策があるのかもしれないが、それでも呑気だ。
眉根を寄せてしまう。
『退け方なんていくらでもあるし、奥の手もあるから、大丈夫だよ』
その声音はどこか、からんとした響きがあった。
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