第22話

 実際に、二人で出かけるのは二度目だった。約束してから三日も経っていない。その間にも通話をしているし、地続きではあった。

 けれど、対面すると緊張感というか。罪悪感というか。自分が失態を犯している気配がひたひたと忍び寄ってくる。


「ハルさん、フェミニンだよね」

「ナツがギャルコーデなんじゃん」


 夏だ。

 御影の服装は、どんどん防御力が低くなっている。露出したいのではなく、涼を求めているのは分かるのだが、如何せん派手なギャル風味を強く感じた。


「だって、暑いし、こういうのも可愛いじゃん。ハルさん、大丈夫? 熱中症とか」

「大丈夫。コスプレも同じようなものだし。で? ウィッグからだっけ?」

「うーん。そのままでもいけそう? かな、とも思うんだけど、どう? 今日はいつもより巻いてみたの。リーゼっぽく」


 なるほど。

 俺は毛先を弄る御影のそばへ近付いて、背中側を覗き込む。長さも同じくらいだ。徹平が御影のことをリーゼと言ったのを思い出した。

 恐らく、あのときはフィンよりは、くらいのニュアンスだっただろう。だが、こうして近付けているのを見ると、確かに似ているかもしれない。


「確かに、地毛でも大丈夫かも。セットはもう少し考えたほうがいいだろうけど」

「どの辺? 変かな?」

「前髪。左分けだよ」

「あれ? こっちじゃないんだっけ?」

「よく分かんなくなるよね。逆だよ。あと、もうちょっとてっぺん持ち上げてもいいかも。ふわっとさせたほうがリーゼっぽい。巻きももうちょっと毛束作ったほうが、二次元っぽさあるかもしれない。リーゼならアホ毛も少し……と思うけど、それは下手するとセットが乱れているように見えるしなぁ……み、ナツの腕次第かも」

「そっか。ハルさん、リーゼ推しだもんね」


 危うく御影と呼びそうになったのには、気がつかれていなかった。リーゼへの感情で走っただけに過ぎないと思ったのだろう。俺だって、御影が途中で止まったり噛んだりすることに、訝しまない。


「私じゃ不足かな?」

「そんなことないよ。誰がしたっていいし、ナツなら似合うと思う」

「ハルさんのフィンちゃんと並べるかなぁ?」

「それくらい、簡単でしょ」

「簡単じゃないけど!?」


 妙に尊敬されているのはそろそろ理解はしているが、過剰反応されても困る。苦笑した俺に、御影は不貞腐れた顔になった。


「ハルさんは、自分のフィンちゃんがめちゃくちゃ可愛くって高クオリティだって自覚が薄過ぎなの! そりゃ、自分のこと超可愛いとか鼻にかけられるとなんかちょっと違うかなって気がするけど、でも、ハルさんのフィンちゃんは超フィンちゃんなんだから」


 語彙力を失うのはオタクのそれとギャルのそれのハイブリッドのように思う。


「ありがとう。それは嬉しい。嬉しいけど、だからって、並べないとかそういうんじゃないから落ち着いて。ていうか、リーゼ一人でやるつもりなの?」

「ぐっ、それは、その……」


 並べないとは言いながらも、一人でやるのも踏み出せないのか。そろっと視線を逸らされる。

 分かりやすい。声音だけでも分かっただろうが、眼前になると余計に分かりやすかった。

 クラスで見る御影は、自分と生息域が違うものに見えている。そこまではっきりとしていないにしても、やっぱり違う場所にいる感覚はあった。何を考えているのか分かりづらい女子って感じだ。交流がないからと言えばそれまでだが、そういう印象がずっとある。

 だが、こうしてそばにいると、くるくる表情が変わって分かりやすくて可愛い。

 ……ほだされている。


「付き合うよ」

「本当に言ってる?」

「嘘言ってどうすんの」

「だ、だって。え? そんな。最初からハルさんと一緒に……?」

「そんな最終目標達成するみたいな反応やめてよ」

「そんなもんだよ! ハルさんを見てやりたいって思ったんだから、その人と一緒にやるわけでしょ? クオリティ気になるじゃん。え~……やっぱり、ウィッグにしたほうがいいかな? 衣装はちゃんとしたやつ買ったの。サイズも問題なかったけど、何か直したほうがいいの? えっと、これなんだけど」


 相変わらず、一直線だ。

 これ、と言いながら隣に肩を寄せてくる。ぶつかる肩口から零れる栗色の髪からふわりとシャンプーの香りがした。見せられるスマホの画面には、試しに着たのだろう。御影のリーゼ姿が映し出されていた。

 少しラフだ。髪の毛もいつも通りだし、ニーハイじゃなくて素足。それはそれでセンシティブで、視線を逸らしたくなる。


「衣装はこのままでいいと思う。ニーハイは必要だね……靴は?」

「ハイカットブーツって今の時期、手に入る?」

「コスプレショップなら似たようなのはあるかも。なかったら、近付けるしかないかな。他に足りないものは?」

「ピアス。アクアマリン? かどうか分かんないけど、青い綺麗な宝石みたいなのでしょ? 私はチェーンとかリングとかは好きであるけど、シンプルな青一色って持ってないから」

「じゃ、アクセサリーショップ?」

「雑貨屋とかで見たほうがいいかも? アクセサリーショップじゃ、高いのしかないかもしれないし」

「まずはコスプレショップのほうに行って、それから……ショッピングモールに行こうか。雑貨屋もいくつかあるだろうし、アクセサリーショップもあるでしょ? 近くにファミレスもあったはずだし、ちょうどいい」

「じゃあ、それで。よろしくお願いします」


 ぺこんと頭を下げてくるのは、本気半分コミカル半分。持ち上がってきた顔はいい笑顔で、俺は頷いて歩を進めた。

 リーゼの服はタートルネックのくせに、スポーツビキニのようなタイプで腹出し。ノースリーブで腕は剥き出しだし、ショートパンツにニーハイソックスだ。ショートパンツもかなり際どいので、コスプレイヤーならちゃんとインナーを履くだろうが、御影にそんな配慮はない。

 家で着たみただけなら、尚のことラフさがあって、その姿が網膜に焼き印されてしまっていた。




 コスプレショップまでは問題がなかった。

 一度きりで慣れたというのは、豪語が過ぎるだろう。けれど、御影も目に入る衣装のアニメについて語るオタクと化していたので、特に意識することもなかった。慣れとは恐ろしい。

 しかし、雑貨店は俺の行動範囲ではないし、アクセサリーショップともなれば門外漢もいいところだ。

 御影は自然体で物色している。前屈みになって覗き込んだり、店員さんに声をかけられたりしても無難にやり過ごしていた。

 俺は手持ち無沙汰で、その後ろに突っ立ているだけだ。何の役にも立っていない。御影に聞かれれば答えるが、居心地の悪さが尋常ではなかった。

 周囲は女の子ばかりだ。女装コスプレしている以上、そういう環境は慣れている。だが、アクセサリーショップのそれとは具合が違った。女の子として区別しているんじゃない。空間の問題だ。

 それに、どれだけ表面上は馴染んでいるとしても、こっちは男だ。肩身が狭くて、背中が丸まる。


「ハルさん」

「あ、うん」


 俺が後ろで棒立ちしているばかりであるから、御影が主導権を握っていた。声をかけられて、ようやく動ける。こちらへ見せてくるピアスを覗き込んだ。


「こっちとこっち、どっちのほうが色味それっぽい?」

「んー……こっち、かな? もう少し濃い碧でもいいと思うけど」

「もう少し、見てみるよ」


 御影の足取りに迷いはない。慣れている。お洒落だもんなぁ、とその姿を見下ろしていた。

 今日しているピアスはチェーンの先に星のようなものが輝いている。綺麗だ。でも、そうか、と改めて棚を見つめた。開いていれば、選択肢多いんだよな。

 イヤリングでも可愛いものは多いし、それっぽいものを見つけることはできていた。それにピアスをイヤリングのようにする方法もある。だが、すべてが対応しているわけでもないし、カスタムすればその分お金がかかるものだ。

 開いていれば、何もしなくてもこれだけ種類がある。探す手間が減るわけではないけれど、選択肢は広い。耳朶を弄っていたのは無意識だった。


「ハルさん、開いてないんだっけ?」

「うん。いつもはイヤリング。ナツは一個ずつ?」

「今のところは。何か開けたい理由ができたら、もうちょっと開けてもいいかも? ハルさんは? 開けないの?」

「こっちも、今のところは。ひとまず、イヤリングで困ってないし」


 痛いのは苦手だし。


「そっかぁ。ハルさん、もっと色々似合いそうなのになぁ」


 言いながら、そばにあったチェーンピアスを宙に持ち上げて、俺に当てる。宝石の連なるそれは、ハルキの姿では確かに一考の余地があるものだろう。

 けれど、俺には縁のないもので、苦笑が零れた。


「ナツのほうが、似合いそうだよ。可愛いし、綺麗だし。色々と似合うと思う。碧のもね」

「そうだった。探さなくちゃ」


 食い下がることもない御影は、さくっとピアスを棚に戻して、捜し物へと戻る。こちらも、追従するばかりでなく目を走らせた。

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