第24話
道中、求められた写真に応えてから会場を見渡すと、一部が盛り上がりを見せていた。大手だったり、ネタ枠だったり。そういうことが、広場の一角で起こることは稀によくある。それだろう、と見切りを付けて、御影を探した。
リーゼの姿は数人見つかるが、御影ではない。途中経過の写真は、よく送られてきていた。
スマホのフォルダに増えていく御影のコスプレ写真など、誰にバレても問題しかない。聖地巡礼のときのツーショットだって、同じように爆弾だ。徹平相手でも、威力を持っている。相手のことは誰にも伝えていないのだから、絶対にバレるわけにはいかない代物だった。
それにしても、その途中経過で見慣れていた御影が見つからない。本番であるから、完成度が高まっているだろうが、それでも見つけられないってことはないはずだ。それに、御影が俺を見かけて声をかけてこないってこともないだろう。自惚れているわけでも何でもなく、知り合いと一緒に来ていて、その相手を無視する理由がない。
きょろきょろと見ていて、不意に気がついた。
……まさか、あの輪の中じゃないよな、と。
読モをやるくらいの容姿をしている。正直、めちゃくちゃ可愛くて、笑顔にくらっとすることがあった。そんな子がガチでリーゼをやる。
ありえる、と人だかりに目を向けた。
あそこに突っ込むのか?
これはもはや、俺が男だなんだとは関係なく、普通に面倒くさい。厄介ごとしかないのが目に見えている。いや、でもこの場合は、男でないことでやっかみを受けずに済むかもしれない。
息を整えて、背筋を伸ばす。踏み出した一歩が、かつりと音を立てた。
「すみません、失礼します」
少し不躾な挙動だ。だが、撮影会になっているわけでもない。掻き分けて進んでいくと、リーゼの姿が目に入った。
さらりと衣装を着こなした夏影は、場所を忘れるほどにリーゼだ。あれだけビビっていたコンタクトも入れたのだろう。金色の瞳と目が合った。
「ハルさん」
八の字に下がっていた眉が、ぱっと跳ねる。とととと自分の元へ駆け寄ってくるリーゼに、心臓が奮い立った。
「マジか……」
思わず漏れた声は、相当低かったはずだ。だが、まだ距離があり、ざわつきのある広場では、御影に届かない。
はぁーっと長く吐き出した息に、きょとんと首を傾げられた。
「似合ってるよ。リーゼがここにいるみたい」
「そんなに?」
初回から、自分のコスプレに自信満々ってわけにはいかない。俺なんてものは、それこそ女装だった。自分がフィンのようになれているとは、思えなかったものだ。
御影も同じなのだろう。自分を見下ろして、眉尻を下げた。これだけ注目を浴びていても、そういうものらしい。初体験のことを自信と直結させろというのも、酷だろう。
「とってもね。可愛いよ」
御影は胸を撫で下ろして、へにょんと表情を緩めた。
ちょっとまずいかもしれない。
後悔は一瞬だ。自分が女の子にこんなにもスマートに褒め言葉を吐けることにも。ともすれば、徹平が探るような意味を含むような熱量で。
いや、そんなつもりはない。ない、はずだ。御影が可愛いのは事実で、それ以上はない。そうして、溢れ返る感情には蓋をした。俺にはそれを吐露するような立場にない。
晴明として、恩恵を受けることはないのだから。
「ありがとう。ハルさんに言ってもらえるととっても嬉しい」
「どうする? ちょっと回ろうか?」
「うん! 回りたい。気になってる本あるんだよね」
「……じゃあ、行こう」
その手を引いたのは、人混みが捌けていないからだ。
周囲は御影に声をかけるタイミングを見計らっている。それを蹴散らすように手を引いて、先導した。睨みを利かせていたのは、やり過ぎだっただろう。
それでも、そうしなければひとけを散らさねばならないほどには、御影の魅力は俺がこの場の誰よりも分かっていた。
会場内を移動していても、視線はついてくる。これは御影だけ、ではないのだろう。多分。
自分のフィンに自負を持っているわけではない。それでも、褒め言葉をもらっている身としては、一応のクオリティは自認している。だから、この視線はリーゼとフィンが揃っている、という点も作用しているはずだ。
とはいえ、いつもよりもずっと多い視線の原因が御影であることは間違いない。
御影はそんな視線を気にも留めていないのか。それとも、常日頃から慣れているのか。テンションが上がっていて、周囲に気を配れないのか。最後の線が濃そうだが、普段も気にしていないので慣れている節も否めない。
とにもかくにも、御影が普段通りなので、俺もそれに倣うことにした。
「……ハルさんは、BLあんまり読まないんだっけ?」
そろっとこちらを見上げてくる。いつだってあけすけな態度だが、さすがにそこは憚るらしい。……性癖と繋がっている場合もあるし、それは正しい反応だろう。
だが、今更に過ぎた。直にBLの話をした覚えはあまりないが、こっちはその性質を知っている。前回の様子を知っていることを御影は知らない。俺が避けて通ったということも。
「読むこともあるよ。気にしないし、付き合う」
「ありがとう」
前回は一人で闊歩していたが、今日は俺から離れたがらなかった。周囲の目には気がついていないようだが、コスプレの不安は計り知れないらしい。
もう手は離していたが、距離は近かった。いつの間に、こんなに懐かれたのか。最初からフレンドリーではあったが、時を重ねた慣れというのは恐ろしい。こっちには非がある分、恐ろしさはいや増すばかりだ。
「ハルさんは買わなくていいの?」
「今日はナツのおともだからね。もし気になるのがあれば、寄り道するって感じでいる」
本当に逃したくないものは、事前通販しているし、事後通販するかどうかも確認済みだ。
「そのときは遠慮なく言ってよ? 私のために自重とか勘弁だから」
「そんなことしないよ。そこまで遠慮してるつもりないし」
「本当に?」
この確認に深い意味があるのか。その辺りが読めない。普段の他人とのコミュニケーション不足が幅を利かせているのか。御影だからこそ、読めないのか。
誤魔化して関係を構築している弊害だとは思いたくなかった。
「何を疑うことがあるの? 嫌だったらここまで手伝ってないし、一緒にいない。ほら、気になっているところがあるんでしょ? 早く行かないと手に入らなくなっちゃうよ」
「なんていうか、でき過ぎてるんだよなぁ」
独り言のような感想には、苦笑いが滲む。
まったくもってその通りだ。できすぎている。
ここまで女装コスプレであることも晴明であることもバレずにやってきた。御影がこんなにも俺に懐いてくれて、天真爛漫な笑みを向けてくれる。こんなにできすぎたことがあるものか。
やはり独り言だったのだろう。御影はそれ以上、俺の言葉を待つこともなかった。そうして、ブースを回っていく。御影は手元に増えていく同人誌にほくほく顔になっていた。楽しそうで何よりだ。
途中、遠慮なく俺の要望でブースに立ち寄らせてもらったこともあり、御影はそのことでも上機嫌になっていた。俺の横やりで喜ぶむず痒さといったらない。
本当に、できすぎている。
そう。できすぎていたのだ。
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