第7話
「何? そんな身近なことなわけ?」
「とにかく、大変なんだよ」
それだけを繰り返しておく。これ以上、ヒントは出せない。徹平も困るだろう。俺から相談として切り出したわけではないので勘弁して欲しい。
「そんで、そのローテンションなわけ」
「今だけだろ」
確かに、御影のことが頭から離れていなかった。
……こう言うと、特別な感情を抱いているような気がして、心がざわつく。ただ、取りまとめるとそうなってしまうのでやむを得ない。
心理的な檻に囚われてはいる。
だが、ここまであからさまな態度を取ったのは、今このときが初めてだ。突かれなければ、徹平にさえ相談しなかっただろう。そこまで秘することだと、御影を思いやっている。
と言うよりも、相談の際の伏せ札を考えるのが面倒だった。
「俺がタイミングを見計らってたくらいなのに?」
「そんなに扱いづらいテンションなの?」
「いや、そのうち元気になるかなって調子を見てただけだけど」
「それはタイミングを見計らっていたってんじゃなくて、関わらずに済むならそれに越したことはねぇなって考えてたっていうんだよ」
「だって、晴明のためにそんな時間割く気が湧かないし」
「友だち甲斐がない」
と言いつつも、俺だって徹平が一人で悩んでいるところを見かけたからと言って、一も二もなく介入しようとは思わないだろう。本気で責めるつもりはなかったし、徹平だって真に受けてもいない。何食わぬ顔で口笛吹いて逃れるような気楽なものだった。
そこに
「マジで?」
と飛び込んできた声を拾ったのは、俺が御影を意識しているからってだけではない。目を向けていたのは徹平も同じだったし、他のクラスメイトだって同じことだった。
声を上げた御影ですら大声だった自覚があったようで、ぼやけたような笑みで周囲を見渡している。その視線と合わないように、すぐさま目を逸らした。
こんなもの意識するだけ無駄だというのに、何の苦悩を抱えているのか。どう考えても自意識が高いだけの馬鹿でしかない。
御影は声のボリュームを落とした。しかし、いくら落としたって、内緒話をしているわけじゃない。普通の話し声でしかないそれは、少し聞き耳を立てれば、あっけなく拾えるほどのものだった。
しらばっくれているクラスメイトの中にも、そうしているものはいるだろう。……悪趣味だが。
「彼氏できたワケ?」
「そうだよ。大学生」
「うわー、年上。どういう繋がり?」
「他校の友だちのお兄ちゃん経由」
「合コン?」
「そこまでガチガチに出会いを求めってワケじゃなくて、遊びに行くって感じで。でも、すごく爽やかで優しい感じだったから、めっちゃ頑張ってアピールして落としたの」
「きゃああ」
今度は大声ではなかった。けれど、きゃぴきゃぴと弾んでいる。そこからは御影によるアピール方法インタビューが始まっていた。
東は正統派なお洒落で可愛く見せる手法を採ったらしい。メイクの話は気になった。女装コスプレとメイクは切っても切り離せない。男装であったとしても同じだろうが、男が女装するのとではまた求める効力が違う。
アイプチやら何やらと外見を整えるものに触れる機会が増えた。今は動画サイトでやり方や商品を紹介してくれているものがある。それも、コスプレ特化で。そういうものの恩恵に与りながら、俺は情報収集していた。
そういうものは耳が拾うようになっている。元より、聞き耳を立てていた悪趣味は横に置いておいて欲しい。
「
話を聞いていたのは身近にもいたようだ。ぽつんと零した徹平の顔は、口惜しそうになっている。どういう感情か。探ったらろくなものしか出てこないのが分かりきっている。
「そりゃ、モテるよなぁ。珠莉ちゃんだもんなぁ」
「聞いて欲しいアピールがひどい」
「押すべきだって珠莉ちゃんがたった今言ってたから」
「盗み聞きは趣味が悪いぞ」
「難なく話についてくるやつが人のこと言えるか? 珠莉ちゃん元気で明るいし、ピンクのインナーカラーが似合うし、お洒落に気を遣ってて可愛いじゃん」
「はぁ」
相槌があやふやになってしまったのは、何も東が可愛くないと思っているわけじゃない。客観的に見て、東は可愛い。だが、認めてしまうと個人感情のような気がしてもにょもにょする。
何より、徹平の声音が熱いものだから、同意するのが憚られた。やっぱり、俺は自意識過剰だ。
「何だよ。晴明は和夏ちゃん派だったか?」
「何だよ、その派閥は」
どんな子が好みか。そんな話は二次元だろうと三次元だろうと古今東西ありふれている。だが、知人でやるのは下世話だ。しかも、張本人が視界内にいる状態で。
眉を顰めた俺に、徹平はきょとんと首を傾げた。
「知らないのか?」
「下世話だって言ってんだよ」
「そんな潔癖じゃないくせに、どこに何を取り繕ってんだよ」
わずかでも御影の意識に上りたくなくて取り繕ってんだよ。
「でも、和夏ちゃんも美人系で人気だよな」
その美少女が瞳を輝かせてジルカイの同人誌を買い漁っているんだけどな。とは、口に出せるはずもない。
「そうだな」
「……やっぱり、和夏ちゃん派なんだろ」
「なんでそうなったんだよ」
「あっさり同意するから」
「……相槌だろうが」
「珠莉ちゃんのときはしなかったくせに」
「御影は去年も同じクラスだし、まぁ……なんつーか、知ってるから? みたいな」
一方的に趣味趣向を知ってしまっている。東よりも、ずっと身近だ。言い訳がましい。東のときに身勝手な感覚で誤魔化さなければよかった。御影を意識しているがゆえに、調子が狂ってしまっている。
「ふ~ん。でも、そうか。晴明はリーゼ派だもんな」
「は? それ今関係あるか?」
「和夏ちゃんはフィンよりはリーゼだろ」
それは、フィンと言ったほうが本人は喜ぶ。フィンちゃんと呼んで、可愛らしさについて熱弁している呟きを何度か見ていた。一週間で何度も見るのだから、その情熱は並外れていよう。
「そういう基準で選んでないし、そもそもどっち派なんて言ってないだろ。そういうゲスな話をするなよ。そっちだって、派閥に入っているつもりなんてないくせに」
「貴賎なんかあるわけないだろ」
「自分のこととなるとそうなるくせに、なんで俺だけはカテゴライズしたがるんだよ」
半眼で呆れる。その視界の隅で、二人の様子を捉えていた。
どうやらインタビューに夢中のようで、自分たちが他人のトピックスにされているとは気がついていないらしい。何よりだった。
「だって、晴明は誰でもいいわけじゃないじゃん」
「だったら二人のうちどちらかになるってのも違うだろ」
「良い人いんのか?」
「オタクに何の話を振ってんだよ。俺はリーゼ一筋だ」
「……お前、そういうとこあるな?」
「……お前が勝手に御影とリーゼを一緒くたにしただけだろ。選んでないし、そんな告白してない」
「そうだな。そういうのは本人に言ってやれよ」
ふざけんなよ、誰がそんなことするか。好みだと言ったわけでもない。前提が間違っているし、御影に何かを告げようなどという意気地はなかった。
一応、猫をかぶっていたが、だからって声音を整えられていたかどうかは定かではない。喋りかけるリスクが高過ぎた。自分がどんな調子で話していたのか。正直、覚えていない。日頃の癖が出ている可能性も大いにある。無理だ。
そうした言外を無視でこなすと、徹平は面白そうに笑っていた。からかっているだけなのだろう。心臓に悪い。
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