第8話
「で? 何だっけ? お前が身バレして大変って話だっけ?」
からかいは満足したらしい。
一気に話が巻き戻った。マイペース過ぎる。これくらい自我を保っていなければ、現実に女の子を侍らせることはできないのか。何ひとつ羨ましくならなかった。
そのうえ、心労的には話の中身が変わっていない。俺はため息ひとつで流した。
「バレてないから、それまでかな」
「勝手に収めるよな」
「もうチャイム鳴るぞ」
「逃げたな」
「詳細は言うつもりはないからな。そっちだって、聞く気ないって言っただろ」
「面白いことなら、一枚噛みたい」
「お前はその性格で何で女子にモテるのかさっぱり理解できない」
性格だけに留まらず、性癖的にも意味不明だ。このハーレムに等しい男のどこに気持ちを寄せる部分があるのか。世間は思ったより爛れているのだろうか。潔癖なつもりはないが、それにしたってハーレムを許容する世界線は日本ではあまり見受けられないと感じていたが。
「真面目な子からは軽蔑されてるから、全女性にモテるわけじゃないしなぁ。俺は問題ないのに」
「大規模から慕われることを目標としているような調子で言うなよ。その問題がないことがこの上なく、問題なんだろ。普通は」
「普通とか何とか、万人受けするよく分からん基準の価値観は、そっちだって嫌いじゃなかったか」
「そりゃそうだろうけど、徹平の貞操観念がズレてるのは間違いない」
普通とかみんなとか不透明な大多数なんて引き合いに出されたくないと言われても、徹平の貞操観念が世間一般のレンジから外れていることは間違いない。
「晴明がヘタレなだけだろ」
「ハーレム云々はヘタレとはまたベクトルが違うっつーか……図太いっつーか、鈍いっつーか」
一妻多夫制の国だってある。理解不能の精神性とまで言うつもりはない。
実際、徹平を遠ざけるつもりもないし、その性癖を矯正しようという気はなかった。……これは、こちらが実被害を受けないからこその、他人事の節も否めないが。
「決めるところで決められないよりずっといいだろ。和夏ちゃんのことチラチラ見てばっかりじゃ、何も進展しないぞ」
「うるせぇ」
さすがに、胸中の言葉がまんま飛び出した。
徹平だけが悪いわけではない。これは自意識を突かれた八つ当たり半分だ。そんなに見ているつもりはなかったが、話に上げるとまずいらしい。それだけは学んで、俺は徹平を手で追い払った。
徹平がそれに従ったのは、単純明快。予鈴が鳴ったからに他ならない。それと同時に大息を吐いて、意識を振り払った。それで振り払えたのは、徹平だけだ。
東と席が前後ろなのをいいことに、ギリギリまでインタビューを続けている御影の声はずっと聞こえていた。
根っから、忘れていたわけではない。先週の放課後は、バイトが入っていた。御影に。だから、難なく乗り越えていて、すっぽ抜けていただけだ。
図書委員として図書室のカウンターに、御影と二人。並んでいる、というには語弊がある。端と端であるし、俺はカウンター側に肘を立てて本を捲っているし、御影は壁際のほうに寄せた椅子の背へ凭れてスマホを弄っている。
だから、並んでいる、というの語弊だ。そうとも思っていなければ、平静を保つことができないというのかもしれないが。
読んでいるのは、フラルトの一巻だ。煮詰まり過ぎた現実逃避の結果だろう。正しく創作に逃げていた。
しかし、それすらも御影に繋がってしまっているのだから、完全に断ち切れているわけでもない。とことん、であった。
そんな心理であるのに、同じ場に滞在していなければならないとなると、集中力はない。物語に涙を流すわけにはいかない分、現実に胃が泣いている。
図書室の利用者はいるにはいるが、カウンターが常に稼働するほどではない。そのため、手持ち無沙汰な時間が積み上がり、その間緊迫感まで積み重なる。ついてない。
図書室の扉が開くたびに、何か変化が訪れないか。誰か助けてはくれないかと期待を込めて顔を上げてしまう。知り合いでもない図書室通いの生徒もいい迷惑だろう。
一人二人、顔を見たことがある人はいたが、だからって顔を見たことがあるだけに過ぎない。すわりの悪さや手持ち無沙汰を中和してくれる人はやってこなかった。
俺はぱらぱらとページを捲っている。もはや、挿絵を眺めているだけだ。リーゼが可愛い。下心がないとは言い切れないにしても、素直に感受していた。それが、徹平のせいで引っ掻き回される。
リーゼと御影。
似ているとは思わない。……せいぜい、胸くらい、というのはあまりにも下世話だ。俺はかぶりを振って、思考を振り落とした。
「
出し抜けに声をかけられて、肩を跳ねさせる。
怖々と斜め後ろを振り返ると、長い睫毛をぱちぱちと重ね合わせる御影がいた。何故、そっちのほうが不思議な顔をしているのか。今、声をかけられたことに疑問があるのはこちらのほうだ。
「どうかしたの? 気分悪いとか? 頭痛い?」
「え?」
続けて不調を問われて、ますます混乱する。不審な答えをする俺に、御影は片眉を吊り上げた。
「なんかため息ついてたと思ったら首振り出すし、大丈夫なの?」
事務的な会話をしたことくらいはある。だから、こうして心配する相手くらいの認識なのだろう。御影にとっては。
だが、俺にとってはそこまでの関係性がない。しかも、直近が敬語のハイテンションだったので、違和感が凄まじい。答えに窮した。
「河辺?」
「いや、大丈夫だ……ちょっと、眠気がしてただけだから」
嘘八百をつらっと零す自分が自分で信用ならない。だが、もう既にハルキとして姿を繕ってしまっている。御影相手では今更だと思ったし、君のせいで懊悩しているとは言えるはずもなかった。
そんなもの切り出し方を間違ったら、告白紛いになりかねない。そんな蛮勇が俺の中に眠っているわけもなかった。
「何だ。ビックリした。別に寝ててもいいんじゃない? いっぱい人が来るわけじゃないし、私がやっとくから、最悪帰ってもいいけど。先週は任せちゃったわけだし」
多分、御影は会話する必要があるというか、こうして同じ委員になったりという事情があれば誰にでも話しかけるのだろう。
去年一年、これといって会話がなかったのは、単純に関わるイベントがなかったからに過ぎない。だから、こうやって人のことを気遣って付き合うのは、御影にとって普通のことなのだろう。
だが、どうしたって戸惑いが先立つ。そんなふうに面食らっているから、俺は機会をものにすることができないのだ。
「いや、そこまでじゃないから大丈夫だ。驚かせて悪かった」
「別にー。暇だし、暖かくって気持ちいいし、眠くなるのも分かるってもんじゃん?」
「日当たりがいいわけじゃないのにな」
「図書室だからねぇ」
本が身近な人間だなと思う。世の中には光彩たっぷり取り入れました図書館とかいう暴挙があるからな。
学校の図書室は建て付け上、窓が多いのはしょうがないだろう。近年建て替えられた出身中学では、日射しの取り入れ方が緩やかになっていたし、窓側はテーブル席で埋められていたが、かつてからとなると対処できない場合もあるはずだ。
それでも、うちの高校は日除けしているほうだろう。一階の図書室は窓際が中庭に面していた。そこには木が植えられている。どのくらい効果があるのかは知らないが、緑に守られるものはあるような気がした。
そういう考えや意識があって出てくる言葉だろう。
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