第13話

『ちょっとは話してみたいんだけどな。私、普段、アニメの話できる人いないんですよね。そんな大したことないですよ。ハルさんほど魅力はありませんし。理解してくれてるとありがたいな』


 節々で、俺を……ハルキを褒めたたえることを忘れない。そのたびに、胃痛が増す。

 友だちとして交流を続けるっていうのは、こういうことだ。これを素知らぬ振りで辛抱していく。同じシチュエーションが何度も訪れると確定しているわけではない。けれど、委員会は一年同じだ。

 二年から三年時には、委員長・副委員長の関係もあってそのまま持ち越しになることもある。そうなれば、およそ二年はこの状態を維持しかねなかった。

 その間、夏影とのやり取りが続いているかは分からない。今は一時的に加熱しているだけの可能性も高いだろう。俺にしてみれば、そちらのほうがありがたいが、オタクの付き合いは案外続いたりもする。楽観視はできない。

 どちらにしても、どう少なく見積もっても一年はこの関係を据え置きすることになる。それも、このままの距離感を維持できるかどうかは分からないのだ。流れに身を任せていると、押し込まれる気しかしない。

 友人として、とあっさり言い切った徹平の言葉が巡る。

 望まないわけではない。フラルトをタイムラグなく語れる貴重な存在であるし、オタクとして夏影の在り方は思想がズレている感覚もなかった。まだ探り合いの状態であるし、深掘りすれば解釈のズレが生じることはあるだろう。それでも、今のところ友人としてあることに難がないのだ。

 だからこそ、後ろ暗い。友人でであろうとすることで、問題が生じる。いい展望は描けない。おおよそ、こちら側の失点である。

 友人だからって、一から百まで曝け出さなければならないわけではない。だが、こんな騙し討ちの育み方は間違っている、だろう。交友関係の広くないコミュ障が正誤を判断できるものではないが。

 だが、とやはり堂々巡りする。

 メリーゴーラウンドから飛び降りるしかないのではないか。

 過る判断は、あまりにもひどい。俺に時間を使った夏影のことを切り捨てる野蛮甚だしいやり方だった。

 だとすると、言うしかない。

 漏らしそうになるため息を飲み込んで、スマホ画面に向き合う。ぽつぽつとごく自然にメッセを作り出していく自分の指先は、自分と乖離しているようだ。

 今こそ、ハルキであることを明確に意識していることもなかった。


   *********************


 憧れていた、というほど年月があるものではない。

 初のイベント参加で緊張しまくっていた私は、SNSを巡回していた。フォロワーのフォロワーさんへ飛んで、イベント参加者の呟きを巡っていく。何か目当てがあったわけでもなく、目に入る文字を追っているだけになっていた。

 睡眠時間の無駄遣いになっているのは分かっていたが、なかなかやめられない。その段になって、そのコスプレイヤーの元へ辿り着いたのだ。

 フィンで売り子として参加します、と端的な文字列に比べて、そこに添付されている写真は魅力的で目が覚めた。

 ベッドから飛び起きて、メディア欄を漁る。写真はそう多くはなかったが、フィンちゃんのコスプレばかりだった。そして、そのどれもがクオリティが高い。

 胸がドキドキして、翌日の寝不足の最後の一押しは、間違いなくその人だった。

 そのハルキさんと顔を合わせることができたのは、奇跡と呼んでいいだろう。絡まれているところ、という不測の事態でなければ、よりよかっただろうけれど。けれど、そうしたきっかけがなければ、声をかけられていたかどうか分からない。

 間近で見たハルキさん――今ではハルさんと呼ぶようになったその人は、素敵なコスプレイヤーさんだった。

 身長は私より少し高いくらい。ガタイは女性にしてはいいほうだろうけれど、フィンちゃんのマントを上手く羽織っていて、すらりとした姿を見せていた。

 ハーフアップの髪の毛も、ラインを隠すために使っているのだろう。ぱっちり二重で、カラコンは薄い青色。リアルにコンバートしたフィンちゃんだった。

 可愛い。めちゃくちゃ可愛い。ツーショを撮ってもらって舞い上がっていたら、フォローバックまでしてもらえて有頂天だった。

 ただし、帰ったあとは反省したけれど。その場の勢いで猛進してしまっていた。反芻すると居たたまれなくなって、頭を抱えた。

 どう思われたことだろう。ナンパしていた男たちほど不愉快なやつになっていなければいいけれど、おかしな子だと思われたかもかもしれない。そう一度でも過ったら、相互の関係になったというのに、反応することはできなかった。

 何度もホームを確認しては、DM画面を開いたり閉じたりする。そんな思案を一週間も引きずった。

 それが透けていたわけじゃないだろう。彼氏のことを根掘り葉掘り突っ込んだことのやり返しだったのかもしれない。珠莉にどんどん絡めばいい、とアドバイスされた。

 珠莉には、気になっている人がいる、というニュアンスしか話していない。珠莉は私の趣味を知っているけれど、詳細を知っているわけじゃなかった。趣味が違うことはお互いに理解しているから、下手に首を突っ込んだりしない。

 それでも、友だちでいられるのが心地良くて、私は珠莉と仲良くしている。その珠莉に、ぐいぐい背中を押されたのだ。

 最初は、あまり乗り気ではなかった。それは友人になりたいと思っていないわけではなく、迷惑になるのは憚るという理由からだ。だが、意気はあるのだから、あまりにも説かれると撥ね除けることは難しい。

 ひとまず、先日のお礼と挨拶、写真を渡すくらいの連絡は構わないだろう。そうした意識が上ってしまうと、もう引くに引けない。というよりも、意識が拭えなくなってDMした。

 失礼のないように、と当初は送る前に何度も推敲していたように思う。だが、ハルさんがフランクにメッセを返してくれるものだから、私はすっかり調子に乗っていた。

 迷惑ではないだろうか、という気持ちはある。けれど、普段話せない話題で盛り上がれる相手。しかも、可愛くて優れたコスプレイヤーさんだ。楽しくてたまらなくて、止められない。

 ハルさんがナツさんと書いてくれるのを見るだけでも、心臓が膨らんでしまう。なんて都合がいいんだろうか。迷惑だなんて考えている人間の思考回路とは思えない。

 よく珠莉に抵抗などしていたものだ。実況のような体験をしてしまったのが、枷を外してしまったような気がする。それは、私側からだけでなく、ハルさん側からも同じなはずだ。

 私の思い違いでなければ、いくらか気さくになったような気がした。その愉快さや爽快感が、後戻りできなくさせている。このまま突き進んでしまいたい高揚感を抑えることができない。

 ハルさんが容認してくれるから、というのは責任逃れでしかないだろう。けれど、ハルさんは本当に鷹揚だった。

 私もメッセを送る時間は考えているけれど、それにしたって、ハルさんの返信は好ましい間合いだ。これは骨を折らせてしまっているのか。それとも、相性がいいのか。確認のしようがないことで、悩んでいてもしょうがない。

 そう開き直ってしまうと、一度外れた枷はそのまま外されたままになってしまう。開き直りの度合いを調整できるほど、私は自身のコントロールが上手くなかった。

 もし本当に嫌気が差せば、ハルさんはフェードアウトしてくれるような気がする。これは最悪の予想であるけれど、それくらいの気持ちでいるしかなかった。

 SNSで繋がっている相手だ。そう思えば、特異な距離の測り方だとも思わない。……ちょっとひどいかもしれないけど。でも、器用なことはできないし、せっかく友だちになれそうな相手がいるのに手放すのは惜しかった。

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