第12話
「そんなに肩入れしてんの?」
「は?」
「だって、晴明ってそういうの気にしないだろ?」
「……そんなことはない」
否定しながらも、ちりちりと心の底を炙られるような気持ちがした。思えば、そこまで誰かに忌避されることに着目したことがあっただろうか。
でも、と考える。
夏影には、そうされたくない。それくらいには、友情は芽生えていたようだ。そんなものに気がついてしまうと、今まで以上に心がざわめく。これ以上となれば、キャパオーバーになりかねない。
前髪を掻き乱した俺に、徹平が肩を竦めた。
「気がついて、どうしようって顔してんぞ」
「お前のその勘は、何か別のことに使えば?」
「使ってるよ? 女の子と仲良くなるために、たーっぷりな。晴明のために使いたくないのは俺だって同感だから、もっと分かりやすくゲロれ」
「口の悪さをよく繕ってられんな」
「男友だちと口説き落としたい女の子とで同じ態度なわけないだろ? 晴明だって、その女子高生には柔らかく接しているんだろうし」
「俺のとお前のを一緒にしてくれるなよ」
言いながらも、表現してしまえば同じものになることは認めざるを得ない。
俺だって、はっきりと取り繕っている。それは、徹平を相手にしたときと露骨に違うはずだ。というより、他の誰とも違う。
夏影と接している自分を、俺はまだ測りきれていない。まるでもう一人の自分がいるみたいだ。
自覚のない引き出しを引いて、適当に出てきたものでやり過ごしている。そのくせ変な統一感はあるというちぐはぐさだ。このざわつきも、そうしたものを原因にしているのかもしれない。
「でも、お前楽しそうだぞ」
「はぁ?」
苦悩を打ち明けたことは、やはり鼓膜に届いていなかったのか。耳の穴をかっぽじるべきだったのか。
眉を顰めても、徹平は堪える様子もない。
「分かってる分かってる。大変なのは分かってるよ」
二度繰り返すのは嘘だという通説を信じてしまいそうになるほどには、軽い重ね技だ。
「フラルトの話をできるのは楽しいんじゃないのか?」
「……それは、まぁ、楽しくないわけじゃないけど」
成功体験は剥がれない。ましてや、問題もなく充足感を得てしまったのだ。どれだけ誤魔化したところで、楽しくないと言えない。
「じゃあ、友だちとして付き合いを続けておけばいいんじゃないか?」
「俺の心労の話はどこにいったんだよ」
「何にせよ、どうにもできないだろ。晴明は優し過ぎるから」
「それは贔屓目が過ぎる」
ヘタレだとか優柔不断だとか。褒められる優しさとは、ベクトルが違う。そんなものは徹平に言われるまでもなく、自己評価はできているつもりだ。
「でも、そうじゃん? だから、仲良くしとけよ。悪いことにはならないだろ? 女子高生と仲良くできるなんざ、役得じゃん。同じ趣味の女の子と都合よく巡り会えるなんて、そうそうないんだぞ。羨ましい」
「本音はそこかよ」
心底呆れ返ったところで夏影の話は切り上げられた。徹平の苦労話という名の半分自慢話に流れる。
多少の不平はあったが、俺にだって自分が動かなければならないことだという自覚くらいはあった。
オタク同士が打ち解けるのに、そう時間はかかっていない。俺と夏影の一足飛びはおよそ一週間だ。そうして、メッセ交換を行ってから初めての委員会の日が巡ってきていた。
昼休み、徹平に思いを投げてしまったのは、放課後を憂いてのことだったのかもしれない。何の対応策も出てこなかったが。
結果として、俺は無計画にカウンターで本を捲っている。御影もスマホを触っていて、今のところはそつのない時間だ。このまま過ぎてくれればそれでいい。
自分が引き金にならないように、フラルトに集中していた。表面的な打開策を掲げている。そして、それは概ね功を奏していた。
あの日の御影は本当に気まぐれだったのだろう。気になることでもなければ、声を掛けてくるほどの仲でもない。それが如実に出ていた。
ありがたい、というのは、些か非情であるのだろう。放っておいて欲しいと願っているようなものなのだから。だが、ボロを出したくはない。これ以上の要らぬ考え事はいらなかった。
俺は、消極的な現状維持を選んでいる。はたして集中しているのか怪しく思いながらも、身動ぎはせずに紙面に目を落としていた。
今回、その沈黙を動かしたのは、緩やかな振動だ。びくっとしながら、ポケットに突っ込んであったスマホを取り出す。
御影の視線がこちらを向いたような気がしたが、無視した。背中側のことだ。気のせいの公算だって高いだろう。スルーしたところで、不自然でもあるまい。
逐一弁解を組み立てる心情を押しやって、画面に割く。項垂れそうになった姿勢を保った。
『今日はバイトなしで委員会中です。前に言ったことのあるリーゼ推しの子がいるんだけど、話しかける勇気はないしヒマ。ハルさんはバイト? 部活に入っていたりしますか?』
プライベートに割るようになってきたのも、自然ではある。
この辺りは、御影が一般的な感性も有しているからだろう。アニメの話だけできれば、という偏ったコミュニティケーションではなかった。
それにしても、勇気があってよいことだ。よもや、自分の趣味を俺にバラしてでも話しかけたいような意思があるのか。そんな気概は知りたくなかった。
口調はどれだけ繕えても、語り口まで制御できている気がしない。似たようなことを口走って疑われては困る。
『リーゼ推しの人も、いきなり話しかけられたらビックリするんじゃない? 仲良い子じゃないんでしょ? バイトはしているけど、部活はしていないよ。ナツさんは?』
委員会は図書委員。バイトは読モ。部活は帰宅部。
すべて知っていることだが、聞かないのはおかしい。そんな逆張りを常にしているやつはいないだろう。だが、疑心暗鬼になる。ミステリーの登場人物ってのは、こういうものなのだろうか。
『ダメかな? 私もあんまり明かしているわけじゃないけど、誰彼言いふらすような人じゃないと思うしいいかなって思ってんだけど。私は読モしてますよ。多忙なときがあるので、部活はしてませんし、委員会もちょーっと迷惑かけてるかも』
夏影の敬語が外れるようになってきたのは、ここ数日のことだ。その隙というか、気さくさを目にするたびに、深みに嵌まっている気がしている。
そのうえ、もたらされる晴明の印象が悪くなくて、むずむずした。なんだろうか。
そこまで、大仰なことを言われているわけじゃない。常識的なことができると判断されているだけだ。しかし、俺たちにそれを測るほどの友好値もない。それで、口が堅いと思われているのは悪い気はしなかった。
そして、迷惑を考えている心根を知ると、良い子だと思う。迷惑だと思う心もなかったくせに、調子が良いことだ。
『普段から話している子じゃないんでしょ? あんまり困らせちゃダメだよ。モデルなんてすごいね。多分、委員会の子も分かってくれてるんじゃないかな』
こういうとき、どう返せばいいのか。コミュニケーション能力不足だ。自分が話題に乗っているのを空惚けるのは難しい。大丈夫だと分かった口を利いてしまいそうだ。
正体を隠しているには生半可な反応が漏れ出しそうになって、自重すると淡泊に話を流しているように見える。それとも、これは事情が分かっているから抱くだけのものだろうか。
夏影へはフィルターが何重にもかかってしまっていて、正常な判断ができそうにもない。
既に、何が正しいのか分からなくなっているのだ。そんな判断力があれば、もっと早くに自分の身の振り方を定められている。こんなふうに同じ場所にいながら、戦々恐々とメッセのやり取りなどする時空に放り投げられたりしていない。
そう思うと、肝が冷える。シチュエーションを俯瞰すると、胃が痛い。
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