第3話

「ありがとう。頂戴いたします、カン先生」

「うむ。素直ないいやつにはスケブも上げよう」

「マジ?」

「ほら。リーゼちゃんだよ」

「ありがとうございます! 先生」


 俺は手を合わせて二条を拝む。解釈の主張じゃ相手をするのも面倒くさいが、イラストには感謝を捧げるしかなかった。

 受け取ったスケブの紙には、フラルトの格闘家・リーゼが描かれていた。ジムで着るような丈が短くお腹の出る上着にショートパンツを身につけている。際どさ担当とされるリーゼの巨乳を遺憾なく強調した寝転んだ角度は、心臓を掴まれる。

 ロングヘアーが良い具合に胸の上に垂れて、その豊満さをますます強調していた。カラーはついていないが、陰影をつけてくれている。美しい。

 紙を頭上に掲げて拝むと、二条はにんまりと笑った。


「本当にいいのか? 同人誌分の料金だけでも払ったほうが……」

「いや、こっちのお礼なんだから、それじゃ意味ないじゃん。本当にリーゼのことになると見境ないな、怖っ」

「はぁ? お前の腕も買った上だわ」

「でも、リーゼじゃなきゃ言い出してないでしょうが」

「……そんなことは」


 断言できる自信はなくて目を逸らすと、二条は鼻を鳴らした。


「贔屓だよねぇ。やるのはフィンなのに」

「リーゼをやれるわけないだろ」

「別に好きなキャラをやるコスプレだってあるじゃん」

「俺にリーゼはさすがに厳しいっての。雰囲気出せる気もしないし、俺はできるだけ寄りたいほうだし」

「じゃあ、カインをやろうって気はないの?」

「ハーレムキャラを俺がやんの?」


 コスプレに関係性の反映はいらないだろう。

 それに、カインはハーレムを求めてハーレムに興じる主人公ではない。ルート回収のためにハーレム状態にならざるを得ない展開だ。

 とはいえ、モテまくる属性はあるので、俺には存在しない雰囲気を持っている。じゃあ、フィンはどうなのだと言われると、その共通点もない。魔法使いのシルエットが俺がやってもそれらしく見えるものだった、という安直な理由だ。

 だから、カインをやったって問題はない。身長が足りないだろうけど、それは厚底でも履けばいけるだろう。コスプレなんてそんなもんだ。

 ただ、それを言ったら、リーゼだって胸を作ってしまえばいい。こればっかりはざっくりとした感覚の問題だった。だから、通じなくても仕方がない。

 腕を組んだ二条は俺をじろじろと観察してから、


「似合わないな」


 と零した。

 自分でもそう思っているし、だから避けようとしている。しかし、直言されると手のひらを返したくなった。


「ハルキにはフィンが似合ってる」

「……なら、フィンでいいだろ」


 返したくなった手のひらは引っ込めた。同人活動はどれを選ぶにしても自己満足の世界ではあるが、認められると嬉しいのは人の性だ。


「悪いなんて言ってないでしょ。カインをやってリーゼと合わせとかやればいいのにと思って。まぁ、フィンでもできるか」

「ていうか、俺は別にリーゼをやっている子と出会いたいとか思ってないからな。合わせ云々を求めてない」

「作品としてテンション上がらない?」

「否めないけど、フィンでもリーゼと合わせることはあるし、今のままで十分だよ」

「とことん、ハーレムに向かないよね」

「どういう意味だよ」

「合わせでも、女子に遠慮してるでしょって話。ハーレムもののキャラやってるんだから、慣れなよ」

「それとこれとは別だろ」


 根暗のボッチで女子に慣れていないテンプレートに嵌まるほど、典型的なつもりはない。

 ……その型によく似た形に形成されているかもしれないが、そこまでじゃない。はずだ。そうだと思いたい。そうに違いない。別だ、別。

 断じた俺に、二条はひょいっと軽く肩を竦めただけだった。言い争うのも面倒だったのか。言いたいことはあったが、分が悪い。引き下がっておいた。

 二条は話は終わりとばかりに、撤退の準備を始めている。その手つきは淀みない。他の二人は、会場を見回っているようだった。


「ハルキは打ち上げ、どうする?」

「あの二人もいるんだろ? 俺はいいよ」

「やっぱり、女の子に慣れてないだけじゃん」

「やかましい。普通に仲良いわけじゃないし。今日はいいよ」

「仲良くなるための打ち上げだと思うんだけどね。ハルキがいいなら、それでいいけど。じゃあ、今日はもう帰る?」

「そうだな……ちょっと、コスプレ広場のほう見てから決める。挨拶くらいはしときたいし」

「行くなら、もう行ってもいいよ。そのまま着替えるなら解散で。もし、何かあったら連絡するし」

「そうか? じゃあ、また。イラスト、サンキュ」

「こっちこそ、ありがとう。じゃあね」


 片付けの合間に、ひらりと手を振ってくれる。それに手を上げてから、俺はスペースを離脱した。

 仲が悪いわけでもないが、ことさらに名残惜しさを抱いたりもしない。適度な距離感が心地良くて、二条とは上手くいっているのだろう。

 高校に入って同じクラスになってから、徹平を通して声をかけるようになった。

 徹平と二条は、中学時代からの知り合いらしい。友だちだとは二人とも頑として認めなかったので、一応そのまま受け取っている。突いて何かあったことが判明すると気を遣うので、そのままにしていた。

 実際、二人は趣味で口論しているし、何もないわけでもない。下手なものが公開されても困る。どちらにしても、触れないほうが無難と言えた。触らぬ神に祟りなし、だ。

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