第七章
第30話
次に会うときは、きちんと伝えるつもりでいた。
伝えなければならないと気負い過ぎていて、挙動不審だっただろう。御影にも早い段階で気付かれてしまっていたはずだ。まぁ、それはいい。気付かれてしまったとしても、どうせ伝えるのだ。今までと比べれば、正当な開き直りだっただろう。
だが、自分ではない第三者に暴露されてしまうのは、覚悟していなかったハプニングだった。
東の声が聞こえた時点で、嫌な予感はしていた。バレるバレない以前に、共通の知り合いと遭遇するのはリスキーだ。その危機感だっただろう。そして、その嫌な予感は予感を遥かに超える威力で、俺たちの心情を焦土にした。
俺の焦燥も並大抵でなかったけれど、御影の驚天動地っぷりは桁外れていただろう。その動乱が手に取るように分かって、焦燥感は急加速した。そんなものが加速したところで、ろくな対応ができるわけもない。
そんな情けなさと俺のやりざまに幻滅したのか。何にしたって、御影が逃げ出してしまうのは、妙なことではない。それでも実行に移されれば、胸が軋む。身体中を走り抜けるような電撃的な痛みに、胸を押さえた。
眼前にいる東が、ぽかんと口を開いている。そんなものを見ている場合ではないというのに。俺もまた、御影を唖然と見送ることしかできていなかった。
御影、と転がした音が、発作的で後悔する。けれど、ナツと呼ぶのも、また違う気がしたのだ。そのときは。
そのうちに、御影の影はどこにも見当たらなくなり、東も立ち去ってしまっていた。恐らく、後を追っていったのだろう。捕まえられるかどうかは分からないが、友人の身軽さが羨ましかった。
……自業自得だが。
とにかく、メッセに弁明する機会をもらえるように謝罪と話し合いの願望を送った。何度かコールも鳴らしたが、取ってもらえることはない。メッセを見てももらえていなかった。
当たり前だ。ハルキとして偽ってともに過ごしていた。怒りを買うことも道理だろうし、切って捨てられようとも仕方がないことだ。罵られようとも何だろうとも、反発できるわけもなかった。
御影の態度の何もかもを受け止めるしかない。無視すると言うのであれば、俺はそれを粛々と受け止めるしかなかった。
もちろん、手段を講じないということと同義ではない。
なので、メッセは入れた。ただ、限度はある。俺は自分の中ではセーフと思われるより多少超過したくらいは粘って、メッセを送るのも電話を鳴らすのもやめた
ここから先は、御影次第だ。何をされたとしても、俺には手出しができない。少なくとも、今すぐにどうにかはできない。
早くても明後日、月曜日。学校で捕まえるしかなかった。
……自分の中に、御影と繋がっていようとする執念があることには驚きが隠せない。
二条にもそう指摘されていた。そうかもしれない、と薄らと自覚は伴っていたつもりだ。けれど、こうして現実に陥って、自分の御影への感情が肺腑に沁みる。
大事な友人だ。切り離したくはない。ギリギリまで。拒絶を叩きつけられるまでは、悪足掻きをしたいほどには、感情が根を張っている。
何があっても。今更手遅れであっても、やれるべきことはやろう。括った腹を引き締めて、俺はまんじりともせず御影のことを待っていた。
翌日、連絡があったのは二条からだ。
『今日、暇じゃない?』
これが他の人ならば、用件を言えと思うところだった。しかし、相手が二条なら、趣味活動関連だと予測がつく。いきなり電話を選んでくるところも、二条らしい。
「暇だけど、遊びに行く気分じゃない」
『何? どうかした? コスプレしないかなって思ったんだけど』
「今日はいい。遠慮しておく」
『どうかしたのって問いに答える気はないってことね』
「大体、想像できてるんだろ」
二条は勘がいいほうだ。俺がこのタイミングで拒否することなど、少し思考を巡らせれば答えに行き着く。多くを語る気もなかった。不親切ではあるだろうが、今は二条に気を回す余力もない。
『御影さんにバレたってこと? 自分で伝えたわけじゃなくて?』
「あっさり。第三者の指摘で」
『それで、御影さんにブチ切れられたの?』
「逃亡後無反応」
『あちゃー……やっちゃったね。だから、自分で言っちゃったほうがよかっただろうに』
「……分かってるよ」
苦みと後悔と苛立ちと、さまざまな感情が複合されている。主に自分に対するものではあるが、図星を指される八つ当たりもあった。二条にしてみれば、たまったものではないだろう。
『励ましてあげようか?』
「二条に何ができるって?」
『リーゼでも描いて送るくらいならできるけど?』
惹きつけられる提案ではあった。だが、諸手を挙げてか、と問われると躊躇が生まれる。それは自分の都合で二条の手を煩わせることもあった。だが、そんなものは微々たるものだ。
大部分は、リーゼと御影の重なりに占められていた。どうしたって、その結びつきを解くことができない。励ましすらも、自分の所業へと繋がってしまっている。
『いらない?』
「……遠慮しとく」
『重傷じゃん』
俺を何だと思っているのか。リーゼ狂いでいるつもりはない。御影のフィンへの愛情と比べると、俺のリーゼ推しなんて些末なものだ。勝敗がつくものではないし、比較するものでもないけれど。
『リーゼでも御影さんを思い出してしまうって感じ?』
「口にしなくてもいいこともあるぞ」
『マジで重傷じゃん。そんなに御影さんに肩入れしてるとは思ってなかったんだけど』
「しょうがないだろ」
何がだよ。自分でも突っ込めることを、二条が逃してくれるわけもない。苦笑いのような吐息が耳朶に吹き込まれた。
『そう言っちゃうところがもうダメって感じ。もう、諦めてんの?』
「諦めてないよ」
『じゃあ、ずっとそうしているわけにもいけないんだし、今日くらい出てきてもいいんじゃない?』
「楽しめる気がしないから、遠慮しておくよ。大丈夫。そのうち、ちゃんと戻るから」
『別にハルキが戻ってこようとこまいとあたしには関係ないから、好きにしたらいいと思うけど。また、時間ができたら売り子はして欲しいから、戻ってきてくれれば万歳かな。リーゼとフィンが並んでくれたら、文句ないけど』
「ハードル上がってんじゃねぇか」
発破をかけられているのは分かる。けれど、その難易度たるや。仮に関係を再構築できたとしても、いきなり売り子を頼むなんてことは難しい。俺にとっては、尚のこと。
『いいじゃん。それくらい頑張れってこと。楽しいことのためなら頑張れるでしょ』
「……分かった分かった」
決して、嘘のつもりはない。けれども、二度重ねたそれは、どこかおざなりではあったかもしれなかった。
全力を尽くす気概はある。御影と一緒にいたいと思っている感情に嘘はない。ただ、それは二条の言葉に叩かれるまでもないことだ。影響下ではないのだと抗うかのような返答になった。
『じゃ、そういうことで。今日はやめとく。楽しみにしてるから、頑張って』
「ああ。悪いな。ありがとう。じゃあ」
穏当に返事ができたのは、せめてもの体裁だった。
それにしても、と切られたスマホの画面を確認する。御影とのメッセ画面は、逃亡された日からびた一文字動いていない。大きなため息が零れる。
次の手は、やはり学校しかない。縋りたいけど、縋り過ぎて引かれるのも困る。塩梅が分からない。今まで御影と構築してきた関係が曖昧であるがゆえに、余計に。
何度ため息を吐き出してみたところで、胸の靄が消えていくわけもない。だからといって、立ち消えればそれでいいものでもないし、これは自業自得の結果だ。
俺はそれを胸に抱えたまま、あれこれと頭を悩ませ続けた。
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