着飾る俺とひと夏の影

めぐむ

第一章

第1話

 フラルトの二期が決まってガッツポーズをし、SNSで大騒ぎしたのは一昨夜のことだ。

 アップしたコスプレ写真にハートがいくつも飛んでくるのをよそに、俺はその衣装の手直しに邁進していた。

 魔法使いキャラに必要なマントの裏地を今までは黒いままに使っていたが、本来は紺碧だ。ようやく手を入れられる資金と時間と材料を手に入れた。光沢のあるベロアのような生地は、少し重く暑くなるかもしれない。けれど、コスプレなんてそのくらいは我慢してなんぼだ。

 女の子のお洒落も我慢が肝要という。得てして、お洒落で複雑な洋服と付き合うというのは、そういうものなのだろう。

 そして、俺はそこに手を入れることに苦痛を感じない。楽しく手入れをいていた。藍色の生地を縫い付けていくためのミシンは、この趣味に踏み込んだときに買ってもらったものだ。

 家にあったものは使い物にならなかったので、母と相談して購入してもらった。めっきり俺専用になっているので、相談として口を出してくれたのは、買うための口実を作ってくれたのだろう。コスプレに理解があるかどうかは不明だが、趣味を認めてくれる親はありがたかった。

 俺はそれにあぐらをかいて、衣装の製作に取り組んでいる。マントの長さは足首まで。この量の布を準備するのは大変だった。生地にこだわると、主に値段の面で。それをクリアしたマントは上出来だ。

 ふふっ、と自慢と満足感の入り交じった笑いがこみ上げてくる。これで完璧だ。明日は同人即売会の売り子を頼まれている。

 その場でお披露目できることが楽しみだった。



「いつもより気合い入ってるんじゃないの?」


 俺に売り子を頼んできたのは、黒髪ショートボブに茶色いフレームメガネが光る同人作家だ。

 二条柑奈にじょうかんなは、フォロワーが四桁にかかるなるほどには名の知れた二次創作漫画を書いている。フラルトこと『魔王討伐フラグには全ルート回収が必要です』の二次創作は、ほのぼのからハーレム。男の相棒キャラとのBL。レンジは広い。

 二条は主人公のカインと相棒のジルベルトのジルカイを描いている。書いているものがすべてBLではないが、主軸にしているのはそれだ。

 そして、ジルカイはフラルトの二次創作では王道だった。人気が高い。そのうえ、二期発表が重なった今回は、混雑が予想される。そうした背景を鑑み、俺は急遽売り子要員として呼び出された。

 コスプレ参加をしたことはあるが、売り子は初めてだ。その初めてへの緊張感が、気合いに変換されているところはある。

 俺はばっとマントを翻して見せた。


「この通り、またひとつ衣装がよくなったから、それでテンションが上がってる」

「お、いいじゃん。フィンのマントは夜空みたいなのが売りだもんね。……手作りでしょ?」

「まぁ、ミシンで縫い合わせただけだけどな。でも、やっぱりこういうのがテンションを左右するよな」

「なるほどね。それで、髪の毛もいつもより決まってるわけね」

「そうか?」


 ウィッグの手入れは定期的に行っている。せっかくの道具を雑に扱うつもりはなかった。だから、いつだってちゃんとしているつもりだ。そりゃ、決まる日と決まらない日ってのは、あるだろうけれど。


「いい感じに盛れてる」

「顔は?」

「含めて。いいんじゃん? カラコン、色変えた?」

「ブルーグレーにしてみた。今までは薄水色だったけど」

「こっちのほうがフィンっぽくていいよ」

「だよな。二重も上手くいった」

「あれ? ハルキって、二重じゃないっけ?」

「奥二重だよ。フィンはくっきりだからな」

「キャラにそれを言い始めたらってやつでしょ。リップどうしてんの?」

「薄いオレンジ。艶重視だよ」

「見事に化けるよね、本当」


 いくら化粧が化けると書くと言っても、直截に口にされると釈然としない。二条に悪気がないことは百も承知だが、それはそれだ。


「コスプレってそういうもんだろ?」

「ハルキはそのレベルが桁違いって話」

「元々、そこまで悪いつもりないんだが」


 図抜けて整っているとは思っていない。ただ、少なからず平凡。気を使えば、まぁ見られるようになるくらいには平凡ではあるはずだ。自分の容姿が悪い自覚のままに、好きなキャラのコスプレに踏み切る勇気はない。

 一番の推しをやるには胸がないので無理だったが、それでもフィンはお気に入りのキャラだ。

 コスプレの完成度をどこに定めるかは人それぞれだが、俺はできる限り近付けたい派だった。だから、元から大きく外れ過ぎたキャラに挑戦する心意気は持ち合わせていない。


「だって、ハルキはさ」

「カンちゃん、お客さん来るよ」

「あ、うん。ありがとう。じゃ、頼むね。ハルキ。交代とかは適宜やって、見てきていいから」

「はいはい。スケブやるんだろ? こっちは任せておけ」


 二条のサークルは、二条……カンというペンネームが本人に当たるが、仲間が二人いる。その子たちとは、過去に二条の同人誌を買いに来たときに顔を合わせていた。

 それっきり交流もなかったが、愛想良く内に入れてくれる二人だ。俺はそこに並んで、二条の同人誌を頒布していく。またファンが増えたらしい。

 しばらくの間、俺は二条のスペースでフィンとして活躍を続けた。

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