20.会いたい。15の女はただのメスだった
模擬試験の結果はこれまでで一番良い結果を出した。嫌味な家庭教師高木の評価を上げることにつながるのは悔しいが、初めて希望校の合格ラインに達したことは喜ばしいことだ。
ただ試験が終わってから少しだけ気が抜けた。
考えていることといえば、不二のこと。
千里と裕子に今、あのときのように不二のことを追求されたら、彼のことを好きではないと言えただろうか。私は彼のことを好きなのかもしれない。でも大きなブレーキがその思いを止める。
体育教師の番場先生と、不良の舞妓との関係が問題となり、番場は7月の終わりに懲戒免職が確定した。
現実的に、教師と中学生の恋愛など世間は認めない。27歳と15歳という年齢も同様だ。年齢差は問題じゃない。性行為をしなければ良いということでもない。成人男性と中学生というのが罪なのだ。
中学を卒業すれば許されるのだろうか。
それとも高校を卒業すれば良いのだろうか。
そうなるとあと3年以上は、堂々と付き合うこともできない。
その前に不二は中3の私を異性として意識しているのかも疑問だ。確かに不二は他の生徒とは異なる接し方を私にしてくれる。
模擬試験後、待ち合わせして、展示会へ行き、その後、彼の運転する車の助手席に乗った。彼が見せたいという風景も見せてもらった。あれはデートと言ってもいいはずだ。
けれど、大きなブレーキが好きという気持ちを止める。
不二とのこれまでのこと、私の揺らぐ気持ち。近くで見ていた千里と裕子に打ちあけたら、このブレーキを外すことができるのだろうか。
何度か彼女たちにメールをしようとしたし、電話をかけようかとも思ったが、どう説明したらいいのかがうまくまとまらず、メールも電話もできなかった。誰かに不二と私の関係について分析してもらいたい。不二は私をどうしたいのか、私は不二に対してどうしたらいいのか、教えてほしい。経験の乏しい私には、どう進んだらいいのか、判断がつかない。
これが美咲のように、思う人が同い年だったら問題なく次のコマに進めたような気がする。
振り返れば、異性に告白したこともない。
バレンタインデーにチョコレートを渡す相手もいなかった。
幼稚園の頃も誰々ちゃんが好きという女の子たちに共感ができなかったし、小学校の頃もその話題に入れなかった。
そう、私はこれまで恋をしたことがない。
男の子を好きという気持ちが芽生えたことがない。そもそも好きとは何だろう。好きと気が付いたからといって、何が変わるのだろう。
自分自身のことも好きと思えないのに、他人を好きになるというのはどういうことなのか。
不二のことは、一緒にいたくなる。心地いい。どきどきする気持ちが起こる。これが好きということなのだろうか。これは恋というものなのだろうか。
それとも、単純に彼の美しさにどきどきしているだけ?
不二とは、紅茶を飲んだり、本の話しをしたり、綺麗な景色をみたり、同じ時間を過ごしたいと思う。少しだけ手をつなぎたいとも思った。
手をつなぎたいというのは、これまで私の中にはなかった感情だったかもしれない。不二に関しては触れたくなる。顔も手指も背中もシルエットもずっと見ていたくなる。
これを恋と、名付けてもいいのだろうか。
経験が無さ過ぎる私には本当にわからない。
答えがあるなら教えてほしい。
試験が終わってから1週間。ぜんぜん勉強に集中できない。もちろん家庭教師があるので、かろうじて課題はこなしている。でもふとした瞬間に不二が心を占領する。車内で彼にシートベルトを締めてもらったこと、彼の運転で移動したこと。初めてのドライブだった。
彼が好きな景色を見に行ったこと。あの景色は本当に綺麗だった。そしてその景色を眺める彼の横顔もとても美しかった。思い出すだけで頬が赤くなる。心臓がバクバクする。
「会いたい・・・。」
私は受験の参考書が立て並ぶ机の上で、声に出していた。
そう、私は不二祐介に会いたい。
一度、自覚すると会いたくたまらなくなる。せつない感情が内側から沸き起こり、涙がこぼれそうだ。会いたくてたまらない。
どうしよう、止められない。次々に内側から会いたい、会いたいという気持ちが沸き起こり、心臓が痛くなってきた。どうしようもなく彼に、会いたい。
我慢ができない。苦しい。どうしよう・・・。
私は部屋の中を見渡す。中学の制服がかかっていた。
「はぁー。」
大きなためいきをついた。息が苦しくなってきたからだ。会いたくてたまらないなんて、はやる心を止めることもコントロールすることもできないなんて。なんて子供なのだろう。大人なら自制し、操作できるはずだ。私は本当に子供なんだ。
居ても立ってもいられないほどだった。そうだ、電話。電話してみよう!と思ったが、生徒に配られた先生の連絡先には不二の電話番号は印刷されていなかった。メールアドレスも、知らない。試しにSNSで不二祐介の名前を検索するが、ヒットするものはない。SNSなんて、彼とは一番遠いツールだ。
どうして彼に電話番号を聞かなかったのだろう。タイミングはあったはずなのに。展示会に一緒に行ってもいいですか?と彼から言われたときに、待ち合わせに必要だと言って、携帯の番号を聞けばよかっただけだ。
彼との接点が学校しかないことに改めて気が付き、絶望した。
夜。ベッドで寝ようとすると、不二の姿が次々に思い浮ぶ。不二の横顔。美術室から外を眺めている彼の姿。紅茶を淹れる際の色白で長く綺麗な手指。長身なのに華奢に見える歩く姿。
車のハンドルを握っていた手。本当に綺麗でどきどきした。彼が少しだけ笑ったときに表情。口元に人差し指が添えられたときの表情。下唇のほうが厚みがある整った綺麗な唇・・・。
あと6日、あと5日、あと4日。私は自分の部屋でほぼ、のたうち回っていた。馬鹿だ。これでは他の女生徒たちと変わらない。サカっている
それでも雌の私は、もう、限界だった。
8月の最後の日。私は中学校に向かった。目指すのはピアノ室。会える会えないの問題ではない。ただ、不二を近くに感じられる場所に身を置きたかった。
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