11.27歳の彼と14歳の私
ホワイトデーから数日が過ぎた。すでに春休みに入っている。4月になれば、中3の1学期が始まる。私は自宅の自室にいた。机に備え付けられた引き出しから、不二から受け取った小箱を取り出す。中身はクッキーだった。
あのドアに張り出されたホワイトデーのお返しの品。余ったから私に渡したと言っていた。いつも聴いているピアノの演奏のお礼だという。
胸のうちはざわざわしている。
正直に、素直に、自分の心を向き合うと、すごく喜んでしまっている私がいる。
授業中、無駄話はいっさいせず、口数の少ない美術の臨時教師である不二祐介。他の生徒と、授業以外で話しをしているところは見たことがない。
振り返れば、不二と私は他の生徒たちよりも交流があると言っていいだろう。
初めて目が合い、時が止まったかのような時間を過ごした図書室。彼から本を借りた。それは美術の授業の課題で必要なものだったけれど、生徒に興味がない、人間に興味がなさそうな彼が、本を貸すという行為自体が不思議だった。
居残りした美術室での出来事もそうだ。私の絵を褒めてくれた。
一緒に飲んだ紅茶。彼が廊下に落としたチョコレートを拾い上げたことがきっかけだったけれど、彼が1人で過ごす美術室に備えられた小部屋に私を招き入れてくれた。おまけに彼自身が紅茶を淹れてくれた。
そして彼が私のピアノを聴いていたこと。私のピアノが好きだと言ってくれた。
いずれも彼とふたりになってしまったことは、偶然の出来事だった。
いつもふたりの時間だった。
彼のことが好きとか、恋をしているとか、そんな単純な表現が適さない。
美しい
それらは映画のワンシーンのように丁寧に胸に刻まれている。
ただ、ホワイトデーの日に、チョコレートを渡していない私に、ピアノを聴いているお礼だと差し出されたお菓子の箱には戸惑いがあった。
ましてや裕子がいる前で、裕子には目もくれず、私に堂々と渡すなんて。裕子はどう思ったのだろうか。あのあと、とくに追及の言葉もなく、裕子とは別れた。人間観察が趣味で、感の良さもある彼女は、不二と私をどのような関係値に置いたのだろう。
不二という人がどんな人間なのかつかめない。裕子の言った通り、教師っぽくない。それは仕方がないことだろう。これまで教鞭をとったことがなく、臨時の美術教師。原ちゃん先生が産休から戻ってくれば、彼はいなくなる。
彼を見ていると、教師には決してむいていない。そもそも彼があくせく働くイメージができない。浮世離れしている。現実社会に生きていくのが難しそうな人だ。
これまでどのように生きてきたのか、普段何をしているのか。リアルが想像できない。本当にこの世で生きて生活しているのだろうか。
突然、異世界からやってきた人間。と聞いたほうがしっくりくる。
それでも、数少ない会話の中で、彼と過ごすひとときは胸の高まりはうるさいものの、ずっと彼と同じ空間にいたくなるような気持ちにさせられた。
紅茶を差し出されたときに手指の美しさ、紅茶を飲んでいる姿も美しかった。美術の授業中、どこを見るでもなく、窓に視線を向けているときの横顔も綺麗だった。
彼のことをもっと知りたい。
彼が何を考えているのか。
彼から見る世界はどのように見えるのか。
知りたい。
会いたい。
彼は27歳で、私は14歳。彼から見た私はどんな姿なのだろう。彼は私のことをどう捉えているのだろう。
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