第2章 12.中3の春。男なんて
中3の春。1学期の始業式を迎えた。
始業式であまりキョロキョロせず、不二の姿を探した。でも彼の姿は先生方が座る席、周辺には見当たらなかった。
中2最後の美術の通信簿は「4」を手に入れることができた。小学校の図工からずっと「3」だった私にとって快挙の出来事だった。積み重ねた努力で勝ち取った美術のテストは90点台。加えて、模写課題で選んだ、ゴッホの想像画の作品「星月夜」を選んだことが功をなしたのだろう。
中3にもなると、受験生という重石がしっかりと肩にのる。そのせいもあってか、あれこれ自己流に制服を改造して着用していた生徒たちが、正しい元の形に戻すものも現れた。
髪の毛を染めたり、化粧をしたり、スカートを短くしたり。校則で決められたカバンやコートを使わなかったりなど、いろんな生徒がいる。その中でもとくに派手なのがいわゆる、不良グループと位置付けられている生徒たちだ。
「おまえら、まだ髪の毛、茶髪のままか。そろそろ戻したらどうだ。」
始業式終わり、体育教師の番場崇こと、バンダカの声が体育館を出たところの渡り廊下で響く。
「これ、地毛だから。もとの色。」
「化粧も必要ないだろ、それにスカートもまだ短すぎる。」
中1の入学式から、髪の毛を茶色にし、化粧をした顔で現れた中村舞妓がバンダカとやり合っていた。舞妓と一緒にいつもいるのは、中1の夏休み後、化粧をし始めた松田かよ子、小学校時代から舞妓と一緒に悪さをしていた福島香織だった。
舞妓と香織は小5のときにトイレで喫煙していたのがばれて、学校中で大騒動を巻き起こしたことがあった。小6でも繁華街にいたところを数度、補導された経験もある。
「進路、まだ提出してないだろ、あとで職員室にこい。」
「えー、決めたけど。あとでメールするわ。」
と返すのは舞妓だ。
そのやりとりを一部始終見ていた千里は、中3の新しいクラスの教室に入るなり、裕子、美咲、私にぼやき出した。私たち4人は引き続き、同じクラスになった。それはラッキーなことだったのだが、問題児と呼ばれている、舞妓、香織、かよ子の3人も同じクラスになるというアンラッキーなことも起こった。
「舞妓、なんか、むかつく。すぐ腕組むし、べたべたし過ぎ。」
千里もまつ毛をカールさせたり、眉毛を整えたり、グロスリップを塗ったりと、軽く手入れはしているが、舞妓たちほどくっきりとは化粧はしていない。舞妓たちはそれだけでなく、制服も気崩す。胸のボタンを開け、スカートは短く、ジャケットを脱ぐ時期になると、ブラジャーのラインも透けて見えることが多い。
「黒とかピンクとか、ブラジャーの色が透けて見えるんだけど、見せたいのかな。」
千里があからさまに嫌悪感を露わにした。そもそも千里は、彼女が恋をする相手、体育教師のバンダカとじゃれ合うこと自体にむかつている。
「インナー着るべきだよね、品がない。」
裕子も語尾強めだ。
舞妓、香織、かよ子は、中学でも色々な問題を起こしている。この3人を中心に、いわゆる不良グループは10人ほどのメンバーになっていた。その他にもいくつかグループがあり、卒業した先輩たちもときおり、放課後に現れる。
「彼女たちのくだらないマウンティングにもほとほと嫌気がさす。」
と、千里。
「同じクラスかと思うと、面倒くさいね。噂によると、彼女たち3人は受験組みたい。いつも彼女たちがつるんでいる他のメンバーは就職組だから、先生側で考えがあってクラス分けしたみたいだよ。」
情報収集にたけた裕子が言ったところで、彼女たちが教室に入ってきたのを目くばせして知らせる。
くじによる席替えがあったが、舞妓、香織、かよ子たちは自分たちの好きな席を陣取った。廊下側の後ろの席だった。しょっぱなから、彼女たちは自分勝手なルールで動いている。
くじ運がなかった私と千里は、彼女たちの近隣の席になってしまった。
裕子は一番前の席で、美咲は窓側の中央に収まる。
なるべく関わらないように半ば無視するスタンスをとっていたのだが、
「ねぇ、数学の宿題の範囲がわからないんだけど、教えて。」
と、最初の授業が一巡した頃、いきなり千里が舞妓に話しかけられた。これをきっかけに、千里は少しずつ、彼女たちの話す機会が増え、私もときおり巻き込まれた。
仲良くしたいわけじゃない。でも席が近い以上はあからさまに無視することもしにくい。
昼休みは窓側の席の美咲の側に、裕子、千里、私は集まってお弁当を広げた。舞妓たち3人はいつも教室から出て、どこかで食べているようだった。
「ね、千里たち、舞妓たちと仲良くなってない?」
と美咲が眉を少し寄せながら問いかけた。
「無視するわけにはいかないじゃない。ま、普通に話している分には問題ないよ。」
「千里、嫌ってなかった?」
と、裕子が言えば、
「バンダカにことあるごとにまとわりつくことは、いまもムカついているよ。」
受験を選んだことで彼女たちはそれなりに、授業も真面目に受けている。けれど、クラスで決められたことを守れなかったり、掃除をさぼったり、少なからず同じクラスの生徒は迷惑をかけられていた。
「ね、千里は処女じゃないよね。」
とある日。すべての授業が終わったホームルーム後に、いきなり舞妓が小声でもなく、千里に聞いてきた。まだ教室には何人か生徒も残っている。
「いきなり、何? 唐突に。」
千里は少し不機嫌そうに返す。
「うちらの中だと、かよ子がまだなんだけど、この教室内、処女が多いよね。高校に入る前に捨てたい子、もっといると思ったんだけどなぁ。子供っぽい子たちが多いけど、千里は違うなって思って。彼氏は年上?」
さらに舞妓は言葉を続けた。
「え?ちょっと待ってよ。処女じゃなくなったら大人なわけ? その価値観、共感できない。捨てるって何? それも意味がわからないわ。」
言いたいことははっきりと言う千里らしく言葉を打ち返す。
「けど、経験した子と未経験の子では明らかに違うでしょ。男性に対する考え方も変わると思うし。」
舞妓に代わって香織も参戦する。
「香織は何か、変わったの?」
「変わったと思うよ。あまり男性に夢を抱かなくなったかな。しょせん、男性はみな同じ。やること変わらないもん。」
「それって、相手は好きな人?」
だまっていればいいものを、思わず私も参加してしまった。男性と付き合ってことさえない私が。声を出したあと、しまったと思ったけど、後の祭り。
「奈々子って、そもそも男性と付き合ったことあるの?」
即座に、痛いところつかれるがひるまずこと絶える。
「ない。」
と、答えると、舞妓、香織、かよ子までが吹き出し笑った。
「この会話に付き合ったことがない人が入るのは間違っているよ(笑)」
「奈々子なんて幻想頂いているでしょ、男性に。ちゃんと付き合って、経験したらわかるよ。」
舞妓が諭すように言う。
「そうかな。そんな一方通行の考え方自体が子供っぽく感じるけど? 男性経験が多いほうが人として上? そうじゃないでしょ。」
千里がさらに反論する。
しばしの沈黙が流れた。いつの間にか、美咲と裕子も近くに加わっていてやりとりを見守っている。
「千里さ、バンダカのこと好きだよね、けっこうマジで。」
舞妓が左手で頬杖をつきながら、嫌味っぽい笑みを加えながら千里を見ながら言った。千里も睨みながら舞妓の視線を受ける。
「バンダカも、馬鹿な男のひとりだよ。幻想抱いていると、傷つくのは千里だから。」
「どういう、意味?」
「そのまんまの意味だけど?」
舞妓は馬鹿にしたように笑うと席を立ち、それに続いて、香織とみよ子も席を立つ。
「遊ばれないようにね。」と、去り際、千里に向かって香織が言った。
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