16.噂が気になったとしても私は尋ねることができない。


  千里が言っていた不二の噂話。

  不良で問題児の中村舞妓が、不二と寝たという話。

  

  聞いたときは耳が閉じた。まったくの舞妓の狂言だと思った。


  舞妓はバンダカと寝た。それには証拠の写真がある。実際にしたかどうかはわからないまでも、二人でベッドの上で裸で寝ている写真があるのだという。バンダカを陥れようとして撮影した写真ではないだろう。経験したことがあるということを、舞妓は自慢する女だ。自慢話の1つの証拠として何気なく撮影した写真だと思う。


  だがそれがバンダカを窮地に追い込むことになった。


  舞妓が自慢した不良グループに写真を見せた。おそらくグループ内で見ることができるチャットにでも写真を送ったのだろう。その後、不良グループ内で仲間割れをしたことを機に、過去の写真が流失した。


  舞妓が誰とどう経験したとか、付き合っているだとかそんな話はどうでもいい。ただ、そういう教師との前例がある女生徒が、不二とも寝たということを誰かに発した。それがまた周りに回って、千里に耳に入ったことが問題だった。


  けど、今度の相手は、臨時教師で、生徒たちとはほぼ交流をせず、むしろ遮断している不二だ。さすがにこれは舞妓の狂言ではないか。


  いつ、舞妓が発したのか。

  誰にそんなことを言ったのだろうか。

  そもそも不二との接点はあったのだろうか?


  私はしばらく混乱していた。だが、どう考えても不二と舞妓をつなぐ接点が見当たらなかった。なぜ、不二の名前を出したのだろうか。嘘をつくにしても、もっともっともらしい人物を口にすれば、バンダカとの事実があるため、単なる狂言だとか、妄想だとか言われないはずだ。

  

  何のために不二の名前を出したのだろう。

  あの美しい男と、舞妓が・・・

  ありえない!

  少し想像しただけで、息苦しくなった。想像もしたくない。


 「不二の件は単なる舞妓の妄想だったんじゃない? 証拠もないみたいだし。不二と何かあれば、彼女のことだから写真を残すでしょ。」

 「ちょっと、嘘をつくにしては、陳腐だよね。」

 裕子と千里がお昼時に会話する。今日の6限目、金曜日は美術の授業。4月から取り掛かってる、想像画の提出日だ。


  6月からバンダカは学校に姿を現さなくなった。

 「バンダカは写真さえなければ、懲戒免職は免れたかもね。」

 と、ぽつりと千里が言う。

 「そうだね。まぁ、同意があったとしても、未成年相手にいたしことがばれたら、わいせつ行為だからね。」

 「純粋な恋愛は認められない関係ってことか。」

 同い年と健全に付き合っている美咲がふぅーっと息を吐く。

 「未成年は守られるけど、未成年に手を出した大人を守るものは何もないからね。」

 と、裕子が付け加えた。ほんと、その通りだ。未成年だけが守られる。単なる年齢という数字だけで、罪を決めてもいいのだろうか。


 経験をしたいと、女生徒の中には気軽に考える人はいる。どれだけ大人びえて見えたとしても、同意がとれたとしても、大人の男たちは油断するべきじゃない。大人側はなにもかも一瞬で失ってしまうのだから。

 たったひとときの快楽で、何も罪が問われない半端な女子の言葉に踊らされてはいけないのだ。

 

  6月最後の美術の授業。1学期の課題、想像画の提出日。それぞれ完成した想像画を机の上に置いて、みな退出した。裕子たちには「病んでいる」といわれたいわくつきの私の作品も無事、時間内に制作を終えた。今回は居残りしなくて済んだ。


  7月に入ったとき、普段は絶対に現れることがない人が教室に姿を現した。

  すらっとした長身。相変わらずの長めの前髪。でもその隙間から見える瞳は切れ長でとても美しい。その人は私に声をかける。

 「桜井さん、先日提出した絵のことで相談がありますので、放課後、美術室に来てもらえますか?」

  まわりの生徒の目も私と不二に集まった。

  突然の不二の姿に緊張が走る。私は「わかりました」と答えると不二はすぐに教室を出ていった。その後、廊下側の後ろの席に座っていた舞妓と目が合う。舞妓は私を見ると軽く笑った。


  不二と寝た。

  そう、舞妓は誰かに言い、それが一部で噂になっている。

  いまのところ、舞妓の狂言だと言われている。

  

 私は舞妓のうっすら笑った顔に嫌悪感を覚えた。バンダカを陥れ、次は不二を狙っているのか。彼女が何をしたいのかまったくわからない。


  放課後、緊張しながらも美術室に行く。今日は合唱部の練習は無い。美術室に入ると不二が窓際にあるテーブルの近くに立っていた。近くに行くと、テーブルの上には私の描いた絵があった。


 「桜井さんの絵を県の美術コンクールに提出してもよいだろうか?」

不二は私の目をまっすぐに見つめ、そう尋ねた。

 「私の、この絵をですか?」

 想像してなかった不二の言葉に頭が回らない。これまで絵の才能は皆無だった。そんな私の絵を県が主催するコンクールに提出する? 

 「あの、それは私が描いたことがばれますか? 名前が出ますか?」

 正直、裕子や千里、美咲たちに「病んでいる」と心配された絵を出すのにためらいがあった。確かにあの絵を見た人たちは、描いた本人の心を心配するかもしれない。


  完成した絵は彼女たちの言葉を借りれば、さらに病んでいる絵になっていた。後ろの背景にある木。その木の横には性別がわからない人のような人がいて、まっすぐにこちらを見ている目がある。唇から赤い血のようなものが流れ落ち、下の湖につながっている。

  湖から生まれたシャボン玉は、上にいくほどに透明感がなくなり、薄暗い配色になっている。シャボン玉の中には閉じ込められた様々な人が入っていた。どうしてこのような絵になってしまったのか、私自身もわからない。ただ描いているうちに、結果、こうなった。

  何度も言うが、本当に病んでいるわけではないし、病んでいることを伝えたいわけでもない。自由に描いたら、こうなっただけのこと。


 「名前は出てしまうのだけども、それだと提出は難しいですか? 僕はとても良い想像画だと思っています。色彩もとても気に入っています。」

 「この絵を見て、どう思いましたか? 私もよくわからないんです。何を描きたかったのか。タイトルもシャボン玉にしましたが、それは後付けなんです。」

  私は思い切って、不二に踏み込んだ質問をした。不二は何と答えるのだろう。不二は私を見つめていた瞳を絵に移した。



 「僕には、桜井さんの言葉が見えるような感じがします。

  普段は表に発しない思いを絵に表現したのではないでしょうか。」

 

  それは初めて、不二が不二の考えを言葉にしたときだったと思う。

  不二の視点は、私さえ気がついていなかった。

  ああ、この絵は、私の胸の内を表現しているのか・・・。そう考えると、とてもしっくりとこの絵を受けとめることができる。


  私も自分の描いた絵に視点を落した。

  しばし無言。そして答えを出した。

 「はい、提出していただいてかまいません。よろしくお願いします。」



 

 


  

  

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