17.生理のときはプールに入れない
生理になると教師に伝えてプールの時間は休む。それが嫌でたまらない。昨年はバンタカこと、番場先生に伝えていたが、彼は懲戒免職になってしまった。代わりの先生は水泳部の顧問の男性教師だった。
みな番場の件を知っている。教師の前では口にしないが、生徒同士になるとこそこそと話しをした。
「水泳を休む? 生理か。おまえらタンポンしないの? タンポンなら水泳もできるだろう。」
「やだー先生、何を言っているのぉ」
そんなやりとりをする、女子グループとバンタカの会話を耳にしたことがある。今思えば、バンタカはデリカシーにかけている面があり、そもそもが馬鹿だった。まさか女生徒に手を出すなんて、愚かだ。
番場は懲戒免職になったが、舞妓は1週間の謹慎した後、復活した。転校する話しもあったそうだが、受験の時期であり、問題児の舞妓は、他の中学校でも受け入れたくないだろう。未成年は守られているのだ。
生理の女生徒はわざわざ体操着に着替えたうえで、プール脇で見学をさせられる。いかにも生理ですと宣伝しているようなものだ。せめて教室で休ませてほしいといつも思う。生理痛がちょっときつい。それに舞妓も見学組だった。話しかけられるのもしんどい。私は保健室に薬をもらいに行くと、先生に伝えて、その場から避難した。もちろん、戻るつもりはない。
私はプールの更衣室から制服を取り出し、体操着のまま教室に向かう。着替えはピアノ室の鍵を閉めて着替えよう。今なら授業中だし、ピアノ室は使われていないはずだ。
階段で4階まで行く。音楽室は授業をしているようだった。ところが美術室は誰もいない。授業がない時間帯もあるんだと何となく、美術室を覗くと、不二がいた。カーテンはところどころ閉まっている。窓が開いているのか、カーテンは風でゆられていた。揺れるカーテン越しに、窓の外を眺めている不二がいた。
とてもきれいなワンシーンだった。
彼は現実の人とは思えない、はかなさを身にまとっていた。
彼の瞳には今、何が映っているのだろうか。
どれくらい不二の姿を見つめてしまったのか。
気が付くと、私と不二は目が合っていた。彼は驚きもせず、私を真っすぐに見る。
「体育の授業が煩わしくて出てきてしまいました。」
私は不二に伝えた。
「そうでしたか。紅茶を飲みますか?」
「はい。ありがとうございます。」
私の心は跳ね上がった。素直に言葉にすれば、とてもとても、嬉しかった。
不二は静かに私に近づき、廊下に出ると、美術室の隣のドアの鍵を開け、私を招き入れてくれた。
ペットボトルの水を真っ白なケトルに入れ、お湯を沸かす。紅茶の茶葉をティーポットに入れてから、マグカップを2つ、テーブルに置いた。
私は彼の所作を眺めていた。美しい手指が丁寧な所作で動く。色白で細長い手指。綺麗な横顔。整った唇。
こんな美しい男が、あの下品な女と交わるのだろうか?
いや、交わるわけがない。
綺麗な手指や唇があの、女に触れるなんてありえないことだ。
おそらく、彼女の狂言だろう。彼は人を寄せ付けないオーラがある。そのオーラが私には少し弱まるといった表現が適切だろうか。彼は私にだけは、ほんの少しだけ、心を開いてくれているような気がする。
うぬぼれとは思えないほど、わずかながら、不二と過ごした時間が私にはある。
マグカップに紅茶が注がれた。紅茶の香りが漂った。とても心地よい香りだった。
「私は紅茶派です。コーヒーは飲めないんです。」
「僕も同じ。紅茶が好きですね。コーヒーはブラックでは飲めない。」
「私もです。飲むときはお砂糖とミルクをたっぷり入れます。」
また、不二の一面を知るコトにつながる、会話が生まれた。
「3学期の成績ですが、私、美術で「4」の評価を得たのは初めてだったんです。どれだけ頑張って制作しても、提出物の出来が悪くて、小学校からずっと最高が5段階評価で「3」でした。」
「どんな課題がこれまであったのですか?」
「一番ひどかったのは木の彫刻です。15センチ程度の角材を用意されて、自分の握りこぶしを彫ったんですけど、ぜんぜんこぶしにならなくて。何度も何度もやっているうちに、角材がどんどん小さくなってしまって。最後、本当に小さな「グー」の手が完成しました。ほぼ真ん丸な手というか。」
ふっと声が漏れ、彼が笑った。
「・・・笑った。」
思わず言葉にしてしまった。しまったと思ったが取り戻せない。
「すみません。」
「いえ、僕、今、笑いました(笑) 僕のほうが失礼しました。」
たったこれだけのことで、初めて彼が気を許してくれたように感じた。ゆっくりだけど、彼との静かな会話のひとときはとても楽しかった。
まもなく体育の授業が終わる時間に差し掛かった。もっとこのまま一緒にいたかったが、プールの時間が終わる前に着替えを終えて、教室に戻っている必要がある。
「紅茶、ごちそうさまでした。・・・また紅茶を淹れてもらえますか?」
「桜井さんならいつでも。」
彼は迷うことなく、そう答えてくれた。
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