18.夏休み直前、友人の尋問


 あと1週間で夏休みだ。でも中3にとっての夏休みは受験勉強の時間にあてられる。バンダカのことがあっても1週間の謹慎処分で復活した舞妓は、7月に入ってからずっと学校を休んでいる。


 不二の噂も一部のみに広がっただけで、現時点では鎮火していた。いったいあの件は、どういう思いで舞妓は発言したのだろうか。その意図さえわからない。


「塾で1週間の集中合宿があるんだけど、親に無理やり入れられた。その間、自由にスマホも使えないから、西村君とのやりとりも中々できないよ。」

と、美咲が泣き言を言っていた。

 美咲と西村君の中は相変わらずで、図書室で勉強をしたり、放課後は合唱部が終わってから、美咲がバスケ部が終わるのを待つ形で、一緒にも帰っているようだ。

「合唱部のほうが早く終わるから、バスケ部の終わる時間帯まで待っていると、親が帰りが遅くなった!と怒るんだよね。図書室で勉強しているんだと言っても信じてもらえなくて。」

「これまで図書室で勉強したことが無かったからじゃない?」

と、千里がからかうように言った後、さらに続けて提案した。

「さすがにこの夏休みは勉強やらないとだよね。1人で勉強するの苦手だわ。受験生だけど、1回くらい、みんなで会わない? 息抜きしよーよ。」

 千里に提案にみな賛成して、8月の終わり頃、私たちのたまり場の1つである喫茶「ひまわり」で会う約束をした。


 1学期最後の美術の授業は、DVDの観賞だった。生徒に関わらず、授業を終えるスタイル。不二のよくやる得意技だ。授業が終わり、それぞれ生徒たちがばらける。

 「桜井さん、少しお話良いですか?」と不二から声をかけられた私は、裕子、千里、美咲たちに先に教室に行っててと伝えて、美術室に残った。


 数人の生徒はまだ教室に残っていたが、私は窓際に添えられた不二の机の前に行く。

 「桜井さんの絵が県のウエストホールで展示されることになりました。」

 「ウエストホール・・・ですか。」

 期間限定でさまざまな催しをしているウエストホール。駅から近いこともあり、人々の往来も多い。

 「少し、恥ずかしいですね。期間はどれくらい展示されるのでしょうか。」

 「8月末までです。じつは、その展示に先立って授賞式があるのですが、7月30日に参加することはできますか?」

 展示会は授賞式後に行うそうで、その前に各展示される方の紹介、賞状などの授与式があるのだという。

 「それは・・・できれば辞退させてもらえないでしょうか。絵の紹介を人前でするのはちょっと、気持ち的にしんどいです。」

 「わかりました。それならかまいません。」

 一瞬冷や汗が出たが、不二がすんなり辞退を受け入れてくれたことに安堵する。知らない人たちに向けて、あの誤解されがちな絵を私が描いたことであれこれ言われるのは避けたかった。

 「でも・・・、8月19日に塾の模擬試験があってウエストホールの近くで開催されるので、試験後にこっそりと見に行きたいと思います。」

 「そう、ですか。」

 嫌味な家庭教師が帰り際、母親にこの塾の模擬試験は良い目安になるから申し込んでください!と言い放った試験だった。おかげで、今、この模擬試験に向けて、家庭教師にだされたとても多い宿題に取り組んでいる。


  不二は少し目を伏せ考え事をしているようだった。なんだろうと不思議そうに不二を見つめると、目が合う。

 「僕も同じ日に絵を見に行ってよいでしょうか。」

  え・・・? 私の目が見開いた。一緒に行くということ? かっと頬に火が入った。

 「はい。」

 私は機械仕掛けの人形のように答える。

 「模擬試験は何時頃に終わりますか?」

 試験の終わり時間を聞かれた。え?どうして? 一緒に行くってことなの?

 「14時には終わります・・・だから、会場には15時には行けると思います。」

 「では15時に桜井さんの絵の前で。」


 美術室を出て、廊下に出た。手や脇が汗ばんだ。夏だからではなく、不二が私を誘ったように感じたからだ。きっと、きっと、今、私は顔が赤くなっている。それは、不二と外で会う約束をしたせいだ。


 階段に向かおうとすると、裕子と千里が待っていた。

 「ふたりとも、どうして」いるの?と話そうとした私の手を千里がとり、階段へ向かう。下に降りるのではなく、階段を上り、屋上に出た。


 「なに、ふたりとも。どうした?」

 「はっきり聞く。不二と付き合ってるの?」

  千里が真剣な顔をして私に尋ねる。

 「付き合ってないよ。」と私は即座に答える。

 「裕子から聞いたんだけど、ホワイトデーの件。おかしくない?」

 「ごめん、千里に話した。」

 と裕子が、罰悪そうな顔を見せた。


  ホワイトデーの日。私は不二にチョコレートは渡していない。だが不二からは「余剰分だけど」と前置きされたうえで、普段ピアノを聴かせてもらっているお礼だということでお菓子をもらった。

「普段から交流しているの?」

  千里の追及は止まらない。答える義務はないが、やましいことをしているわけでもないのに、変な疑いをかけられるのも窮屈だ。

 「私の絵が県のコンクルールに出されることになった関係が少し会話が増えただけだよ。ホワイトデーの日のことも、大したことじゃないよ。」


  不二の個人情報はなるべく教えたくなかった。クラシックや紅茶が好きなことや、不二のプライベート感がある小部屋のこと、さきほどした約束もできれば教えたくない。


 「ね、ナナ。ナナは不二が好きなの?」

 千里が真顔で言う。

 「嫌いじゃないよ。千里が言う、好きというのは恋愛の観点だよね。恋愛感情はないよ。」

 「ナナは無くても、不二はあるような気がする。」

 そういったのは裕子だった。

 裕子の真剣な声色に私は少しひんやりとした。不二が私に気があると裕子が思っていることが心外だった。予想しなかった言葉だった。


 「ちょっと、待ってふたりとも。考えすぎだよ。」

 人間味の無い、言葉数も少なく、生徒との接触も避け、分厚い壁を作る不二。そもそも、中学生の私が異性の対象になるわけがない。


 「不二がナナを見る目は他と違うと思う。以前から違和感はあったんだけど、はっきりしたのはホワイトデーの日。あのとき不二は私がナナの隣にいたのに、気にするどころか、見向きもしなかった。普通の大人なら、私にも余剰分を渡すとか、もしくは私がいるのに、ナナだけに渡すなんてしないと思うよ。」

 「それ、裕子から聞いて私もおかしいと思ったところ。生徒といっさい無駄話もしないのに、ナナには対応が違い過ぎる。それに・・・、」

 千里が言葉を濁した。


 ふたりのシリアスな雰囲気に私は少しずつ動揺し始めた。何故、こんなにもふたりは私に尋ねて、諭すように語るのだろう。

「それに、何?」

「舞妓が言った、不二と寝たって話、私は一概に彼女の狂言だとは思ってない。舞妓は馬鹿だから、変な根回しして、ありもしない男の名前を出すとは思えない。」

「は?」

 私は衝撃を受けた。不二が私に対する対応が他とは違うと言いながらも、馬鹿ばかし舞妓の話しも信じる? 千里が何を言いたいのか混乱した。

「わからないから、心配しているの。不二がナナを見る目は特別感があるよ。他の生徒たちには一切の熱がないから。不二が舞妓を受け入れるとは思っていないけど、舞妓の話しも一概に無視ができないから、私もどう判断したらいいのか、わからないんだよ。」

 

 面食らった。まさかあの品がない舞妓の戯言に関して、千里はそんな考えを持っているとは思わなかった。

 「私も千里の考え方に近い。不二はナナのこと、生徒として見ていないと思う。舞妓に関しては、真実はまだわからないと思ってる。」


 千里と裕子はふたりでつるむことがほぼない。必ず、美咲か私が間に入る。仲が悪いわけではないが、ふたりだけで行動することがほぼないのだ。それがいま、2人が結託して私に意見する。

「ナナのことが心許ないんだよね。ナナは真面目だし、思慮深いと思ってる。でも不二がつかみどころがないから。」

 裕子が私を見つめて話す。千里を見れば、千里の瞳も本気だった。

「わかった、ふたりが真剣なのは伝わった。ありがとう。何か進展があったら話すよ。」

 私は友人2人の必死の言葉に対して、慎重に返した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る