4.心がざわめく、出会い。


「原ちゃん先生、3学期から産休に入るんだって。今日、職員室に行ったら挨拶に来てたよ。」


 中学2年生の3学期の始業式が行われる体育館に行く途中で、佐藤美咲が日直の日誌を受け取りに職員室に行った際、仕入れてきた情報を仲間に共有する。

「妊娠9カ月まで頑張ったよね~。おなかも大きいし階段の上り下りしているの見ると、落ちるんじゃないかって怖かったよ。」

 と、リップクリームを塗りながら松井千里が言う。


「新しい美術の先生は誰になるんだろう。」

 腰まである黒髪をふたつの三つ編みでギュッと結ぶ、黒田裕子が相変わらず抑揚のない声でつぶやく。

「今日の始業式で紹介されるんじゃないの?」

 と、私は答えた。

 中学2年生から同じクラスになり、なんとなくともに行動をしている4人。千里以外の3人は部活動も同じで合唱部に入っている。


「こら、おまえ今、口に入れたもの出せ。」

 体育教師のバンタカこと、番場崇先生が千里の肩を掴んだ。

「せんせい~、これは医者からもらったトローチなんですよ。喉の腫れを抑える薬です。」

「廊下で歩きながら、これ見よがしに口に入れることないだろ、紛らわしい。」

「けど、のど飴だって喉の炎症を抑えるのにいいって医者が言ってましたよ。それにこれから体育館で始業式なのに、せき込んだらどうするの? それこそ迷惑でしょ。」

「口が減らないやつだな、わざと教師の前で口に入れただろ。」

「へへへ」とへらへら笑いながら千里がバンタカと言いあう。これはよく見る光景だ。


 バンタカは私たち4人と同じく、中学1年の入学式に入ってきた体育教師だった。大学卒業後の22歳。長身でがたいもよく、大学時代はバスケットポール選手だったことやいくどか雑誌やテレビなどにも登場したことから、番場崇の名前は入学式でひときわ目立っていた。

 母親から情報を得た生徒も多く「もらえたらサインもらってきて。」と入学式に行く娘にサイン色紙を託した親もいたらしい。


 中学の女生徒にとって、身近な年上の男性。飛びぬけて美男子でなくても、まぁまぁ整っていれば、あとは背格好とバスケ選手だったという背景でモテてしまうのだろう。

 入学早々、番場先生を追いかける女生徒はあとを絶たず、教師1年目にして、男子バスケ部の顧問に就任したことで、マネージャー希望が殺到したことも付け加えておこう。


 千里ももれなく番場先生に憧れる女生徒の群れに入っていた。

「バンタカ~、なんか、日に焼けてない? 彼女とハワイに行ったってほんと?」

「おまえらの情報収集能力をもっと他に活かせればいいのにな。」

「お土産ないわけ?」

 と、バンタカがまた違う女生徒とじゃれ合う。「早く体育館に行け」とバンタカは言いながらその女生徒たちの背中を押した。


 その様子をひんやりした目線で見ていた千里は、はぁーとため息をつく。その様子は嫉妬する女の顔だ。

「新入社員で正月に彼女とハワイとは、いいご身分だね。」

「新入社員って(笑)」

 千里の言葉に美咲が笑う。

 私はバンタカとみなに呼ばれている番場先生が少し苦手だ。生徒と話すときの距離の近さ、肩や頭、背中など、会話のついでに触る手、生徒からの親近感を狙った話し方も。

「ふふ、ナナ、顔が怖い(笑)」

 あまり笑わない真面目な三つ編み娘の裕子が、バンタカの様子を無表情で見つめていた私の顔を見て軽く笑った。

「裕子も私と同じでしょ。」

「そうだね。」

「私は、西村君がいいな。今年こそチョコレートを渡したい・・・。」

 美咲が小声でささやいた。西村賢太は美咲が中学1年生のときから片思いをしているバスケ部の男子。中学2年生から同じクラスになって、見かける機会が増えたことに喜んでいたが、いまだまともに話しが出来ていない。


 西村のすっきりした二重の目と、小柄でかわいらしい雰囲気に一目ぼれした美咲だったのだが、日に日に筋肉がつき、背も伸び続けている。

「最初とぜんぜん変わっているけど、好きな気持ちは変わらないの?」

「むしろ増えてる。かわいさにかっこよさが加わった感じ? でもかわいい目は同じ。好きだなぁー」

 と、4人グループには好きを隠さない美咲だった。

 西村君と美咲。これこそ中学生らしい、健全な恋愛と言えるのかもしれない。中学生のお手本のような恋だ。


 体育館にぞろぞろと生徒が集まり、ドアが締められる。冬の体育館はうすら寒い。首にマフラーを巻いたままのものもいる。


 校長先生の挨拶から始まり、学年主任の先生の話しから、おなかが大きくなった原先生がゆっくりと壇上にあがり、産休の知らせがあった。

「さて、私の代わりに美術を教えてくださる、新しい先生を紹介します。不二先生、こちらへ。」


 原ちゃん先生に紹介され、先生たちが並んで座る後ろに控えていた人が立ち上がる。長身ですらっとした華奢な男。長めの前髪が顔を隠していて表情が読み取れない。

 「不二先生、挨拶をお願いします」と原ちゃん先生に促され、不二と呼ばれる人は壇上に上がり、マイクの前に立った。


「不二祐介です。27歳になります。よろしくお願いします。」


 というと、すぐに後ろに下がった。原ちゃん先生は苦笑しながら代わりにマイクを持ち、説明を加えた。

「不二先生は、学校で教えたことはないのですが、いろんな作品展で賞をとっている先生です。みなさんしっかり学んだくださいね。」


 身長はバンタカより高そうなので、おそらく身長は180センチを超えている。すらっとしたスタイルで、線は細い。顔は小さく色白で、さらっとした感じの黒髪。長めの前髪であいかわらず目が隠されている。

「ちょっと、モデルさんみたいじゃない?」

「やばっ、かっこよ、不二。」

 さっそく、女生徒たちがざわつく。不二を見る目、口から洩れる彼女たちの言葉は、異性をロックオンしたかのように見えた。


(14歳、中2と、27歳の大人の男の人。釣り合うわけがないのに・・・)

 私は彼女たちののりについていけず、少ししらけていた。


 ただ、・・・。


 とても美しい人だなと、思った。

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