25.お願いしたら抱いてくれる男

 9月の終わりが近づく頃、高校受験準備で高校の見学や自主学習、中には体調管理などでちらほら学校を休む生徒も増えてきた。そんな中、ずっと学校を休んでいた中村舞妓が学校に出て来るようになった。舞妓は、香織、かよ子の3人とつるんでいる。


 舞妓が休んでいた間は、就職組の不良集団もおとなしくなっていたが、舞妓が復学してしばらくしてから、またいじめが再開していた。受験シーズン真っ只中の空気の中で、迷惑な話だった。それに舞妓が出てきたことでまたバンダカとの話しも浮上する。受験生には適さない話題だった。


 千里だって、舞妓が目に入れば、いい気分にはならないだろう。あれ以来、千里からはバンダカの話題は出ていない。話しが出ないからといって、心の整理が出来たとは思えない。


 正直、舞妓には学校へ来てもらいたくなかった。中学は出席日数が足りてなくても、選択肢に制限はある程度あるかもしれないが高校受験はできる。彼女は学校に来るべきではない。もといた不良グループからのいじめは避けられないし、バンダカとの事件もまた噂がぶり返される。


 彼女にとっても不利益しかないはずだ。なぜ、わざわざ火種を作りに来るのか、まったくもって彼女の考えがわからなかった。


 舞妓が復帰して2週間ほど経ったある日の掃除の時間。担当だった私と美咲は、教室のゴミを集めて大きなゴミ箱を2人で持ち、専用のゴミ捨て場まで運んでいた。


「あ。」と小さく美咲の声が漏れる。ゴミ捨て場の近くで女生徒の1人が5、6人の男女の生徒に囲まれていた。囲まれている人は・・・舞妓だった。


デジャブ。

この場面、以前もトイレで見た。女性の中には男子生徒も混じっていた。いじめってどうしてこうも卑怯なのだろう。


 言いたいことがあるなら1対1で言えばいい。何故、徒党を組んで集団で1人をいじめるのだ。舞妓のことは正直どうでもいいが、自身のうっぷんをぶつける、いじめは嫌いだ。


 舞妓に対しては私自身、嫌悪感がある。自慢のために撮影しただろう、バンダカとの写真。経験人数をあけすけに自慢する中学生。下着の色を見せたり、胸のリボンをたるませ、シャツのボタンを開け、ときおり胸の谷間を見せる品のなさ。どれをとっても、舞妓と親しくなる理由がない。


 バチンと音が響く。

 舞妓が誰かに勢いよく平手打ちをされ、地面に転がるのを目にする。

 (はぁー・・・どうして私の目の前でこんなことが起きるの・・・。)


 その様子を見ていた美咲の足も止まり、ゴミ箱を地面に降ろしてしまった。美咲は口元を両手で押さえて動揺している。


 「人の男に手を出すって、どこまであんた男狂いなの?」

 「そんなにやりたいなら、うちらが用意するけど?」

(はぁー・・・そんな言葉を聞かせないでほしい。中学生とは思えない言動。)


 それにしてもどうして呼び出す場所は、トイレや、校舎の裏側なんだろう。いじめる側も王道を選択するのだろうか。


 どうこの状況を打破したらよいのかを考えていたら、先陣を切ったのは舞妓自身だった。倒れたときに近くにあったバッドのようなモノを掴んだ。それを持つと殴った本人に向かって、突き刺した。平手打ちした女生徒がお腹を抱えて、地面に尻をつく。そのまま舞妓は手にした武器を振り回し、数人をけちらした。いっけん、舞妓が錯乱したよに見えた。このままだと、暴行事件から殺人事件になってしまう。


 「逃げて。やばい。」

 私はいじめていたグループに声をかけた。それぞれが散り散りにその場を走り去る。


 美咲は震えていたのに、ゴミ箱を抱えてバッドのようなモノを振ります、舞妓に投げつけた。舞妓は異物が飛んできたことに驚き、足元を救われて転ぶ。美咲の英断で、何とか舞妓の暴走が収まった。


 バッドのようなモノは、本当にバッドだった。

 

 「これ? 私が用意したの。」

 舞妓は地面にしゃがんだまま、美咲と私にバッドを見せた。


 「呼び出されても行かなきゃいんじゃないの?」

 「は? 私の勝手でしょ。」

 スカートの砂埃を払いながら舞妓は立ち上がった。美咲は自分が投げつけたゴミを拾いゴミ箱に戻していた。


 「ナナ。私、不二と寝たよ。」

 突然、舞妓が私に笑みを浮かべて言う。私は思考が止まる。

(何を言っているのこの女。)


 我に返った私は、戯言を言う舞妓に怒りが沸き起こった。こういういい加減な発言でどれほど周囲が迷惑を被るかを、彼女は理解していない。 


 番場先生とベッドの上で裸になって寝ている写真がある以上、彼女には教師と淫らな行為をした事実がある。例え狂言だとしても、彼女が発現したことは、その真意を確かめるために、大人たちが動かなくてならなくなる。

 

 「いい加減、その狂言癖、辞めたら?」

 私はこみ上げる怒りを飲み込み、言葉を返した。舞妓はまた馬鹿にしたような笑みを浮かべ、私に言った。


 「ナナ、不二と仲がいいでしょ。ーーーウエストホール。」

 すーっと血の気が引いた。ウエストホール・・・。それは不二と私が外で2人で会った場所だ。まさか・・・。


 「2人が車に乗っていたの、見た人がいるんだよね。」

 舞妓のいやらしい表情が眼前にあった。彼女の口から車という具体的な単語が出て、私は怯んだ。証拠がなければ言い逃れはできる? 私はさきほどまでの勢いを一瞬で削がれて、焦った。


 「あのさ、ナナ。」

 舞妓が一歩、私に近づき、言葉を溜めて私を呼んだ。上目使いの目がとても不気味で不快だった。


 「不二はね、抱いてとお願いすれば、抱いてくれるよ。ナナもさ、好きならお願いしてみたら? 誰でも抱くから。」

 焦る私に追い打ちをかけるように、舞妓は理解できない言葉を吐いた。こいつは、何を言っているんだ。私の情報処理能力が追い付かない。


 「抱かれたくないの?いい、カラダだったよ。」

 私は体の内側からぶるぶると震えが起こった。自分の意識とは関係がなく、手指が、唇が、ぶるぶると小刻みに震える。

 

 舞妓が私の両肩を掴んで、私の耳に小声でささやいた。

 「私のアソコをとても丁寧に、ベロベロ舐めてくれたよ。」


 次の瞬間、私は舞妓を引きはがし、さきほど叩かれて赤くなっていた彼女の頬を今度は私の手が、思い切り叩いた。


 「うるさい!」

 いつぞやトレイで、私が舞妓に言われた言葉だった。美咲はびくっとして、直立不動になっていた。初めて人の頬を叩いた私の右手は、ジンジンと熱を帯びていた。ぶるぶる、ぶるぶると、小刻みに体が震えた。震えが止まらない。


 舞妓は引っぱたかれた頬を自分の手で撫でながら、私への笑みを絶やさない。最後に私を見下し、念を押すように言った。

 「嫉妬なんて馬鹿らしい。お願いすればいいのに。」


 舞妓は捨て台詞を残すと、その場から去っていった。

 美咲はずっとおろおろしている。私も自分の気持ちをどう鎮めて整理して、収集したらいいのか、わからなかった。


 急に脚に力が入らなくなりその場に私はしゃがみ込む。美咲も私に駆け寄りしゃがんで私の背中をさすった。

(わぁーーーーーー。)


 言葉にすることもできず、私は頭の中がぐちゃぐちゃになる。何を私は今、舞妓に言われたの? 舞妓の言葉の中に、真実が混じっていたから、何が本当で嘘なのかわからなくなり、混乱した。車で出かけたことは真実。不二と寝たことは嘘? 私から冷静さを奪った舞妓の言葉は、15の女とは思えない、とても巧妙だった。 


 美咲が千里と裕子をメールで呼んだ。私たち4人は美咲の家にいた。美咲の母親は子供の頃亡くなったそうで、今は父親と2人暮らしだった。美咲には兄がいるが、すでに大学生で1人暮らしをしている。


 美咲の家に来たのは久しぶりだった。初めて同じクラスになった頃は、4人で美咲の家でよく宿題をやったり、漫画を読んだりしていた。美咲がテーブルの上に麦茶のグラスを4つと、クッキーの缶を置いてくれた。

 

 なんとなく1人になりたくなくて、私は美咲に誘われるがまま、美咲の家にきた。裕子も千里も揃った。舞妓とどういうことがあったのか、何を言われたのか、美咲は全て2人に話したという。

 「舞妓って、ほんと、やばい女だよね。将来が怖いわ。」

 千里が深いため息をついた。

 「そもそも、舞妓は私のことが嫌いで嫌がらせしていたんだけどね。バンダカの件で私には制裁したから、次はナナのことが気に食わなくなったのかも。つまりは、私のせいだよ。」

 千里がテーブルの両肘をつき、両手で頭を抱え、わさわさ搔いた。


 「舞妓と私、小5のとき同じクラスだったのね。そのとき、あいつらがトイレで喫煙した事件、覚えてる?」

 「覚えてる、大騒ぎだったもん。担任の美紀先生、大泣きしてたから。」

 「あれ、チクったの私なのよ。舞妓が持ってきたタバコを、何人か女子トイレに連れ込んだクラスメイトに、吸わないと仲間はずれになるよ、みたいな感じで脅してた。やり口は子供なんだけど、タバコだからね。彼女が怖くてみんな無理やり吸わされそうになってから、私、頭にきて。即効、先生にチクった。」

 裕子と美咲、私も同じ小学校だったが、クラスは違う。あの事件の発覚は千里がきっかけだったことを今初めて知る。


 「それで恨みを買ったの?」

 と、裕子が尋ねた。

 「もう1つある。中1のとき、舞妓が中3の先輩に告白したんだよ。でもその先輩、私と付き合っていたでしょ?」

 「え? 宮島先輩に舞妓も告白してたの?」

 千里が中1のときに、中3の先輩と付き合っているのは、ちょっとした有名な話になっていた。狭い、中学生という世界では、先輩と付き合うのは、女子の憧れもあり、どうしても目立ってしまう。またその先輩もバンドなどをやっていて、明るく人気のある人だったことも注目を集めた理由だった。


 「最初は私も付き合っていることを内緒にしていたから、仕方がないんだけど、けっこう舞妓のアプローチがしつこかったみたいで。SNS経由でメッセージを送るのは、よしとしても、先輩の家の前で待つみたいなこともあったみたいでさ。」

 「・・・千里と付き合っていることを知って、逆上みたいな?」

 美咲が聞く。

 「いや、知ってからはアプローチは無くなったけど、その頃かもなぁーって。舞妓が派手になっていったの。見た目も男遊びも。私が今の舞妓を作るきっかけになったかもなぁと時々思うよ。」

 「いや、本人の選択でしょう。」

 「そうはいっても、裕子。バンダカの件を考えると、私への当てつけのように感じてしまう。」

 その千里の言葉には裕子も押し黙ってしまう。中学生のすることではないが、舞妓なら十分に考えられることなのだ。


 「だから、私への復讐?みたいなものが終わったから、ターゲットがナナに移ったのかなって。」

 「あながち、その推理を考えすぎだと言い切れない。」

 裕子も千里の言葉に賛同する。

 「でも、どうしてナナがターゲットになるの? 千里に対しては百歩譲って恨みがあったとしても、ナナは何もしてない。」

 納得いかない様子で美咲が憤慨する。

 「私と仲が良かったことも、きっかけになったと思うし、例えばだけど、不二がナナを特別扱いしていることが気に食わなかったとか。」

 「些細なことがきっかけだと思う、ああいう子にとっては。千里に対する恨みだって、自分勝手に恨んでお門違いなわけだし。」

 その裕子の言葉を受けて舞妓との会話を私は振り返る。

 

 そういえば彼女の言葉はいつも何か引っかかった。「家庭教師、ついているんでしょ?」とか。ピアノに関しても「合唱部で1番目立つポジションだね」とか。トイレで彼女がいじめられている現場に遭遇したときに、自分の気持ちとはうらはら、助け船を出してしまったときは、舞妓は私に「うるさい」と怒鳴った。あのとき私が助けたことでさえ、彼女のプライドを傷つけたのだとしたら・・・?


 「だからといって、不二が舞妓に手を出すとは思えないんだけど。バンダカは馬鹿だから、嵌められたけど。」

 千里が私の顔を見て言う。

 私は千里の言葉にすがりついた。そうであってほしい。そもそもあの不二が舞妓を相手にするとは思えないのだ。


 私は3人に改めて、不二と展示会に出かけた話しをした。車に乗せてもらったこと、紅茶の店に行ったこと。夕焼けを見たこと。そして、そっと包まれて慰めれたこと。正直、自分が泣いてしまったこととと抱擁されたことは、言おうかどうか躊躇ためらった。でも、私の中に、不二の行動を彼女たちに分析してもらいたい思いがあったのだろう。美咲は不二の腕の中で慰められた話しをしたとき、「え?」と動揺し、少し赤くなっていた。美咲はやっぱり、可愛らしい。


 「ナナが泣いたこと、抱きしめられたことも驚いたけど、見せたかった景色ね・・・。」

 ぽつりと裕子がつぶやく。

 「不二先生は正直、不思議ちゃんだから。彼も自覚しているのか怪しくなってきたけど、ナナのことを不二が特別に思っていることは間違いないよ。」

 私が落ち込んでいることが伝わったのか、このときは裕子も千里も、不二との関係を警句したり、非難するようなことは一切しなかった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る