6.セックスのやり方がわからない
誰々君が好き。何々ちゃんが好き。そんな話は、幼稚園の頃からあったかもしれない。小学校のときでさえ、付き合う、付き合わないという話もあった。
中学校にもなれば、恋の話しはますます加速する。
27歳の桜井奈々子こと私は、ひとり暮らしの部屋の中で大きな空間を占領しているセミダブルベッドの上で、中学時代の女友達とのおしゃべりを思い返していた。
たった十数年しか人間経験をしていない中学の彼女たちは、大人から見れば子供だが、多大な好奇心を持ち合わせていた。そこに純粋な無鉄砲さが加わるととんでもない、爆発力を持つ。
中学生は大きく2つに分かれる。
まったく知識を知らず、想像せず、中学生らしさを保てる人と、
偶然にも知識を得て、想像し、好奇心を抑えられない人間と。
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「え?まぢで言ってるの、美代子。」
放課後のピアノ室で、松井千里が木下美代子の発した言葉に、信じられないという表情を見せ、目を丸くさせた。
中学2年生の1月の終わり。音楽室はブラスバンド部が使用する日だったため、合唱部は狭いピアノ室で部活動を行った。部活動後、何となく、残ったメンツでたわいもない話で、うだうだするのが、通例。
その日は、同じクラスの黒田裕子、佐藤美咲と私に加えて、隣のクラスの木下美代子の4人でおしゃべりしていた。そこにときおり、料理部の松井千里が部活が終わり加わる。
「バレンタイン誰に渡す? 手作り?」「一緒に作ろうよ」など、来月訪れるチョコレートの日の話しをしていた。ここ数年、この時期の女友達の話題は、たいてい2月14日の話しになる。
そんな毎年恒例の話しをしている中で、突然木下美代子が、バレンタインの話しが一瞬で消え去るような質問をした。
「質問があるんだけど、ちょっと聞いてもいい?」
「うん、なに?」
千里が料理部で作ったクッキーを配りながら応答する。
「子供ってどうやって作るの?」
その唐突な言葉を受けて、みな、いっせいに美代子の顔を見る。「いきなり、何を言うかと思えば」「何なの、突然」とみな口々にこぼした。
「あのね、私も理論は理解しているんだよ。卵子と精子が結びつくことで受精卵が作られて、子供になるんだよね。でもその、あのぅ、ほら。そのね。アレの具体的なイメージができなくて。」
最後のほうは声がだんだん小さくなりながらも、美代子が補足する。
「ああ、セックスのやり方がわからないってこと?」
ずばっと千里が聞く。その場にいた美咲、裕子、そして私もふたりのやりとりに注視した。
「う、うん。そのぉ、まぁそうだね。なんか、こう、イメージできなくて。」
その美代子の言葉を受けて、千里が音楽室の壁際にあったホワイトボードを引っ張り出し、ボードに簡略化した子宮らしき絵を描く。
「これ、女性の子宮ね。で、ここが膣。ここに、男性の性器を挿入するの。」
千里が言った瞬間、美代子が「えっ!!!」と声をあげ、見開いた目はホワイトボードを見つめ、両手は口元を隠した。美代子は少し、青ざめて見えた。予想を超えていたのだろう。
「そこからはどうするの?」
美代子に代わって、美咲が質問する。美咲もどうやら、具体的にイメージができていなかったようだ。
「男性が、男性器を入れたり、出したりして、そのうちに射精して終わり。」
「そのうちって?」
「人によってじゃない。数分の人もいれば、数十分の人もいるかもだし。」
「・・・ちなみにだけど、コンドームはどう使うの?」
美咲がさらに、質問する。
「男性器を挿入する前に、男性器にコンドームをつけるんだよ。」
「そうなんだ。それってとれたりしないの?」
美咲の質問はとまらない。
「ちょ、ちょっと待って、よくわからない。あそこに入れるなんて。汚いし怖いよ。なんか、なんか、わたし、ショック。」
美代子は眉間にしわをよせ、明らかに不快な表情をした。聞いたことを後悔しているようにも見えた。
「千里、詳しいね。経験あり?」
相変わらず淡々と、落ち着いた声で裕子が質問した。私自身、千里がよどみなく回答するので、不思議に思っていた。正直に言えば、私も美代子と同じような知識レベルだった。顔には出ていないと思うのだが、美代子と同様、軽い衝撃を受けている。
「私は5つ上に姉がいるから。姉から詳細な話を聞かされるのよ。知っておいて損はないとかなんとかで(笑)」
と、裕子の質問に対して、経験ありなしの明確な回答はしないまま、ホワイトボートに書いた絵を消すと、千里は両肩をすくめた。
ほぼ無意識に、千里の胸や腰回りを見つめてしまう。
(中学2年生にしては胸もあり、細いウエストは少し、色っぽい・・・かも。
まさか、千里が経験をしているなんてこと、ないよね?)
「私、無理かも。子供は好きだから結婚したら子供は産みたいと思っていたけど、そんなことできないよ。」
「大丈夫だよ、美代子。今は無理でも、結婚する年齢になったら受け入れられるようになる。それに、子供を作るためだけに、するわけじゃないしね。」
「・・・漫画とか映画で、男女が裸になってベッドに入って、抱き合うみたいなラブシーンあるけど、そういうことしているってこと?」
美代子の質問に、千里は少し、笑った。悲壮感たっぷりの表情に思わず笑ってしまったのだろう。
「愛情を確認し合う方法の1つなんだよ。とはいえ、ただ、興味本位で経験してみたいという人もいるけどね。」
と、千里が言うと、裕子も頷いた。
「うん。この学校にも経験者はいるからね。興味本位としか思えない。」
今度は裕子の言葉に千里以外の女性陣が言葉を失う。
「いるの? 誰?」
美咲が問い詰める。
「裕子が知っている人と私が知っている人も同じかな。あれでしょ、中1の夏休みにってやつ。小学校の冬休みって話もあるけど。」
千里が言うと裕子が頷いた。
「前沢と井上さん。前沢が影で自慢げにしゃべちゃって。けっこう話しが回っているよ。」
二人の話をまとめるとこうだ。中学1年生の夏休み(もしくは小6の休み)。両親は不在で、年が離れた姉も外泊。ひとりで家にいた前沢の家に井上さんが訪問し、ことを致したというのだ。12or13歳同士が、手探りで浅い知識のもと、高まる好奇心を抑えることがなく、行為を成し遂げた。
美咲も美代子も、私も絶句した。
前沢君と井上さんは同じ小学校だった。ランドセルを背負っている姿が思い浮かぶ。井上さんは5年生のときに生理も始まっていたはずだ。小学校高学年になると、生理が始まる子がちらほら出始める。女同士だと「今日、生理なんだよね」と、詳細を語る子もいた。
生理が始まった子の中には、先に大人になったと少し得意げになっている人もいた。毎月訪れる、面倒な約1週間の生理期間。遅くに始まったほうが楽なはずなのに、生理の日を得意げに伝えるのはおかしな話なのだが、井上さんももれなく、ちょっと大人になった自分のコトを周囲に詳しく話す女の子だった。
とにもかくにも、生理があるということは、失敗すれば妊娠する可能性もある。
前沢君と井上さんは、ちゃんと避妊はしたのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
中1もしくは小6!? で、好奇心にもほどがある・・・。
「でもウワサかもしれないよね。」
私は少し気分が滅入りながらも、言葉を絞り出した。「確かにウワサかもだよね~」と、ひとまず話しを終えた。
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