28.夕暮れの景色をもう一度
冬休み。私は人生で一番、勉強をしていた。暗記物は時間を決めて声を出して読み上げる。暗記が終わった後は、時間配分を考えながら数学の問題をたくさん解いた。
この時期、何を取り組んだらいいのかの配分は、家庭教師がアドバイスをしてくれた。嫌味な高木先生に頼んでもうすぐ1年。彼の辛辣な嫌味に耐えてきたのは、このためだったのかと思うほど、追い込み時期の試験対策と、優先すべき課題のピックアップが適格だった。
裕子と千里、美咲とはスマホを通して、おしゃべりの時間も設けた。行き詰ったときの雑談はリラクゼーション効果があった。
「初日の出を見に行く約束をしたんだ。お兄ちゃんの友達たちが車を出してくれることになって、西村君も行くことになった。」
「受験生なのに、余裕あるなぁ。」
美咲の言葉を聞いて千里が言う。西村は美咲の家族公認の彼氏。健全なカップルは家族も温かい。
「互いに頑張っているから励みになるでしょう。」
「裕子、さすが。そう、それなの。」
「今年は初詣も近所の神社で済ませるよ。初詣くらい、みんなで行く? 合格祈願。」
「三が日は混むから避けない?」
その裕子の提案が採用されて、1月4日に、地元の神社で待ち合わせることにした。
「あれ以来、舞妓からの嫌がらせはない?」
千里たちには、舞妓から来た写真付きメールの話しはした。彼女のメルアドをブロックしたことも伝えている。
「不良グループのいじめは無くなったみたいだよね。」
「さすがに、就職を試験もあるだろうし、彼女たちも忙しいんじゃない?」
美咲の言葉を受けて裕子が答える。そう、いじめる側が忙しくなればいじめは減る。本当にいじめはくだらない。いじめる側ははけ口でしかない。
グループ電話を終えてからまた、不二の携帯電話番号を表示させた。電話での不二の声はどんな声だろうと想像する。いまや、電話番号を表示させる画面が、私にとってお守りみたいになっていた。
12月がまもなく終わる。新しい年がやってくる。私は自室の窓から空が赤く染まる風景を見ていた。あの高台から、また夕焼けが見たい。そう思うと、見たくて見たくて心が突き動かされる。この、ときに制御が出来なくなるような感情。思春期真っ只中みたいな子供っぽさ。
情けなくなったり、
恥ずかしくなったり、
嬉しくなったり、
悲しくなったり。
不二と出会ってからの私の心はとても忙しい。大人になったときに振り返れば、いい思い出になるのだろうか。
私は1人で、あの場所に行くことにした。
もし、このことを千里に伝えたら「青春だね~」と
目的のバス亭に到着。そこからは早歩き。まずい、急がないと、徐々に空が赤く染まっていく、グラデーションがかった空を眺める時間が少なくなる。以前、不二が車を停めた駐車場が見えた。そこからは階段で向かう。周囲の木々はすっかり枯れていた。歩く地面は枯れた落ち葉が敷き詰めている。息が上がる。頬や耳は冷たいが、止まらず歩てきたから体の内側は熱く、少し汗ばんでいる。
枯れ木を抜けるとグレーがかった空が見えた。冬の空だ。
マフラーを外して、高台から見たかった風景を眺めた。色合いも匂いもあのときとは異なるけど、風景は同じだった。少しずつ、空が赤く染まっていく。不二もここに1人で来ると言っていた。
私はスマホを取り出し、写真を撮った。
今日も太陽が沈みきる前に帰ろう。卒業したら・・・。また不二と一緒にここに来たい。今度は太陽が沈むまで2人で一緒に見届けたい。
帰りの電車では単語帳を取り出し、暗記の確認をしながら過ごした。家についてからも勉強をし、湯船に入っているときは今日見た景色を思い浮かべた。明日も朝4時に起きる予定だ。目覚ましをセットする。眠りにつく前に、今日撮影した写真を見なおした。
ふと、不二に今日撮影した写真を送りたくなった。
『合格祈願、してきました。』
私はそう、メッセージを添えて、夕暮れの写真を1枚、不二に送信した。
1月4日。今日は4人と地元の神社で初詣の日。
「けっこう、人、いるね。あとで出店で何か食べようよ。」
参拝を終えてから、絵馬を購入して合格祈願した後、配布されていた甘酒をふーふー、息で冷ましながら美咲が言う。
「意外と地元の神社もいいものだね~。お守りも買おうかな。」
「いいね、おそろいのお守りを買おうよ。」
千里の言葉に美咲が反応する。
私は4人がかけた絵馬を見ていた。仲よく4つの絵馬が並んでいる。
「彼と一緒の高校に行きたい! 美咲」
「S大学経営学科合格 裕子」
「大学合格祈願 奈々子」
「奈々子、裕子、美咲、千里、全員合格! 千里」
それぞれの絵馬は、みな、らしい。千里の絵馬には全員分の名前が書かれていた。これも千里らしい。
出店でクレープを食べ、私はお土産に焼き菓子を購入して家路についた。すぐに机に向かい、勉強を始めた。2時間ほど集中したところで、紅茶を飲み一息をつく。今日も4人でいろいろ写真を撮影した。自撮り棒を使うのが上手い美咲が率先して撮影する。グループメッセージには、美咲が撮影した写真がたくさん並んでいた。写真はどれも楽しそうだ。
ピコンと、メールが入った。
誰だろう・・・?
メールを見ると見覚えのある電話番号。開くと夕暮れの風景の写真だった。
『今年初の夕暮れです。』
不二からのメッセージが添えられていた。きっと私は目が真ん丸となり、穴が開くほど、画面を注視していただろう。心がぽわっと温まり、そのあときゅっと胸が掴まれ、ドキドキ心臓が波を打った。
嬉しくて嬉しくて、何度も何度もそのメッセージを読んだ。電話番号だけでなく、大切な宝物が増えた。
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