29.サクラサク
2月に志望校の受験を終えた。そして3月1日が合格発表の日。たった1日の試験のために、家庭教師をつけて必死に勉強をしてきた。実は試験日の日。国語のテスト中におなか痛くなり、集中力ががくんと落ちて、最後の数問は適当に数字を選んでマークシートを塗りつぶした。このことは家庭教師には報告していない。体調管理も必須だからとあれほど念押しされていたのにも関わらず、やらかしてしまった。落ちたとしたら一生、あの腹痛を恨むことになっただろうが、私は無事に、希望の高校に受かった。まさにサクラが咲いた。
千里と裕子、美咲も2月中に安全圏の高校合格を手にしていたので、精神的には落ち着いている。でもやはり、第一志望校には受かりたい。彼女たちの発表も今週すべて結果が出る。
みんなで喜び合えることを願いつつも、高校に合格した日は、自室に入ると私は倒れ込むように寝た。もう、早朝4時に起きて教科書を広げなくていいんだと思うと、全身をしばりつけていた鎖から解き放たれたような気分になった。自分で自分を縛り上げていた? もう、これからは多少、風邪を引いたってかまわない。とにかく眠りたい。
眠りにつく寸前、少しだけ不二のことを想った。そういえば彼とは受験の話しは一切していない。応援もされなければ、私が相談することもない。彼は私がどの高校を受験するのかも知らないだろうし、今日が合格発表であることも知らないだろう・・・。すーっと、眠りに誘われて意識が薄らいでいった。
風邪を引いてもかまわないとは言ったが、本当に風邪をこじらせてしまった。インフルエンザではないが、2日間、発熱し、せき込んだ。寝ている間に裕子、千里から合格を知らせるメールが届いた。美咲からも彼氏の西村と同じ高校が受かった!と喜びのメールが届く。
(良かった、これでみんなで喜び合える・・・。)
再来週は卒業式だ。もうすぐ中学生の制服を脱げる。そしたら不二と私も・・・。と考えたとき、あたしはベッドから飛び起きた。
え?卒業したら、どうなるのだろう。高校になったからといって不二との関係は本当に進展するのか。今度は、高校生と成人男性だ。私は高校生になっても未成年なのだ。それに、中学ではピアノ室があり、最低でも週に1回は授業で会えた。高校になったら? 偶然に会うこともさえなくなるのでは?
彼と2人の時間を過ごせたのも、授業の課題がきっかけだ。図書室で偶然声をかけられて本を借りることになったのは、展示会に行くことになったのも、すべて美術の授業から派生している。ピアノ室でのひとときも、偶然、美術室の備品庫が隣だったからに過ぎない。高校では何も起こらない。彼との接点が丸っきり無くなる。
「どうして高校になったら、いい形に変ると思っていたんだろう。」
私は急に不安に包まれた。確かに中学生と成人男性、しかも教師という関係性よりは、私が高校生になって、不二が臨時教師を辞めれば、世間的にはいくらかはマシになる。ただその場合、不二とのつながりを私が頑張って作る必要が出て来る。高校生になったからといって、不二とお付き合いできるわけではない。
それに不二は恋人はいないのだろうか?
これまで不二があまりに生活感がなく、プライベートが見えないため深く考えたことがなかった。それに彼の中性的な雰囲気は、まったく女性の気配を感じられない。
私はただ、彼のことが好きで、彼に会いたくて、彼に触れたかった。彼の恋人に自分がなる姿を思い浮かべることができなかった。いや、私が経験値が乏しく、未熟者過ぎたせいもある。
ピアノ室で、私のピアノを側で彼が見守っていたときに、漠然とした未来は描いた。私がピアノを弾き、彼が近くにいる未来。でもあれば、夢のような想像をしただけのことだった。現実的にお付き合いするイメージは思い浮ばない。
もし私が、大学を卒業して新社会人だったら?と考える。そしたら、もっと現実的に、彼の隣に立つ権利を主張できたかもしれない。高校生ではまだ力不足だ。それでも、私は。好きという気持ちは伝えても良いのではないかと考える。
未熟者であるなら、未熟者らしく。
背伸びせずに、恰好つけずに、素直に。
相手の気持ちを考えずに、自分の好きという気持ち伝えても・・・いいの?
堂々巡りだった。
卒業式まであと10日。教室の黒板にはカウントダウンが始まっていた。第1希望に受かった人、受からなかった者が入り混じる。スマホも休み時間のみ使用が可能となり、みなで写真を撮り合う生徒が増えた。学校で4人がおしゃべりする時間もあとわずかだ。精神的にほっとしたのは、舞妓たちの姿が無かったこと。できれば卒業式まで顔を合わせることなく、過ごしたい。
「ね、桜井さんと岡田君、セッションしていたんでしょ?」
美咲たち4人に加えて、西村と岡田も交えて話しをしていると、これまであまり関わりがなかった女生徒3人に声をかけられた。
「岡田君、今日、サックスもってきているよね? 私たちも聴いてみたくて。」
その会話に周囲にいた男子生徒の何人かも、「何々、セッション?」と会話に入ってきた。話しがクラスに広がり、岡田とまた演奏をすることになった。
ピアノ室に20人近くの同じクラスの生徒が集まった。千里、裕子、美咲、西村はピアノの近くに場所をとり、千里がMCのような役割をしている。ちょっとした演奏会だ。
「みんなが知っているような曲を2,3曲弾いて、最後に宝島は?」
岡田に提案されて頷く。なぜ、こんな面倒なことに巻き込まれたんだろうと思いつつも、ちょっと、卒業間際っぽい。岡田と目配せして、1曲目を始めた。
曲が終わると、みな拍手をしてくれた。写真を撮影したり、中には動画を撮影している人もいる。
「撮影してもいいけど、変なところにアップしないよーにね!」
1曲目が終わると千里がみんなに注意してくれた。続けて2曲目、3曲目を終えて、岡田と私が一番合わせた曲、「宝島」を演奏した。
受験から解放されたこともあって、みな、すごくノリがいい。曲が終わるごとに拍手や感嘆の声を上げ、2人の演奏への賛辞が惜しみなく送られた。予定していた演奏を終えると、アンコールがされた。
「じゃ、もう一曲。卒業式っぽいの、やる?」
卒業式シーズンによく歌われる、Jポップを選んで演奏する。有名な曲は聴いている側も音楽にノリやすい。
題名のないミニコンサートが終わる。みんなはありがとうー、また聴きたい!など口々にピアノ室を出ていった。ピアノ室には4人と西村、岡田が残った。
「卒業式っぽい、演奏会だったね。楽しかった~。」
美咲が弾んだ声で言う。
「うん、いい演奏会だった。定期的に聴きたいくらい。」
西村が美咲に続いた。
「今日の日の演奏会のために、これまで桜井と音合わせしたかのようだね。」
みんな口々に「ほんとだね!」と、岡田の言葉に賛同する。
「このあとさ、高校合格祝いも兼ねて、打ち上げしない?」
美咲が打ち上げ場所にあげたのは、喫茶店「ひまわり」。6人で行くことになった。こういう風にみんなで寄り道するのもあとわずかだ。
「あのさ、桜井。」
下駄箱で岡田に声をかけらる。美咲と西村はすでに並んで校庭を歩いているのが見えた。裕子と千里も靴を履き替えている。
「うん、何?」
「俺、お前のこと好きだよ。」
岡田とふたりにならないようにしたいと、裕子たちにお願いしたのに、みんなと一緒にいるときに告白されるとは思わなかった。岡田の告白が聞こえたのか、千里と裕子がエントランスのところで立ち止まり、私のほうを見ている。
「高校は別だけど、付き合わない?」
真剣な瞳が目の前にあった。こんなにも直球で告白の言葉を伝えることができるのは、とても素敵なことだと思った。
「岡田・・・。ごめん。でも好きになってくれてありがとう。」
彼の気持ちを受け入れることができないのであれば、言葉を取り繕わず、こちらもストレートに答えるしかない。でも本当にありがとうという気持ちには嘘がなかった。
「うん、わかってた。それでも伝えたかった。」
彼は微動だにせず、私の目を真っすぐに見つめたままそういうと、「よし、打ち上げに行こう」と、裕子と千里たちのほうへ歩き出す。私もあとに続いた。
岡田に告白され後、みんなで打ち上げと称して、喫茶「ひまわり」で早めの夕ご飯を食べた。それぞれ親たちからは了承を得ている。岡田もいつも通りに振る舞ってくれて、みんなで演奏会の話しや、卒業式では誰が泣くだろうとか、高校に入ったら部活どうする?など、たわいもない雑談をした。卒業間際に、6人組みという新しいグループができてしまった。
色々なことがあった1日だった。不二と出会って以来、心の中はどんどん不二に浸食され、受験と不二のことしか考えられなくなっていた。自分のキャパシティの無さに情けなくなる。中学生は狭い世界だけど、自分自身の視野を広げて周囲を見れば、もっと有意義な中学生活が送れたのではないだろうかと思った。
「岡田、かっこよかったな。」
湯船に肩までしっかりとつかりながら、今日の告白を思い返していた。逃げずに言葉を飾らずに、等身大のままの彼はかっこよかった。
告白を断っておいて岡田には失礼なことだけど、私は岡田に勇気をもらった。
「私も、逃げずに、真っすぐに相手の目を見て、ストレートに好きだと伝えたい。」
頭まですっぽりと湯船に沈めて、顔を出す。世間体や年齢、立場を考えて、告白しないというのは、自分が逃げるために考えた言い訳だ。
私も不二に好きだと伝えたい。
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