14.教師と寝た子


 近ごろ少し不穏な空気を感じている。それは・・・。


 いじめだ。


 舞妓たちはもともと10人程度のグループだった。中1の頃からたびたび授業に出なかったり、他の生徒の自転車を勝手に借りて繁華街に出かけたり、生徒たちが学校に持ってくることを禁止されている漫画やゲームなどを見つけると「貸して」と言いながら、ぱくる。


 たちの悪いグループだった。


 中1、中2の頃は上の先輩の後ろ盾があり、さらにつけあがった。だが中3になれば、彼女たちしかいない。後ろ盾がない分、あからさまな無茶は減ったように思う。が、彼女たちのグループ内でのもめ事が起こった。


 受験組と就職組に分かれたことがきっかけだった。

 それまで同じように授業をボイコットしたり、遊んだりし、将来なんてどうでもいいといわんばかりに、好き勝手していたが、その中から将来を考える者が出た。それは異分子に見えたのかもしれない。

 「何、いい子ちゃんになってるの? 気に食わないんだよ。」

 「わたしらと仲間の振りをして、簡単に裏切るじゃん。おまえの二面性ってやばくない?」

 

 女子トイレに入ると、桜井奈々子こと、私の足元にガラガランとバケツが転がってきた。先を見れば、いわゆる不良グループの5人に囲まれた中に、うずくまった女生徒が1人いる。見れば、ずぶ濡れになった舞妓だった。5人のうちひとりが、トイレを掃除するモップで舞妓を突く。

 「人の男に色目を使うな、馬鹿なの?」

 「おまえ、狂っているよ。」


 舞妓への罵倒は続く。こんなこと、リアルでもあるんだと、私はドラマでも見るかのように目の前に起こっているシーンを見ていた。


(別のトイレに移動するか? 手前のトイレで用を済ませるか。)

 一瞬、そんなことも考えたが、私の口から考えていたこととは違う言葉が出る。

 「誰か知らないけど、先生に言いにいったみたい。もしかしたら、ここに見回りにくるかも。」


 私の言葉に、5人が顔を見合わせると「男好き、気持ち悪い」と舞妓に言葉を最後に吐き、私には「ありがと♪」と声を掛けその場を出ていった。

 

 お礼を言われる筋合いはない。適当にいった嘘なのだから。

 ただ、くだらないいじめの場面を早く終了させたかっただけだ。馬鹿らしい。いまさらトイレでリンチまがいなこと、流行らない。


 私は彼女たちが去ったあと、舞妓に手を差し出したが、その手を無視された。舞妓はひとりで立ち上がった。

 「保健室に予備の着替えがあると思うから、行ってきたら?」

  舞妓に声をかけた。

 「うるさい。」

 私の言葉に対して舞妓はひとこと発するとトイレから出ていった。


 

 舞妓をターゲットとするいじめはその日を境にたびたび目にすることになった。香織とかよ子も同様にいじめられているが、舞妓が一番ひどい当たられ方をしていた。


 合唱部がない放課後。久しぶりに美咲、千里、裕子と私の4人は、小学校の頃から通っている、喫茶店「ひまわり」でフルーツパフェを食べていた。中学生では親の同伴なしの喫茶店や、親からの許可なく繁華街を歩くのは基本禁止されているが、喫茶「ひまわり」だけは、両親から許可が出ている。美咲、千里、裕子の親も同様、マスターとママは知り合いだった。


 「はい、スペシャルパフェ。特別にバニラアイス、多めにいれたから(笑)」と、マスターの妻、ママが言う。初めてきたのは幼稚園のときだった。子供のころから知られているのは恥ずかしさもあるが、安定の安心感もある。

 ただ、成長とともに、マスターやママには聞かれたくない話しも増えてきた。


 今日の話題もそうだ。

 「舞妓たちへのいじめ、けっこうひどくなってきたね。先生たちも手を焼いているみたいだけど、親たちを呼んで指導してもいじめはなくならないみたい。先日も、いくつか教科書が無くなったみたいだよ。」

 裕子の言葉を受けて、美咲は手で口元を覆った。

 「受験なのに、ひどいね・・・。勉強が出来なくなるじゃない。」

 「けど、自業自得な部分もあるんじゃない? いまはいじめられている立場だけど、以前はいじめている側だからね。人の自転車を借りても中々返さないし、売店で購入するときもいろんな人たちからお金借りたままだもん。いまさら、受験生だからと真面目なふりしてもね。」

 パフェを口に運びながら千里が言った。

 「それは否めないね。それに・・・」と、いつもなら言葉を選ぶことなく淡々と伝える裕子にしては珍しく、言葉に詰まった。

 「それに何? バンダカのこと?」

 千里の促しに、裕子はきゅっと口元を一文字に結んだ後、溜息をつきながら話した。

 「そう。バンダカと寝たった言ったらしい。受験を選んだことも気に食わなかったのだろうけど、あのグループ内にもう1人、けっこう本気でバンダカのことを好きだった人がいたみたいで、それがいじめの発端みたい。」


 バンダカ。中1のときに入ってきた体育教師の番場崇。今年で25歳のはず。ああ、むかつく家庭教師と同じ年齢だと、私をふいに、嫌味ばかりを言う家庭教師の顔が浮かびますます気分が悪くなった。いや、それよりもだ。


(バンダカと寝た? 舞妓が??)


 「嘘だよね。そんなこと。嘘だよね?」

 美咲が裕子を問いただす。千里の視線は空を見つめたまま、パフェを食べ進めていた。その様子を裕子はちらっと目に入れた。

 「嘘とも言えない。写真があるみたい。」


 馬鹿だ。


 もし本当なら、バンダカは相当の馬鹿な大人だ。

 中学生相手に、写真という証拠も残された。


 「馬鹿だよね。」

 千里の言葉に考えが読まれたのかと一瞬びくっとなって千里を見る。


 「あの子たち。経験人数を自慢し合ったり、年上と付き合うことがステータスだったり、中学までに捨てることが大事だったり。馬鹿だわ。バンダカも見る目がないよね。」


 本当にそうだ。バンダカよりも、今目の前で、冷静にパフェを食べている千里のほうがよほど大人だ。


 「でも、番場先生のことは、まだ本当かどうかわからないでしょ。」

  との美咲の言葉に、千里は言った。

 「私、写真見た。実際やったかどうかはわからないけど、裸で抱き合って寝ている写真はあったよ。」

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