22.社会が許さない、恋。
8月最後の日。私は恋愛を実感する前に、背徳感を味わった。
不二の手に触れたいと思っていたが、まさか抱擁されるとは思っていなかった。不二のぬくもりに触れ、彼の鼓動を聞いた。でも、廊下に他の生徒が出てきたとき、私は見つかることが恐怖だった。
立場的に教師と中学生。抱擁していたと知られたら、世間はそれだけで、彼を犯罪者のような目で見るだろう。社会的に制裁される。
私は。
私は彼が好き。
本気で好きだ。
もう、認めざる得ない。
彼も私のことが好き? いや、わからない。数々の特別なことは確かに起こったことだけど、彼が私のことを好きなのだとしたら、それは社会的に異常と思われることなのではないだろうか。
中学生が成人男性を好きと言っても許されるが、成人男性が中学生を好きというのは世間的に許されない。彼が罪に問われてしまう。たとえ、性交がなかったとしても、手をつないだり、抱擁だけでも、おそらく世間は、彼を罰する。
彼は私のことを恋愛対象とて見ているのだろうか。もし、彼が私のことを異性として見ていて、私を好きなのであれば、私は今、彼に近づいてはいけないのではないか。彼が踏み込んできたら、彼の立場が危うくなる。
(何をうぬぼれているんだ、私は。彼が私を好きだなんて。私が距離をとって彼を守ろうとするなんて。自意識過剰だ。)
私は自分の妄想に、愚かさを感じ、急に恥ずかしくなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2学期が始まった。
嫌味な家庭教師もときには役に立つ。不二で迷走していた私は家庭教師が出す宿題のおかげで、何とか勉強時間を確保していた。すぐに中間テストがあるし、秋には塾の模試。終われば期末テストだ。
9月には合唱部のコンクールがあり、そこで部活動が終了となる。合唱部の練習もあとわずかだ。
「ね、ナナ。進展はあった?」
昼休み。屋上でお弁当を食べようと提案されて、4人は屋上にいた。屋上でのランチは本来禁止されているが、ときおり教室を抜け出して食べる生徒たちは後を絶たない。今日は偶然にも他に生徒がいなく、私たち4人の貸切状態だった。
「進展って?」
「不二のことに決まっているよね。」
と、千里が追い込む。少しだけ私は迷った。ひとりで考えるのは限界だった。その一方で、不二と私のふたりの世界を守りたい思いも強かった。
「・・・私、不二のこと、好きだと思う。好きだということに気が付いた。」
私の言葉に美咲は「え???」と軽く驚き、裕子と千里は私を見つめた。
「初めてナナの好きな人、聞いた。」
と、裕子が言う。
「だよね、だよね。私も初めてナナの好きな人聞いた。」
裕子の言葉を美咲が繰り返す。楽し気な声だった。
「そっかー、自覚したか。もしかして、初めての好きな人?幼稚園とか除いて。」
「幼稚園を除かなくても、初めてかな。」
「初恋!」千里と美咲が声を揃えた。
「いつ、いつ、自覚したの?」
美咲の声は弾んでいるように聞こえた。
「夏休みかな。なんとなくね。」
「で、アプローチはしたの?」
千里の質問は続く。
「何も。携帯番号も知らないし、メルアドも知らない。」
「何もできないでしょう。まだうちの中学では教師と生徒はデリケートな話題なんだから。」
裕子が少しひんやりとしたトーンで言う。
「そうだよね、うちの中学では。馬鹿バンダカのせいでね。」
千里はバンダカの名を口にした。何気に一途にバンダカを好きだったと思われる千里。まだ千里の傷口は癒えていないはずだ。
「ただ、好きを自覚しただけ。アプローチって何? 私の立場で何ができるの?」
私は少しうそぶいた。
「せめてメールのやりとりとか? メルアドくらいは聞いてもいいんじゃない?」
と千里。
「携帯番号だって聞いていいでしょ。」
美咲が千里に詰め寄る。
「そっか。でも教えてもらえるかな。聞いたとしても連絡でいないかもなぁ。」
私はまたうそぶいた。
「今は、慎重になったほうがいいよ。受験もあるし、ナナは推薦をとるんでしょ。内申点は大事だし。万が一にも変な噂が立つことは避けたほうが無難。」
裕子が真剣な口調で忠告する。
「裕子、お母さんみたいだね~。」と千里が茶化したが、
「でも、そうだね。いまいまは、慎重になるのが賢い選択かもね。」
と、千里は裕子に賛同した。語尾も強い。ああ、そうか。彼女たちは私に忠告しているんだ。千里と裕子は、不二の件に関して、完全には彼を信じていない。
信じていない彼女たちに、不二と起こったことを聞いてもらいたくなった。彼女たちなら、私には見えない不二が見えて、客観的なアドバイスをくれるかもしれない。聞きたい。聞いてみたい。されど、少しの振動で壊れそうな不二と私の関係を、他に話すことがとても怖い。
「美咲は西村とは上手くいっているの?」
千里が話題を変えた。
「うん、希望の高校も同じなんだ。夏休みも2人で図書館で勉強したし、塾の夏期講習も一緒に受講したよ。」
「チューくらいはしたの?」
千里が笑いながら聞く。美咲は一瞬「え??」となり、赤くなった。わかりやすい。
「なになに、それって、ファーストキス? 西村も初めてなんじゃないの?」
千里がからかうように言う。美咲がこくりと頷いた。はにかむ様子がとても可愛らしい。私はそんな美咲の素直な反応がとてもうらやましいと思った。西村とのことは友人に話をしても非難されない。
「そういえば、裕子は好きな人、いないの?」
「いるよ。」
裕子の言葉に尋ねた千里が驚く。
「誰よ、いままで涼しい顔して、恋愛は自分には関係ないみたいな態度だったくせに。」
「別にそんな態度をとっていたつもりはないけど。」
「だから、誰よ。」
千里の追及の矛先は裕子に注がれた。私も思わず驚いてしまった。自分のことばかりで、すっかり裕子のことを置き去りにしていた。
「幼馴染だよ。彼は受験したから、今男子校にいるよ。ついでに言っておくけど、告白もしていないし、するつもりもない。だから付き合うつもりもないから。」
「どうして?」
「親同士も仲がいいし、互いに引っ越すするわけにはいかないし、関係をこじらせたくない。」
「裕子って、冷静。」
「でもさぁ、幼馴染って、なんか、いいね。ドラマみたい。---あれ? 西村君!」
幼馴染という響きにうっとりするのも束の間、美咲が屋上のドアのほうに声をかけた。美咲の目線の先には、美咲の彼氏の西村と、西村と同じバスケ部の岡田がいた。
「美咲ちゃんたち、屋上で食べていたんだね。」
「よかったら、一緒にどうぞ。」
千里が美咲の隣に座るように促した。西村は「ありがとう」と言いながら、美咲の横に座り、岡田も加わる。彼らが加わってから会話の内容は、勉強の進み具合や塾の話しなどに代わる。
「桜井さぁ、ときどき、ピアノ室でピアノ弾いているよな。」
突然、岡田に言われて、私はすっと血の気が引いた。
「どうして知ってるの?」
私は動揺を隠しながら尋ねる。
「ときどきブラスバンド部に顔を出すから。助っ人で。」
「どうして?」
「岡田はサックス奏者なんだよ。幼稚園からやっているからかなり上手いよ。」
岡田に代わって西村が答える。
「へー、そうだったんだ。全然知らなかったー。今度聴かせてよぉ」
と、千里。
「うん、タイミング合えば、合唱部にも顔出すよ。桜井、そのとき、ピアノと合わせない? ピアノとサックスの楽譜があるから。クラシック以外も弾けるんでしょ?」
「ああ、うん、いいよ。楽譜があれば。」
「ナナはね、合唱部の伴奏なら、ほぼ初見で弾けちゃうんだよ。」
美咲が自慢げに言った。「サックスとピアノ、いいよね~」とそれぞれ盛り上がる。
私は気が気ではなかった。
ブラスバンド部に顔を出していたなんて全く知らなかった。
(不二と会っているところ、気づかれていないよね・・・?)
夏の日差しが丸くなった午後。私の体の温度は冷えていた。
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