第26話 敗者復活戦3 ナナ

 制服を着た警官が二人、ハシルの待機部屋に現れたのは、第365試合で自身の参加を知った直後の事であった。

 なおこの時点で、ケッパによる選手変更は知らされていない。


 部屋の者達は提示された警察手帳で事態を把握し、それから「事情聴取」の要請に応じ、一人ずつ順番に部屋の外へ連れて行かれる事となる。

 雪野ゆきのアズサの件が無ければ、ハシルは驚き動揺していただろう。

 だが今はむしろ、“四天王”ケッパ呪崎のろいざきとの戦いにどう臨むか……その事で頭がいっぱいだった。


 ――「誤魔化されたり、揉み消されたりしないかな」


 ナナの言葉が、ハシルの心に動揺を誘う。


 ――……分かってる。警察が来たからって、次の試合からする無くなるわけじゃない。まずは「敗者復活戦」を、自力で突破する事を考えなければ。


 しかしハシルには、ケッパの攻撃をかいくぐってレーサーに体当たりし、撃墜する……そんなビジョンが、どうしても湧かない。


 ――高田たかだの時を見るに、試合開始直後では仮に体当たりを成功させても、撃墜には至らない可能性が高い。かと言って試合が進むほどフィールド内の選手は減り、体当たりの成功確率も下がっていく。一体、どうすれば……


 そもそも、対戦表のレートが異常だ。ケッパの賭け倍率は「1.00倍」。ケッパに賭ける事に意味が無い。そしてケッパ以外のレーサーは「100倍」……支払いを想定した倍率ではない。

 この倍率が語っている。「この試合は、賭けの対象ではない。ケッパが参加者達を蹂躙する、見世物だ」と。


 ――「この試合に選ばれた人は勿論、全員墜ちて終了」


 ケッパのこの発言は、脅しでも誇張表現でもないだろう。

 “四天王”は、この言葉を実現するだけの武装チカラを持っているはずだ。




 考えがまとまらないうちに、ハシルの事情聴取の番が来た。


「あの……あと一〇分で、試合に行かされるんですけど……」

「大丈夫です。時間は五分とかかりませんから」


 ――「こんな違法な試合はさせません」じゃ、ないのかよ……


 警官と共に待機部屋を出て、別室へ案内される。

 そこは、普段はスタッフ用の部屋であろう、書類やモニターが乱雑に置かれた、薄汚い部屋だった。


「この大会で体験した事を、説明してください」


 警官の一人はそう言い、ハシルはそれに応じて、初日から今に至るまで、「アルティメット・カップ」……通称「神隠しレース」の運営に関して見た事、聞いた事を、全て説明した。

 二人の警官は、メモを取りながら静かに、ハシルの話を聞いていた。




「あの」

 最後に、ハシルは尋ねた。

「何ですか?」

「この大会は、違法……なんですよね」

「はい。あなたの話した内容が事実であれば、間違いなく違法です」

「じゃあ、もう取り潰しになるんですよね」

「それが妥当な処分でしょう」

「奴隷オークションも、もう開かれないですよね?」

「人身売買は当然、違法です」

「あの……俺の知り合いも、この大会に参加させられてるんです、拉致されて、無理矢理」

「先程おっしゃっていた話ですね?」

「助かり……ますよね。奴隷になんか、なりませんよね?」


「安心してください」

 警官達は、強い意志を感じさせる眼差しで見ながら、ハシルに言った。

「違法なもの、人道に反するものを取り締まる。それが、警察の使命ですから」




 事情聴取が終わりハシルが部屋の外に出た時、廊下に設置された時計の時刻は八時二九分を示していた。


 ――時間が、もう無い!? まさか、失格? いや……


 ハシルは慌てるが、その時計の近くにモニターと窓が設置されている事に気付き、違和感を覚えた。


 ――モニターに、フィールドが見える窓? こんな所で観戦する人間、いるのか?


 ハシルは、モニターを見る。

 そこに映る選手一覧表を見て、ハシルは目を疑った。




 ――選手が……替わってる!?




 二次リーグの出場選手の名前も、少し変わっている。

 が、それどころではない変化は、「お邪魔キャラ」一覧からハシルの名が消え、代わりに「屋雲寺やうんじナナ」の名が入っていた事だった。


 ――なんでナナさんが!? よりによって、“四天王”が出る試合なんだぞ!?




「それでは、二次リーグ第365試合を開始します」

 ハシル以外誰もいない廊下に、アナウンスが流れる。

「本試合は、“四天王”ケッパ呪崎様が参加されます。お楽しみ下さい」




 モニターには出場者全機の、コクピット内の様子が表示されている。

 四×二に分割されたモニターの左上には、愉悦に満ちた表情でハンドルを握るケッパの映像があった。


 その隣の映像では、不安と恐怖に満ちた顔のナナが、ハンドルを握る手を小さく震わせていた。




 ハシルは、固く握った拳で、自分の胸を強く殴った。


 アナウンスが流れた時、ナナの顔を見る前。一瞬だけ、感じてしまったからだ。

 安堵を。

 “四天王”と戦わなくて済む、安心感を。




 赤く光るシグナルが青に変わり、試合開始を告げる。




 その直後。本当に、数秒しか経っていない頃だ。

 フィールド上で大爆発が起こった。


 爆音が、フィールドから遠く離れた場所にいるハシルの耳をもつんざく。窓から見えるフィールドは、壁面の一部がえぐれ、見た事が無い規模で、もうもうと煙が立っている。


 ――何だ!? もう、誰か撃墜されたのか!?


 ハシルは怯えるような気持ちでモニターを見る。

 ナナは無事だ。

 別の選手のコクピット内が、煙に覆われ、人がぐったりとしている様子が映っている。


 ――これは……「お邪魔キャラ」の誰かか?




「はぁい! ゴクツブシどもぉ↓」

 ケッパのゴキゲンな声が公共フリー通信で響く。

「ちょっとは粘ってくださいよぉ? まだ、試合は30分んだからぁ♪」


 ケッパはハンドルから手を離し、熱心にキーボードを打ち始める。他の機体はと言うと、そんなケッパの機体に近付こうとはせず、むしろ距離を取っている事が、マップに表示された機体位置から見て取れる。


 モニターの一部、フィールド内を映すカメラの画面が、切り替わる。ケッパの機体が正面から映る。

 個性の強い美術作品のような、不気味な曲線の装甲に覆われたケッパの機体の周辺に、黒い物体が無数に浮いている。

 は、ケッパの機体と比べれば小さいが、サイズとしては魔力弾と同程度だ。最初は何か分からなかったハシルだが、目を凝らして見るとそれらには全体を覆うように棘が生えているのが見え、その正体に気付いた。


 ――“棘の鉄槌ニードル・ハマー”? ……こんなに沢山!?




 特殊武装<“棘の鉄槌ニードルハマー”>。


 小型の反重力エンジンとAIを搭載した、自動追尾型の小型機体型「爆弾」。

 指定した敵機の熱反応を検知して追尾させる。

 棘の付いた機体による体当たりで装甲を損傷させ、さらに反重力エンジンを自爆させる事で対象に甚大なダメージを与える。




 ――さっきの大爆発は、反重力エンジンの自爆。……なら、納得はいく。


 他の機体がケッパを遠巻きで見るしか無いのも、周囲を取り巻く“棘の鉄槌ニードルハマー”がいつ襲いかかってくるかと考えれば、納得のいく話だ。




「お前。“棘の鉄槌ニードルハマー”三機」

 ケッパが、公共フリー通信を開いたまま、ブツブツと呟く。

「コイツ、“棘の鉄槌ニードルハマー”七機。コイツは一〇機。コイツは、三〇機でいいや! そうら、行ってこーい↑♪」







<アルティメット・カップ 二次リーグ第365試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.00倍)

2 ラフ定道(100.00倍)

3 バンギーア・バンギール(100.00倍)

4 ののめ めな(100.00倍)

お邪魔キャラ1 鈴木留

お邪魔キャラ2 槍谷平帆:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 太刀宮陽太

お邪魔キャラ4 屋雲寺ナナ

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