第31話 ソウ VS “四天王”ケッパ呪崎

 アルティメット・カップに君臨する“四天王”の一人にして、二次リーグ「バトルモード」の王、ケッパ呪崎のろいざき。本名、肥田ひだ亮斗りょうと

 彼は、今のレース界に――




 不満は、特に無かった。




 常軌を逸した才覚は無いが、大方の他者にまさる身体能力、器用さ、魔力と魔力感知力を持ち、公式戦では個人戦の四強を一度、優勝を一度。

 立ち回りを少し意識すれば、周囲を惹き中心人物になれる程度のコミュニケーション力とカリスマ性を持つ。

 気に入った女性がいれば、すぐ自分の女に出来る程度の容姿と話術も持っている。


 将来への不安も、誰かへの嫉妬や恨みも、持つ必要が無い。




 しかし悲しいかな、何の不幸も無い場合、「退屈」を感じてしまうのが人間のさがである。


 個人戦で一度逃した優勝をもぎ取り、丁度やりたい事を無くした時の事だ。

 フクマコーポレーションのCEOから、声を掛けられたのは。




 「君、退屈そうにしてるね」と。




 最初は、大会運営の数居る刺客のうちの一人だった。

 しかしケッパはレースでいくつもの成果を上げ、最後には“四天王”の地位と、「二次リーグのルール変更」の権限を得るに至った。


 彼をここまで熱中させた理由は、彼が自らの心の奥底に持つ、真の欲求に気付いたからだ。




 他者をいたぶり、蹂躙し、そして愉悦する。

 その快楽こそが、自分の最も欲していた物だと。







「かつてない強敵の襲来……か」

 ケッパは、調整を終えた機体のコクピットでつぶやいた。


 彼は一条いちじょうソウの走りを、映像で残っている物は全て視聴・研究した。そして、試合に向けて万全の準備をした。


 彼は、敗北を特に恐れてはいなかった。

 一条に破れれば、「二次リーグの王」という自身の地位は危うくなるだろう。だがこの大会に居場所が無くなったとて、どこか別の場所でやり直せばいい。それが出来るだけの力を持っている、という自負が彼にはある。

 勝利による保身……そんな物への興味は、無いに等しい。




 しかし、ケッパはどうしても見たかった。

 全てのレースで一切の被弾をせず、涼しげに勝利してきた男が、撃墜され、苦悶に顔を歪める所を。




「見てな、福馬オーナー。面白いモノを見せてやるよ」








 庵堂あんどうハシルは、緊張したおも持ちで、「お邪魔キャラ」の黒い機体に乗り込んだ。

 対戦表を見た瞬間、ハシルは自身の立ち位置を察した。


 ――俺の存在は、一条ソウの気を引くためのデコイだ。


 対戦表のソウ、ハシル、ケッパ以外の選手名には、全て「ケッパの手下」という補足が付けられている。

 「お前ら以外は、全員敵だぞ」という、ケッパからの意思表示。


 ――ソウを墜とすために他の選手と結託するのは、今までの敵もやってきた事だ。だが、買収していない俺を試合に入れた事にこそ、意味がある。


 ソウとハシルが狙われた時、より危険なのは、性能の低い「お邪魔キャラ」機体に乗り込むハシルだ。


 ――俺とソウが顔見知りなのは、知っているだろう。ケッパは、狙っているんだ。俺をかばって、ソウが被弾する事を。


 ただし、ハシルはケッパのこの作戦を、脅威とは思っていなかった。

 ハシルの想いは、既にソウに伝えていたからだ。




「お前が優勝すれば、奴隷オークションは無くせる。俺は、奴隷には絶対にならないんだろ?」

「ああ」

「なら、もし俺が墜とされそうになっても、お前は絶対、気にするなよ。もし、同じ試合になったとしても。お前は気にせず、先に進め」




「おはようぅ↑! 二次リーグのゴクツブシどもぉ!」


 ケッパの威勢のいい煽りが、公共フリー通信のスピーカーから流れてきた。


「今日のレーサーは、なかなかの野郎だぁ↓。“四天王”バラクーダを破りし男、一条ソウ! 公式戦も含め、機体への被弾はまさかの、オールゼロぉ↓!」


 ゲートが開き、目の前に二次リーグのフィールドが広がる。

 ソウの細身の機体が目に入り、その次に、ケッパの奇妙なデザインの機体が、目に映った。


 今回のケッパの機体は、とにかく大きい。




 ……大き過ぎる。全長が、通常の機体の五倍以上だ。




「だが、結果はいつもと変わらない。ポクが全員墜として終↑了↓だ」




 シグナルが、赤から青に変わり、試合が始まった。


 それから一秒と待たず、ケッパの機体から黒い煙のような物が見え、ケッパの機体の周囲を覆った。


「墜ちろ、一条ソウ」


 ケッパの低い声を合図に、ソウの機体へめがけて煙が伸びる。




 ――違う、煙じゃない。


 ハシルは、目の前を通り過ぎる煙と魔力レーダーを見比べて、気付いた。


 ――“棘の鉄槌ニードルハマー”が……多過ぎて、煙に見えただけだ!




 特殊武装<“棘の鉄槌ニードルハマー”>。


 小型の反重力エンジンとAI操縦を搭載した、自動追尾型の小型機体型「爆弾」。

 棘の付いた機体による体当たりで装甲を損傷させ、さらに反重力エンジンを自爆させる事で対象に甚大なダメージを与える。

 黒い装甲に棘が生えたその機体が何十機も集まれば、黒い煙のような集まりに見える。




 五〇機の“棘の鉄槌ニードルハマー”の群れが、ソウの機体へ一斉に襲いかかる。


 しかしソウの機体は物量を物ともしない機敏な動きで群れの脇をすり抜け、細い通路へ逃げ込んだ。


 “棘の鉄槌ニードルハマー”の小型爆弾達はソウを後ろから追う物、回り込んで前から狙おうとする物に分かれ、まるで煙が霧散するかのようだ。




「ぎゃああああ!」

 小型爆弾の一機が、ハシル以外の「お邪魔キャラ」の機体に事故的に衝突する様を、ハシルは見た。


 体当たりで負けるのは、どうやら「お邪魔キャラ」の方のようだ。

 “棘の鉄槌ニードルハマー”の棘は、「お邪魔キャラ」の装甲を軽々とえぐる。そして「お邪魔キャラ」の爆発に、棘付きの装甲は微塵の損傷も受けず……小型爆弾は何事も無かったかのようにソウの機体へ向かう。


 あの爆弾が、一つでも自分を狙ってきたら……

 想像するだけで、ハシルは身の毛がよだつ。




 ソウの動きは、魔力レーダーでかろうじて追える程度だ。

 “棘の鉄槌ニードルハマー”よりも素早く動き回り、“棘の鉄槌ニードルハマー”達を翻弄するように、フィールド内を自在に駆け回る。

 小型爆弾達はソウを何とか追う物もあれば、あまりに素早い動きから追うルートをうまく構築できず、立ち往生に近い動きをしている物もある。


 ――このまま行けば、ゴールゲートが開く三〇分後まで耐えるのは、難しく無い……か?


 ハシルは、早くも若干の安堵を覚えていた。


 しかし、その一方で、ケッパの奇妙な動きが気になっていた。


 ――ケッパの野郎……他の攻撃はしてこないどころか、壁際で止まって動きもしない。俺とソウ以外の機体……手下どもも、“棘の鉄槌ニードルハマー”から隠れるように動かない。


 逃げ場の少ない外壁に、図体のデカいケッパの機体が止まっている。

 ハシルから見たら、体当たりを狙いたくなるような位置取りだ。


 ――俺が、ケッパを狙って動くのを待っている? あり得る。俺をダシにソウを狙おうとするなら……




 ――いや、ちょっと待て?







 先にくぐれば勝利となるゴールゲートは、外壁のどこかに出現する。







 ――まさかケッパの野郎……!




「さあ↑! うまく逃げれてるようだけど、三〇分後にポクより先にゴールゲート、くぐれるかなぁ↑!?」


 ケッパの、愉悦に満ちた嬉しそうな声がスピーカーから聞こえる。


ポクゲートだったら、ポクが先にくぐれちゃうねぇ! 知らんよ? 知らんけどさ! あっはっはぁ↑♪」




 そう言って笑うケッパの口元が、わずかに、不愉快で歪んだ。


 ソウの機体が、ケッパのコクピットの目の前に迫っていたからだ。


 ソウが公共フリー通信で呟く。

「お前、子どもみたいな奴だな」




 ソウの機体が、ケッパの目の前で反転して去っていった。


 その敏速な動きについて行けない小型爆弾達が、ケッパのコクピットに突っ込んでいく。




「……クソ生意気野郎がぁ↓」







<アルティメット・カップ 二次リーグ第366試合 途中結果(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.01倍)

2 一条ソウ(1.01倍)

3 ケッパの手下1・団栗坊(100.00倍)

4 ケッパの手下2・武ロウス(100.00倍)

お邪魔キャラ1 ケッパの手下3・ホムラ

お邪魔キャラ2 ケッパの手下4・ウゴクアシバ:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 ケッパの手下5・炎棒

お邪魔キャラ4 庵堂ハシル

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ダンジョンカートFREEDOM~凶悪アイテム撃ち合うサバイバルレースを「避ける」だけで勝つのは異端ですか? ぎざくら @saigonoteki

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