第30話 勧誘

「ハシル。大丈夫か?」

 一条いちじょうソウは、ハシルを心配そうな目で見る。

 ハシルが傷だらけだから、だろう。


「大丈夫だよ」

 ソウのその言動が、今のハシルを余計に苛立たせた。

「お前こそ、その脚。使えるのか?」


 ソウは片脚しか無く、松葉杖を使っている。

 その残った片脚の膝から足首に掛けて、包帯が巻かれている。

 前回の「交流時間」で、虎畝とらうねの襲撃に遭った時の傷だろう。


「ああ、脚か?」

 ソウが答える。

「見ての通り、歩くくらいには使える。ただアクセルを踏むのはキツいから、機体は脚無しで動かせるように調整しといた」




「……まあ、何でもいいよ」


 ――期待をしたって、裏切られるだけだ。


「お前の仲間の警察。もう帰ったぜ」


「警察? アズサの事か?」

「主催者と話して、カネ渡されて、『大会に問題は無い』って言って帰ってった。俺らを助けてくれる奴は、もう誰もいない」

「捜査をしたのは、アズサじゃないんだろ? ……まあ、あり得る話だ」

「腹、立たないのか?」

「大して期待はしてなかったさ」

「そっか。お前は、自分が優勝できるでいるもんな」




「けど、安心しろよ。お前が勝てなくたって大丈夫だ」


 ハシルは口元を曲げて、笑みの形を作った。


「俺が福馬ふくま……主催者を殺して、大会を終わらせるからな」




「主催者を殺す? どうやって?」

「俺はさっきまで、選手は入れない場所にいたんだ。ここの警備、意外と緩いらしいぜ。主催者とも、さっき会った」

 ハシルは早口で言う。

「刃物でも爆弾でも、何でも持って主催者を殺しに行く。そうだな、反重力エンジンを大量に自爆させて、本部を丸ごと爆破してもいいかもしれない」

「まさか、差し違えるつもりか? 自暴自棄になるなよ」

「冷静だよ。冷静に考えて、あいつらのルール通りに試合に出る意味が無いって、気付いたんだ。“四天王”にもてあそばれて終わりだよ」

「“四天王”の試合を見て、そう思ったのか? そういえば、ハシルの友達――」

「違う! はは……そもそも『優勝したら願いを叶えてくれる』なんて話自体、怪しいだろ」

「それなら大丈夫だ。理由は――」

「もう沢山だ!」


 ハシルは声を荒げた。


「俺はもう、決めたんだ! この大会の連中を、殺すって! 許せないんだよ、あいつらが!」

「……できるのか? 本当に」




 ソウの問いに、ハシルは答えられなかった。




「それが本当に実行可能で、それをお前が本当に望むのなら、俺がお前を止める理由は無いよ。残念だけど」

「……何が残念なんだよ」

「レースで走りたかったからさ、お前と」

「俺とお前じゃ、勝負にならないだろ」

「勝負だけがレースじゃないだろ」




「うるせえよ、偽善者!」




 ハシルは、ソウに掴みかかった。


「そんな綺麗事を言っても、助けてくれなかったじゃないか! ナナさんを! お前が本当にヒーローなら、あんな試合を観てるだけで助けないなんて、おかしいだろ!」

「ハシル」

「だから、終わらせなきゃならないんだ。できるかどうかじゃない、やらなきゃ……」


「俺ができるのは、走る事だけだ」


 ソウは言った。


「お前の友達を、奴隷にはさせない。優勝して、奴隷オークションはやめさせる。けど、試合自体を今すぐ止める事はできない。……ごめんな」




「違う」




 ハシルは、地面に膝をついた。




「悪いのは……俺だ」


 ハシルはうなだれ、地を見る。


「ナナさんがあんな目に遭ったのは、俺が努力しなかったせいなんだよ。俺がもっと速く走れれば、俺が騙されなければ、俺が……こんな大会に、参加しなければ……」




「ハシル」

「なあ、教えてくれ。俺はもう、分からないんだ」




「俺は片脚のレーサーなんて見た事が無かったし、お前はショップ街の事もよく知らない変な奴で……けど、走りは本当に凄くて」

 ハシルは、俯いたまま言う。

「本当に優勝するんだと思った。……なのにお前は、街に出たらその辺のチンピラにボコボコにされてて、優勝するような器には見えなくて……」







「教えてくれ。お前は本当に……優勝するのか?」







 少しだけ間があった後、ソウは言った。


「ハシル、俺のチームに入れよ」




「え?」

「俺のチーム、メンバーが少なくてさ。レーサーは俺と加賀美かがみだけで、しかも加賀美は手放しで頼りにはならないし。砲撃手ガンナーのアズサも、まだ正式なメンバーじゃないって言い張るし」

「そんな事より、この大会を――」

「お前の友達のナナさんって人も、レーサーなんだろ? 一緒にチームに来てくれたら助かるな。公式戦の上位リーグは日程上、四人はレーサーが欲しいから」

「おい、ソウ!」




「ショップで機体を眺めるハシルの目を見て、思ったんだ」

 ソウは言う。

「お前は勝負抜きで、レースそのものが好きな奴なんだ、って。ニナ以来だよ、そういう奴と出会うのは」

 ハシルが見上げると、ソウは笑っていた。


「俺にはハシルが努力してないなんて、どうしても思えない」







「俺なら大丈夫だ。たとえ相手が世界で一番速い奴だとしても、勝ってみせるさ」







<アルティメット・カップ 二次リーグ第366試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>

1 “四天王”ケッパ呪崎(1.01倍)

2 一条ソウ(1.01倍)

3 ケッパの手下1・団栗坊(100.00倍)

4 ケッパの手下2・武ロウス(100.00倍)

お邪魔キャラ1 ケッパの手下3・ホムラ

お邪魔キャラ2 ケッパの手下4・ウゴクアシバ

お邪魔キャラ3 ケッパの手下5・炎棒

お邪魔キャラ4 庵堂ハシル

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