第29話 怨嗟の源
「アルティメット・カップ」……通称“神隠しレース”の
「ここは特等席なんだ。試合のフィールドに最も近く、ショーを間近で見られる」
福馬は言う。
「試合を観ている君をそっとしておくよう、警備に指示したのは私だ。おかげで、最期まで邪魔されずに
そして、
「彼女に襲いかかった悲劇を」
「アンタは……アンタが、この大会を始めたのか?」
ハシルは、福馬を睨んだまま問うた。
「そうだ。私がフクマコーポレーションの財力とコネクションを使い、この大会システムを作り上げた」
「なんでだ!」
ハシルは福馬に詰め寄る。
「何のために俺達を……ナナさんを苦しめるんだ!」
「レース界を変えるためだよ」
「レース界を……変える?」
「そう」
福馬は、ハシルの肩に手を置く。その瞬間、足下を強い風が吹き、ハシルは体勢を大きく崩して尻餅をつく。
「そう鼻息を荒くするな。ヒステリックな男は嫌われるぞ?」
そう言って福馬は、廊下に置かれた警備員用の椅子に腰を下ろし、足を組んだ。
「せっかくだ、話をしよう。君も楽な姿勢で聞くといい」
ハシルが膝をついて呆然としている前で、福馬は語り出した。
「君もあるはずだ。
福馬はそう言って微笑む。
「その理由は、何だと思う?」
ハシルは、戸惑いながらも応える。
「実力のある奴が……正当に評価されないから?」
「それは君の感想だろう」
福馬は笑った。
「評価など、レースで結果を出せば自ずと得られる。問題は、それをさせないために実力や才能のある者を参加させない事さ。『カネ』という関門を設けて、ね」
ハシルは、今にも殴りかからんと言う表情で、福馬を睨む。
「
「だから、何だって言うんだ?」
「君は、私の『アルティメット・カップ』の参加要件を知っているだろう?」
「……負けたら、奴隷にされる」
「リスクは、どんな戦いにもある。その代わり、出場に条件は無いだろう? 機体の用意ができない者には、充分な性能の機体を無償で貸し出す。……あらゆる人間が参加できる大会の完成だ。国内の実力者が挑み、しのぎを削る、
「私の夢はね、ハシル君。この『アルティメット・カップ』を、世界中の強者が競う、世界最高峰の戦いにする事だよ。現存する腐った『世界大会』に、取って代わってね」
「ここは地獄だ。アンタ達運営に選ばれた強者が、弱者を
「虐げているように見えるのは、君達参加者が弱過ぎるからだよ」
福馬はそう言って溜息をついた。
「事実、
「そんなのは屁理屈だ」
ハシルが反論した。
「なら、ナナさんや一条の仲間を
「ハシル君。運営というのはね、簡単には維持できないんだ。貸し出し機体や賞金の用意は、フクマコーポレーションの資産だけじゃ足りない。さっきみたいに警察を納得させる場合も、カネがいるしね」
「……何が言いたい」
「分かるだろう? 奴隷オークションの活性化による収入増加は、大会維持に不可欠なんだ。時には、ある程度強制的に人を連れてくる事もある」
ハシルは、再び唖然とした。
「まさか、仕方の無い事だって言いたいのか?」
「必要悪だよ。何の犠牲も払わずに、何かを変える事など出来はしない」
「ナナさんが犠牲になる理由は無い!」
「これは革命なんだ」
福馬は、冷たい目でハシルを見下ろす。
「レース界に対するね。革命や戦争で罪の無い市民が犠牲になるのは、珍しい事じゃないだろう」
「ちなみに攫う人間の候補の選び方は、こうだ。……誘拐スタッフが『アルティメット・カップ』の参加者の情報を見て、参加者周辺の人間から選定する」
「……なんだって?」
ハシルの胸がざわつく。
――まさか、ナナさんが攫われたのは……大会に参加した俺の情報を見て、元チームメイトのナナさんが目をつけられたから?
「ところで君は、なぜこの大会に参加したんだい?」
「……借金を返すために」
「なぜ、君は借金を負ったんだい?」
「それは……知り合いに騙されて」
「なぁんだ」
福馬は、鼻で笑った。
「
「君がこんな大会に参加しなければ、彼女が攫われる事は無かっただろう」
「……」
「君が『騙される』なんてマヌケな事をしなければ、君がこの大会に参加する事も無かっただろう」
「……」
「いや、そもそも君がレーサーとしてもっとちゃんとしていれば、借金を負わされたって公式大会の賞金で返せたかもしれない」
「……ふざけるな」
ハシルは、福馬に再び掴みかかった。
「ふざけるな! 悪いのはお前らだ! こんな大会が……こんな大会があるから!」
福馬の肩を掴んだハシルの腕が、見えない力に引っ張られ、福馬から離れていく。
「私は努力をした」
福馬の浮遊魔法により浮かされたハシルの身体は、廊下の床へ投げ出された。
「ぐっ……!」
衝撃で、ハシルが呻き声を上げる。
「血の滲むような努力をして、フクマコーポレーションを大企業に育て上げた。そして、この大会を立ち上げるに至った! 全ては『レース界を変える』という大志のため!」
福馬は椅子を立ち、倒れているハシルの身体に蹴りを入れた。
「ぐえっ……」
「君や屋雲寺ナナは、何の努力をした? 何か大志を抱いたか? 社会の流れに身を任せ、その日が楽しければ満足し、レーサーにも関わらず、レース界の問題に目を瞑ってはいなかったか!?」
そして何度も何度も、ハシルに蹴りを入れる。
「『悪いのはお前ら』だと!? 君達凡人が努力を怠り、腐敗したレース界を支える
何度も、何度も。ハシルが動かなくなるまで。
「しかし、悲観しないでいい。君にはまだ、汚名返上の機会がある。『敗者復活戦』という、戦いの舞台が」
傷だらけで立ち上がれなくなったハシルを足蹴にして、福馬は廊下の奥へ去っていく。
「勝ち残り再び地上を目指すか、彼女のように悲劇を演じるか。君自身で、選ぶといい」
しばらくした後、ハシルは、傷だらけの身体で立ち上がった。
医務室で治療を受けよう、などとは考えなかった。憎きこの大会の人間とは、一切の関わりを持ちたくなかった。
勝ち残る事も、奴隷になる可能性も、彼の頭の中には無かった。
ただ、福馬サクとこの大会を、命を賭してでも滅ぼしたいという、恨みだけが彼を支配していた。
――レースなんて、もう関係無い。
――この大会の連中、皆殺しにしてやる。そして、俺も差し違えて死ねばいい。ナナさんに不幸をぶつけた俺も、いなくなればいいんだ。
腹を怒りで渦巻かせながら歩いていたハシルは、いつの間にか、ショップ街に来ていた。
見回すと、腕にリングを付けた「敗者」もショップ街を歩いている。
――いつの間にか、「交流時間」になってたのか?
だが、ハシルには興味が無かった。
いくら歩いても、もうこの街にナナはいないのだから。
その時、ハシルの耳に、聞き慣れた松葉杖の音が聞こえた。
「……一条……ソウ」
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