Phase.2 最速の男・ソウ、参戦

第7話 一条ソウ、参戦

 動かなくなった機体から引きずり出され、連れて行かれてからの記憶は、ハシルには無い。

 途中から気を失っていたようだが、それがどのタイミングであったかも、おぼろげな記憶しか無かった。




火傷やけども打撲も、本当に軽傷だから」


 医務室で、医師とおぼしき男が色々と話している時も、ハシルは他事を考えていた。


 ――人を簡単に殺す大会のくせに、怪我をちゃんと治療する場所はあるのか。


「三日もすれば包帯も、もういらんでしょう」


 ――……そうか。奴隷オークションに出す時に、欠陥品じゃ困るもんな。




 ハシルは看護師により、追い出すように医務室の外へ案内された。ハシルと入れ違いに、しょぼくれた男が中へ入っていく。

 ハシルは看護師から黒服の男に引き渡され、肩を掴まれて別室へ連れて行かれた。




 そこには、学校の教室のような広めのスペースに、十数人の男達が集められていた。


 正面はガラス張りで、コースのスタートラインを見下ろす景色が広がっている。

 左右は壁一面にモニターが張られ、レースの観戦用映像が流れている。


 どちらを向いても、レースをなければならない。

 ここは地獄か? とハシルは思った。


 黒服の男は、さっさと部屋の外へ出て行き、出入り口扉に鍵を掛け、立ち去った。




 ハシルは無気力のまま、床の適当な場所に腰を下ろした。


「よう」


 近くにあぐらをかいて座っていた青年が、ハシルに声を掛けた。ハシルには覚えの無い顔だ。

「レースに負けたんだろ? ここにいる全員、そうだ」


 無気力なハシルは、何も答えなかった。


「奴隷オークションの日までは、ここで寝起きする事になるらしい。こういう待機場所が何ヶ所か……あっ」


 ハシルは立ち上がって、場所を移動した。

 誰かと話したい気分ではなかったのだ。


 室内は男ばかりがいるにも関わらず、爽やかな匂いがする。常時、芳香剤か何かが散布されているようだ。

 室内の隅には、救急箱がいくつか置かれている。それ以外、室内には何も無い。

 男達は、半数はモニターを熱心に眺めており、半数は力無く座り、うつむいている。


 ハシルは、俯いている男達が集まっている場所を選んで、もう一度、腰を下ろした。




「ただいまより、一次リーグBグループ、第1104レースを開始します」

 アナウンスが流れた。


 ――ご丁寧にアナウンスまで。徹底してるな、嫌がらせが。


 ハシルは、ぼんやりとした思考で考える。


 ――第1104……俺が出てたレースって、第何レースだった? あれから、結構経ったのか……?


 ハシルは、何の気なしに顔を上げ、モニターを見た。

 モニターはサイズこそ小さめだが、観客席にある物と同じ仕様のようだ。画面が十数個に分割され、それぞれがコース内の要所を映し、レース展開がつぶさに確認できるようになっている。

 右端には出場レーサーの名前と、ベットする観客のための賭けレートが表示されている。


 ぼんやりとモニターを眺めていたハシルだが、出場レーサーの一番上にある名を見て、ハッとした。




「1 一条いちじょうソウ」




 ――一条ソウ……機体を、片脚用に改造していた……


 ハシルは、彼の名がにある事に、何より驚いていた。


 出場レーサーの表示順は、ランダムではない。上から順に、前レースで勝ち残ったレーサーの1位から4位。その下に、新規参戦の四人の名、と決まっている。

 「一条ソウ」の名は、一番上にある。つまり、彼は前レースで1位を獲ったのだ。


 ――俺でも2位までしか獲ってねぇのに……しかもアイツ、片脚用にするために武装、外してたんだぞ?




 ハシルは驚きと同時に、どうしようもない苛立ちを感じていた。


 「1位を獲るのに、武装なんて必要無い。何なら、片脚だって必要無い」。


 そうあおられているような気が、してしまったからだ。




 ――……駄目だな。自分の人生が真っ暗だと、卑屈っぽい見方になっちまう。


 そう思いながら、ハシルはガラス張りの向こうの、スタートラインに並んだ機体群に目をった。

 一条ソウを含めた八機の機体が、勢揃いしている。


 ハシルは、見知った顔のレーサーの走りを見たくはなかった。撃墜される所を、見るハメになるかもしれないからだ。

 しかし、ハシルはどうしても気になった。

 一条ソウは、どんな走りをするのか。




 好奇心に負けたハシルは腰を上げ、スタートラインがより良く見える場所へ歩いた。

 レースを見届ける事にしたのだ。




 前レースで1位の機体は、先頭でのスタートになる。先頭に構えるソウの機体は、外部装甲を減らしているのか周りの機体よりも小ぶりで、武装の砲台は無い。周りの機体達は、どれも強固な装甲に加え、複数の砲台を乗せ、着太りしたように大きい。

 ソウの機体は、周囲と比べるとより一層、貧相に見えた。


 シグナルが赤く灯り、そして、青に変わる。


 機体達が、動き出した。




 爆発初速ロケットスタートに成功したのは三機。その中に、ソウの機体は無かった。




 <操縦技術・爆発初速ロケットスタート>。


 初速で爆発的に加速する操縦技術。

 「爆発的な加速」という性質上、通常のスタートよりも魔力消費が激しい。

 長時間レースや一日複数レースをこなす際は、「あえて爆発初速ロケットスタートを使用しない」という選択肢も存在する。




 間も無く、“迎撃ミサイル”と“妨害ボム”の撃ち合いが始まった。


 爆発初速ロケットスタートしていない機体達の中での、激しい攻防戦だ。“迎撃ミサイル”の魔力弾の光がいくつも飛びった後、“妨害ボム”の魔力球がいくつも宙へ放り出される。

 “妨害ボム”の爆発であちこちに煙が上がり、ハシルの目の前のガラスは一面、白煙で覆われた。




 ――いつに無く激しいな。


 ――一条ソウの機体は、どうなった?


 胸騒ぎを落ち着けながらハシルは、今度はモニターの正面へ移動した。

 ハシルが近寄った先では、十数人の男達がモニターに注目していた。その中には先程、ハシルに話しかけた青年もいる。こんな状況でも釘付けになる程、レースが好きなのだろうか。

 モニターの隅にはコースマップがあり、機体搭載の魔力レーダー同様、レーサー達の位置が点で示されている。また、それと別にレーサー達の現在順位一覧も、常に表示されている。


 ソウの順位を見ると、現在順位は「2位」とある。


 ――撃墜されたら「リタイア」と表示される。って事は、まだ撃墜されちゃいない……




 ――……2位? 爆発初速ロケットスタートで先に行ったのが三機だろ、もう追いついたのか?




 爆発初速ロケットスタートは、“大加速ブースト”をも凌ぐ急加速だ。成功した機体とそれ以外では大きな差が付き、その距離は通常、数分間は埋まらない。


 勿論もちろん、レーサー達の操縦技術に隔絶した差があれば、話は別だが。


 ――どうなってる?


 ハシルは、コースマップでソウの現在地を探す。

 ソウは、ハシルの想像よりも遙か先にいた。既に1位の機体に追いつき、抜かそうという位置にいる。


 ソウの現在地を映す、カメラ映像へ目をる。

 ハシルが見たのは、ソウの機体が1位の機体の脇から、するりと抜き去る瞬間だった。




 美しいライン取りだ。

 ハシルは、そう思った。




 さらにハシルは、ソウの機体の動きが非常になめらかである事に気付いた。

 ハンドリングだけでなく、スラスターの繊細な出力制御をしなければ為し得ない動きだ。


 ――プロレースでも、こんな綺麗な機体の動きは見た事が無いぞ。




 しかし、抜かして終わり、ではないのがDレーシングである。


 抜かされた機体は、すかさず砲口から赤い魔力弾を発射した。

 “赤い追跡者レッド・トレッフェン”だ。




 <特殊武装・“赤い追跡者レッド・トレッフェン”>。


 狙った機体を追尾する魔力弾。特有の赤い発光色から名付けられた。

 “赤い追跡者レッド・トレッフェン”の高速追尾は回避が難しく、“妨害ボム”や“無敵道化スター”によるガードが一般的な対処法である。




 ソウの機体に、赤い魔力弾が迫る。ハシルは思わず、目を覆いそうになる。

 ……が、ぶつかる直前に突然、ソウの機体は高度を下げ、走行ラインを変えた。まっすぐ飛んでいた魔力弾の体当たりは空振り、ソウの機体の真上を通り過ぎる。




 ――避けた……こんなに綺麗に避けれる、もんなのか?




 しかし、魔力弾の追尾は終わらない。

 赤い魔力弾はUターンして、再びソウの機体に向けた軌道を描く。




 ――やっぱり無理だ、追尾型は……少し避けれたって、一度狙われたら終わりだ。


 ハシルは、半ば諦めの気持ちも抱えながら、息を呑んでソウの機体を見守る。


 ――“赤い追跡者レッド・トレッフェン”を、全てで対処した奴なんて……見た事が無い!







<アルティメット・カップ 一次リーグ第1104試合 現在順位(括弧内は賭けレート)>

1位 一条ソウ(1.10倍)

2位 亀垣九郎(4.15倍)

3位 太刀宮陽太(5.28倍)

4位 槍谷平帆(5.42倍)

5位 王鎖腕(5.66倍)

6位 トーマス・キカンーア(5.13倍)

7位 ナンデモ・イイデス(6.36倍)

リタイア(機体破損) ピエロダッシュ太郎(7.12倍)

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