第6話 ハシル VS “四天王”バラクーダ井頭

「“四天王”ねぇ……そういやアズサがそんな事、言ってたっけ?」

 一条いちじょうソウは、呑気のんきにブツブツとつぶやいている。

 ハシルは、ピットの出口へ歩き出した。


「ハシル、どこ行くんだ?」

「“四天王”の情報の聞き込みだよ」

 ハシルは、ソウの質問に手短に答えた。

「Aグループは、俺が走るグループだ」


「そっか。次のレースで4位以上なら、二次リーグだろ?」

 ソウの言葉を聞きながらも、ハシルは歩みを止めずに出口へ向かう。悪気は無いが、ハシルには時間が無いのだ。

「行けるといいな」


「俺より、自分の心配しろよ」

 ハシルはそう言い放つと、ピットを出てショップ街へ足を踏み入れた。







 聞き込みの結果は、かんばしくなかった。


 二次リーグ以上に進んだ参加者の話はほとんど聞けず、聞けても、“四天王”バラクーダ井頭いとうと交戦経験のある者はいなかった。

 ただ、“四天王”は例外無く、通常の参加者を圧倒する武装を豊富に持っている、という情報……もとい、不安要素だけが収穫だった。




 そして、レース開始の時刻が、やって来てしまった。







 集まったレーサー達は、いつになく緊張感や、絶望感の濃い雰囲気で、機体に乗り込んでいく。

 ハシルの目に入ったのは、他の機体よりも明らかに砲口の多い、ゴテゴテとした、いかつい機体だった。

 限られたリワードでしか機体改造を出来ない本大会において、ひときわ異彩を放っている。




 全機がスタートラインに並んだ時、公共フリー通信のスピーカーから、アナウンスでは無い、野太い男の声が聞こえてきた。

「あー、聞こえるか? 俺は“四天王”バラクーダ井頭だ」

 ハシルは、その単なる挨拶の声にすら、底知れぬ威圧感を覚えてしまった。


「例外的だが、俺様が一次リーグを走ってやる事になった。まあ、お前らにとっては、とんだ災難だな。わりぃのは、この中にいるレーサーだ」

 バラクーダが低い声で喋る。

VIPビップ様の一人が、このグループのレース結果に大層、不満を持っておられるらしい。だから、このグループのレーサーどもを“一掃”して欲しいってよ」


 “一掃”、という言葉に、ハシルは戦慄を覚えた。


「ってわけだ。このレースから参戦の奴に罪はねぇが、ま、こんな日もある」


 ハシルは、バラクーダの言葉の裏で、アナウンスが流れている事に気付いた。音量がバラクーダより小さいため、聞き逃していた。

 既に、スタートラインの信号灯が赤く点灯している。

 ハシルは、慌てて反重力エンジンを起動し、ハンドルを握る。




「全員まとめて、死んでくれや」




 バラクーダの言葉が終わると同時に、信号灯のシグナルが青に変わった。




 急いでスタートしたため、当然、爆発初速ロケットスタートは出来ていない。ひとまず、気を取り直して走るしか無い。


 間も無く、バラクーダの魔法攻撃が開始される。


 バラクーダの機体の八方に取り付けられた発射口から、赤い魔力弾が大量に発射された。




 <特殊武装・“赤い追跡者レッド・トレッフェン”>。


 ロックオンした敵機を追尾する機能を有する“迎撃ミサイル”。

 特徴的な赤い魔力弾である事から名付けられた。

 発射には大きな魔力を必要とし、大量発射や乱発は本来、難しい。




 爆発による振動で、ハシルの機体が揺れる。程なくして、あちこちから真っ黒な煙が上がり、瞬く間にフロントからの視界が遮られる。


 ハシルは、“無敵道化スター”を発動させた。

 魔力消費の激しい武装だ、多用は出来ない。しかし、どこから“赤い追跡者レッド・トレッフェン”が飛んで来るか分からない現状、他の選択肢は考えられなかった。


 ――“四天王”は、どう来る? 前に出て、前から撃ってくるか。それとも、後ろから攻め立ててくるか……


 ハシルは、魔力レーダーを見た。

 検知されている機体は、六つしか無い。二機は、先程の砲撃で撃墜されたようだ。

 ほとんどの機体が、バラクーダの機体と共にスタートライン付近にいる。一機だけが、数百メートル先の地点を独走している。


 爆煙の隙間から、バラクーダの機体の独特なフォルムが、垣間見えた。位置は、ハシルよりも少し後ろだ。

 特段、勢いのある加速をしている様子は無い。




 ハシルは決断し、“無敵道化スター”を発動したまま“大加速ブースト”を使用。

 目標はバラクーダを置き去りにし、逃げ切って先にゴールする事だ。




 “大加速ブースト”のスイッチを押した瞬間、ハシルは体に突然、鉛が入ったかのような重たさを感じた。

 反重力エンジンや武装は、座席シートを通じて魔力を吸い、威力を発揮する。武装の同時使用は、その分レーサーの負担にもなり、最悪、ショックで気を失うリスクがある。

 だが、そのリスクを背負うだけのチャンスだと、ハシルは考えた。


 ――バラクーダは『レーサーどもを“一掃”する』と言った。つまり、全機を撃墜しようとしているはずだ。


 機体が小刻みに振動する。“赤い追跡者レッド・トレッフェン”が、ハシルの機体に衝突したのだ。“無敵道化スター”により装甲へのダメージは無いが、衝突による振動はハシルに小さな、しかし確実なダメージを与える。


 ――俺が逃げても、バラクーダは機体の撃墜を優先するはず。頼む、そうであってくれ!


 ドリフトは使わず、確実に減速してカーブを超えていく。可能な限り、魔力レーダーを横目でチェックしながら、ハシルは機体を操縦する。

 バラクーダの機体とはかなり距離が離れた。バラクーダの周辺にいる機体は、次々と反応が消えていく。


 カーブを抜けた所で、ハシルはダメ押しの“大加速ブースト”を入れた。


「うっ……!」

 体に刻まれる鈍い苦痛を耐えながら、ハシルは直線コースを猛スピードで駆け抜けた。


 魔力レーダーでは、周囲の機体を一掃したバラクーダからの“赤い追跡者レッド・トレッフェン”の発射が表示された。

 “赤い追跡者レッド・トレッフェン”を示す赤い点表示は、ハシルの機体に向かいコースに沿って飛ぶ。


 しかし、その赤い魔力弾は長距離飛行に耐えられず、反応はハシルの数十メートル後ろで消滅した。




 ――やった!




 これでバラクーダの猛攻が終わるはずは無い。だが、一息つけるだけの差はできた。


 ハシルは一旦、“無敵道化スター”を解除した。いくら攻撃が怖いからと言って、ゴールまで発動し続けるのは魔力が持たない。


 ――あと、遠距離で攻撃してくるとしたら……“雷撃サンダー”か。我田とバラクーダ、使えそうなのが二人もいるのが厄介だな。


 ハシルは、考え得る最悪の攻撃を想像し、対処法をシミュレートする。当然その間、走りは自身のベストを目指し、ハンドルを握る。かなりのストレスが掛かるが、極度の緊張状態にあるハシルにとって難しい事ではなかった。


 ――残りのレーサーは、俺とバラクーダ、前回のレースで1位の『高田ルーク圭』って奴、そして、我田……


 魔力レーダーに表示される、各レーサーの名をチェックする。


 我田の機体を見た瞬間、反応……激しい点滅が表示された。




 ――“雷撃サンダー”の合図!




 ハシルは反射的に“無敵道化スター”を展開。

 直後に、閃光と雷鳴。

「ぐうっ……!」

 ハシルは、雷の衝撃に呻き声を上げながら耐える。


 ――こんなの何発も来るとか、勘弁してくれよ。


 “無敵道化スター”を解除し、再び魔力レーダーに目をる。

 先程まで残っていた四人は、変わらず走行を続けている。


 ――このレースで生き残れば、二次リーグへ行ける……ひとまず、このレースを耐えるんだ。


 “雷撃サンダー”は莫大ばくだいな魔力を要する。少なくとも我田は、しばらく撃ってくる事は無い。問題はバラクーダだ。


 ――さっきの“雷撃サンダー”は、バラクーダも攻撃したはず。報復でバラクーダも“雷撃サンダー”を撃ってくる可能性は高い。


 ハシルは、可能な限り魔力レーダーで、バラクーダの機体を追う。“雷撃サンダー”発動のサイン……激しい点滅があれば、すぐさま“無敵道化スター”を使わなければならない。“雷撃サンダー”に怯えて“無敵道化スター”を展開し続け消耗するのは、それこそバラクーダの思うつぼだ。




 そして、三分ほどの膠着状態が続いた。


 間も無く、ハシルの機体がコースを一周する。ハシルの前には二機、後ろにはバラクーダ。


 ――クソ! “雷撃サンダー”の反応に警戒し続けながら操縦……思ったより、神経がすり減る!


 ハシルとバラクーダの距離が、徐々に縮みつつあった。


 追尾攻撃を撃たれても、レーダーの反応を見てから“妨害ボム”で防げる距離だ。そのため現時点はまだ、マズい事態ではない。だが、これ以上近付かれれば、攻撃の物量次第ではハシルの機体が危険な状態となる。


 ――これが、あと二周……クソ!




 焦燥に駆られながら、魔力レーダーでバラクーダの機体を見た時だった。




 まばゆい閃光が、ハシルの目をくらませた。




 ――……え?




 これまでとは比べものにならない衝撃が、ハシルを襲う。


 機体のフロントガラスが割れ、破片がハシルに降り注ぐ。


 そして、雷鳴が響いた。




 ――“雷撃サンダー”……?




 ハシルは驚きと共に、困惑で頭の中が真っ白になった。




 ――なんで……バラクーダの機体は、点滅していなかった。


 轟音と共に高度を下げる機体を、ハンドルで必死に制御しながら、ハシルは魔力レーダーを見る。

 前を走っていた二機の反応が、消えている。

 もはやコース内を走っているのは、ハシルとバラクーダの機体しかいない。


 公共フリー通信のスピーカーから、低い声が聞こえる。


「ああ、そういや、言ってなかったか」


 機体から発せられる煙で視界を遮られながらも、ハンドルを握るハシルの耳に、バラクーダの声が飛び込む。


「俺の“雷撃サンダー”は特別仕様だ。発動する時、魔力レーダーは一切反応しねぇ」




 決死のハンドル操作で、何とか落下が止まったハシルの機体。しかし次の瞬間、背後の爆発でハシルの体がけ反る。


「ビビりながら、必死にレーダー見てたか? 残念だったなあ。無駄な努力、ご苦労さん!」




 “赤い追跡者レッド・トレッフェン”が、ハシルの機体の背後に何発もぶつかり、その度に激しい衝撃がハシルを襲う。

 爆発と共に、金属の弾け飛ぶ音がハシルの耳をつんざく。


 ハシルは、“無敵道化スター”の発動スイッチを連打する。

 しかし、装甲のバリアが展開される事は無かった。




 ――……あーあ。駄目だ、こりゃ。




 ハシルは、足下に熱さを感じた。


 見ると、足下から小さな火の手が上がっている。




 ――ナナさん、まだ負けずに生き残ってるかな。







<アルティメット・カップ 一次リーグ第1095試合 レース結果(括弧内は賭けレート)>

1位 “四天王”バラクーダ井頭(1.08倍)

リタイア(機体破損) 高田ルーク圭(8.41倍)

リタイア(機体破損) “雷王”我田荒神(8.01倍)

リタイア(機体破損) 四方ライコネン(11.96倍)

リタイア(機体破損) 庵堂ハシル(13.57倍)

リタイア(機体破損) 王・手霊査(18.16倍)

リタイア(機体破損) 輪莉央(18.45倍)

リタイア(機体破損) 鈴木太郎(17.32倍)

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