第5話 “四天王”バラクーダ井頭
ダンジョン内をレースする競技「
その理由の一つに、「技量」の問題が無いわけではない。しかし、この競技の特殊性が、それ以上に人々をプロの道が拒む理由を、生んでいた。
「レースの参加費、そして、機体の調達コストが高過ぎる」。
魔法攻撃に耐えうるコース建築や機体設計の観点から、コストの問題はある意味、仕方の無い話だ。だがそれにより、レース、特に公式戦に参加する資格を持つのは、技量の高いレーサーではなく、お抱えの大企業に目を付けられた、運の良いレーサー……多くは、レース配信において配信映えする「タレント」に、限られる事となった。
この業界の異常さを知ったハシルは、学生時代から熱心な活動を続けた。
元々「レース」という競技そのものに憧れ、熱を向けていたハシル。
彼は、Dレーシングに限らず旧型のガソリンエンジンのカーレースにも積極的に関わり、様々な企業と関わりを持った。
一時期はスポーツカーレースのプロをしていたが、その際、幸運にもDレーシングのプロチームに見いだされ、晴れてDレーシングのプロとしての生活をスタートした。
Dレーシングのプロ達は、ハシルが思っていたよりも遙かに……
……遙かに、運転が下手だった。
全てのプロが、そうではない。しかしハシルのチームが参加していた公式戦中位リーグ「D-2」のチームの半数は、レースで勝つ事を目的としていない、いわゆる「配信映え」を狙うチームだった。
そしてハシルのチームも、そんな「配信映え」狙いのチームの一つだった。
「必死こいて走るのに、ろくに勝てないピエロな感じが、ウケる気がしたんだよね」
チームを追放される直前、ハシルに声を掛けた企業のスカウトマンは、そう語った。
「借金は
ハシルは、レースでの
一通り点検をし、機体の損傷が無い事を確認すると、ハシルは
あまり出会いたくない奴が、近くで機体の整備をしていた。
「おっ、
「隣で整備してたんだな。作業に夢中で気付かなかったよ」
「……まあな」
仕方無く返事をするハシル。
――だから、馴れ合っても良い事はねぇって。なんで分かんねぇかなあ……
「さっきのレース、見てたぜ。惜しかったな」
ソウは、面白い番組を見た後のように、楽しそうに話す。
「……別に、惜しくも無いさ。無理にドリフトして失敗した。順当な結果だ」
ハシルは、仕方無く会話に付き合う。
「そっか。俺は、片脚用の改造にもう少しかかりそうだよ。残念ながら、レースに出るのはもうちょっと先だ」
「へえ」
何が残念なんだよ、と思いつつ、ハシルはさっさと会話を締めようとする。
だが、少しだけ下げた視線の先の物に、ハシルは興味を奪われた。
「おい、これ……“
「ああ、そうだな」
「なんで取り外してんだ?」
「外さないと片脚用に改造できないんだよ、邪魔で」
「『邪魔』じゃねぇよ、正気か!?」
ハシルは、ソウの常軌を逸した一言に、思わず声を荒げた。
「魔法攻撃しないで、どうやって勝つんだよ! 他の武装だけで、何とかするつもりか?」
「必要な武装は“
正気じゃない、とハシルは思った。
「いや、“
「勝つのに、攻撃は必須じゃ無いだろ」
呆れるハシルに、ソウは至って真顔で答える。
「要るのは周りに負けない『速さ』と、攻撃を『避ける』事だ」
――やっぱりコイツ、おかしい奴だ。
――関わらないようにしよう。
「じゃ、改造、頑張ってな」
そう言うと、ハシルはソウから顔を背けた。
背けた方向に偶然、背の高い女性レーサーの姿が、目に入った。
「あれは……え? まさか」
その姿、顔立ちに、ハシルは見覚えがあった。
「ナナさん!」
ハシルは、思わず女性に声を掛ける。
「知り合い?」と尋ねるソウを無視して、ハシルは機体から飛び降り、女性の元へ向かった。
「え? ハシル君?」
女性は、ハシルを見ると驚いた表情を見せた。
彼女の名は、
「庵堂君、なんでここに?」
ナナは、驚いた顔のまま、ハシルに
「俺は、ほら、借金があるだろ。ナナさんこそ、なんでこんな所に? チームは?」
「……私は、自分で来たわけじゃない」
ナナの表情が、曇る。
「連れて来られたの。なぜかは分からない。いきなり、沢山の男達に囲まれて……それで、『レースに参加しろ』って」
「……そんな」
神隠しレースには、攫われてレースや整備に参加させられる人もいるらしい、という話は、ハシルも聞いていた。
――まさか、ナナさんが、そんな事になるなんて。
「で……でも、大丈夫! さっきのレースも、まあまあ、普通に3位獲れたし!」
ナナは、チームの時と同じ明るい振る舞いを見せた。
「二次リーグまで進んで、勝ち残れば帰れるんでしょ? きっと、何とかしてやるわよ!」
「ナナさん……」
「あ、ひょっとして、私が
「ま、まさか! 自分の借金なんだから、自分で……」
「ふふ、真面目ね。冗談だよ」
ナナは、こんな地獄のような場所でも、チームの時と変わらない笑顔を見せた。
「元々、借金もハシル君のじゃないでしょ? 私の賞金も使っていいから、一緒に生き残って、借金返そ」
「ナナさん……」
「そしたら、私も一緒にチームを説得するからさ……また、一緒のチームでレース、しようよ」
ナナは、ふと視線を上げた。
その視線の先には、熱心に機体整備に励む一条ソウがいた。
「あの人……ひょっとして、一条ソウ?」
「ナナさん、知ってるの?」
ハシルは、目を丸くしてナナを見た。
「最近、話題になってるのよ。知らない? D-3で大活躍したって」
「D-3で?」
ハシルはチームを追放されて以来、意図的にDレーシングのニュースから避けてきた。だから、そんな話題は知る由も無かった。
「それって、どんな――」
ハシルが詳細を訊こうと声を出しかけた時、場内アナウンスが大音量で鳴り響いた。
「一次リーグCグループ、第1093レースを開始します。参加者は、スタートラインへ移動して下さい」
「あっ、いけない! もうレースだ!」
ナナは、少し慌てた顔をして、そしてハシルに向かって笑顔を作った。
「じゃあ……またね」
ナナは、小さく手を振って、駆けていった。
――これが最期になんて……ならない、よな。
不安が胸をよぎったハシルは、ナナの笑顔と仕草に、上手く返せなかった。
ただ、駆けていく背中を、見えなくなるまで眺めている事しか、できなかった。
――……つーか一条ソウって、有名だったのか。
ハシルは、ナナの言葉を思い出した。D-3と言えば、ハシルが走っていたD-2の下位リーグだ。お抱え企業の無い個人でも機体と資金さえあれば参加可能だが、レースのレベルはD-2以下。そんなリーグで「大活躍」と言っても……
――どうせ、イロモノ枠として目立ったんだろうな。それか、「片脚無くても頑張ってます」的な取り上げられ方?
ハシルは物思いに
「なあ」
ハシルは、ソウに声を掛けた。
「うん?」
ソウは、ハシルの方を振り向く。
「Dレーシング以外に、レース経験は?」
「いや、無いな」
ハシルの質問に、ソウが答えた。
「それが、どうかした?」
「いや」
――コイツも、実力じゃなくて、配信映えで選ばれたのかな。
ハシルは勝手に想像して、少しソウの事が嫌いになった。
それから、自分の事が、さらに嫌いになった。
「ちょっと気になっただけだ。作業の邪魔して悪かったな」
「……ふうん」
不思議そうな顔をするソウ。
「重要なお知らせをします」
その時、再びアナウンスが流れた。
「15時より開催予定、一次リーグAグループ第1095レースにおきまして、“四天王”バラクーダ
「四天王? 何それ?」
ソウは、きょとんとしている。
「嘘だろ……?」
そんなソウとは対照的に、ハシルは愕然としていた。
――奴らは、二次リーグ以上にしか出ないはずじゃ!?
“四天王”……それは、「神隠しレース」運営お抱え、最強のレーサー四人を指す。彼らは好きな時、好きなリーグに参加する権利を有しており、他のレーサー達とは全く異なる理由で大会に現れる。
彼らは、勝ち上がろうとするレーサー達を蹴落とすための、運営からの刺客だ。
強者を
「一次リーグへの“四天王”の参加は、実に半年ぶりとなります。お楽しみ下さい」
そう告げ、アナウンスは途切れた。
<アルティメット・カップ 一次リーグ第1095試合 出場レーサー(括弧内は賭けレート)>
1 高田ルーク圭(8.41倍)
2 “雷王”我田荒神(8.01倍)
3 四方ライコネン(11.96倍)
4 庵堂ハシル(13.57倍)
5 王・手霊査(18.16倍)
6 輪莉央(18.45倍)
7 鈴木太郎(17.32倍)
8 “四天王”バラクーダ井頭(1.08倍)
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