第8話 撃墜宣言
特殊武装<
ロックオンした機体を追尾する特殊な”
後者の方法の成功には魔力弾の高度な進路予測と、常軌を逸した操縦技術が求められる。
ハシルは、落ち着かない気持ちで観戦を続けていた。
通常の機体は、魔力弾一発で撃墜される程やわではない。しかし、ソウの機体は見たところ、速度のために外部装甲を減らしている。
一発の被弾が致命傷だ。ハシルは今この時にも、ソウが撃墜する瞬間を目の当たりにするかもしれない。
しかしソウの操縦は、まさに常軌を逸していた。
まず、右から高速で迫る“
通常武装<“
反重力エンジンに大量の魔力を流し込み、一時的に限界を超えた出力を与え、数秒間の爆発的加速、および最高速を得る。
一条ソウが機体に搭載する、唯一の武装である。
“
ソウの機体は、魔力弾が触れる程に接近した所で、急減速。さらに機体の高度を下げた。
一瞬の、スムーズな走行ルート変更。そのあまりの速さに対応しきれず魔力弾は、三度、体当たりを空振りする。
諦めずに、また旋回しようとする魔力弾。しかし、速度に勢いが無い。それどころか魔力弾のサイズそのものが、縮小している。
――
動きが緩慢になった魔力弾の脇を、ソウの機体は軽やかに通り過ぎる。その光景を見るハシルは、感動を覚えていた。
「あの野郎、相変わらずの腕前だな」
ハシルの近くでモニターを見ていた青年が、
ハシルが部屋に入った直後に話しかけてきた、あの青年だ。
周囲の大勢の人間達は、その言葉を肯定も否定もせず、モニターでレースの様子を静かに見守る。
――この回避力があれば、このレースの1位は確実か。
こう考えるハシルの予想は……
……三周目に入った所で暗雲が立ちこめる。
――何やってんだ……一週遅れの奴らに追いついちまうぞ!
ソウは操縦の手を一切緩めず、その卓越した技量で他の機体との差を大幅に広げていた。
2位とは半周差。そして最後尾の集団、5位から7位が団子状態になっている所に、追いつこうとしていた。
――2位は遙か後ろだ、そんなに速く走る必要は無いだろ!
ハシルは、ハラハラした気持ちでモニターを注視する。
彼の心配は、すぐに現実に変わる。
ソウの機体が6位と7位の機体を一週遅れにして、高速で抜き去った瞬間、抜かれた二機は動いた。
一週遅れで追いつかれた下位機体は十中八九、結託して上位機体の撃墜を狙う。
撃ち落とせば、全員の順位が一つ上がる。狙わない手は無い。
――やっぱり……!
その時、ソウの機体は、直線コースであるにも関わらずドリフトを始めた。
操縦技術・<直線ドリフト>。
直線コースでカーブ同様、機体を傾け各部スラスターの出力に偏りを作ることで、滑るように機体を走らせる走法。
技量があれば、通常と同等の速度でトリッキーな走行が可能。
二つの魔力弾は、急な走行の変化により一度は回避されるが、やはり旋回してソウの機体を追う。
魔力弾に追いつかれながらも、ソウの機体はさらに5位の機体に追いつき、追い抜き一週遅れにする。
6位の機体は、
三つの追尾する魔力弾に加え、三発が直線状に狙う“
さして広いわけでも無いコース内は、魔力弾達により混沌と化した。ハシルから見て、コース内はもはやどこで何に当たってもおかしくない状態だ。
そんな中、三つの追尾弾が三方向同時にソウの機体へ襲いかかる。
ソウの機体は“
直前でターゲットが姿を消された三つの追尾弾は、一箇所で衝突。
大爆発を起こす最中、ソウの機体はコース内を反射する“
三つ目の魔力弾はカーブ内で乱反射、回避は困難。
……と思われたが、ソウはドリフトをしながら、魔力弾を回避してカーブを抜けた。
――これだけの魔力弾の雨を、当たり前のように全部避けて……
「これだけの魔力弾の動きが見えてるとか、いくつ目が付いてんだよ」
ハシルは、思わず呟く。
危なげなく1位でゴールするソウの姿が、窓の外に見えるゴールゲートで確認するハシル。
ハシルは、胸の高鳴りを感じていた。
そして、彼が語っていた言葉を思い出す。
「俺が優勝して、この大会組織を解散させる」
――ひょっとして。冗談でも気休めでもなく、本当に優勝を……
「半年ぶりに3レース連続1位を達成した、一条ソウ選手にインタビューです!」
室内にアナウンスが鳴り響く。モニターに注目すると、機体から降りたばかりのソウに向かって、マイクを握るインタビュアーが駆け寄っていた。
「ああ、そんなのもあるんだ?」
マイクに小さな声が入る。ソウは松葉杖を器用に操り、コクピットから降りてきた。
「ハシル!」
ソウは、マイクの前で明るく言った。
「惜しかったけど、いい走りだった!」
「あの――」
「心配すんな、前に言った通り、俺が優勝するから、奴隷になる必要なんて無い」
困惑するインタビュアーをよそに、ソウは言いたい事だけを話す。
「じゃ!」
「えっ? あの!」
話し終えると、ソウは勝手にその場を立ち去り、機体へ乗り込み出す。
「ハシル……? 誰の事だ?」
ハシルの近くにいた青年が、首を傾げた。
「はは……」
ハシルは、自然と笑みが零れた。
――理不尽を乗り越えられる奴ってのはきっと、こういう奴なんだろうな。
「おい!」
会場内に、ドスの利いた低い声が響いた。
「たかだか三回1位を獲っただけで、調子に乗ってんじゃねぇのか? 一条ソウ!」
ハシルは、この声に聞き覚えがあった。
思い出したくもない、自分が負けたあのレースを思い出す。
「表の世界じゃ、ちょっとした有名人らしいがな。そんなのは関係ねぇ。この世界の厳しさ、俺が教えてやる」
機体に乗り込もうとしていたソウは、その足を止めた。
「おい観客ども、喜べ! 一条ソウが次に出るレースはこの俺、“四天王”バラクーダ
インタビュアーは、慌ててソウに駆け寄り、マイクを向けた。
「一条選手、“四天王”から挑戦状とも言える宣言ですが、いかがですか!?」
「ルールはいつも通り、4位以内に入ればいいんだよね?」
「あ……はあ」
「オッケー、特に問題無いです」
自身の宣告を意に介さないソウの態度は、バラクーダの感情を逆撫でしたようだった。
「一条! てめぇは次のレースで必ず、撃墜する! 必ずだ!」
――一条ソウなら、ひょっとしたらバラクーダにも……
そう考えかけたハシルは、バラクーダの武装を思い出した瞬間、頭から血の気が引いた。
――駄目だ!
ハシルは、いてもたってもいられず、その場を立ち上がり、部屋の出口へ走った。
「おい、どうした? 部屋からは出れないぞ!?」
誰かがハシルに声を掛けるが、彼の耳には届かない。
――バラクーダの“
ハシルは、扉のノブに手を掛ける。しかし、どれだけ回そうとしても、ノブはピクリとも動かない。
――避けられないんだ! 一条ソウ、お前がどれだけ高い操縦技術を持っていても!
「一分でいい、ここから出してくれ! 必ず戻ってくるから! 話したい相手がいるんだ!」
ハシルは声を荒げた。
――ソウに伝えないと! 普通に走ったって、“四天王”には絶対に勝てない! 常に“
「おやおや」
不意に、外側から部屋の扉が開いた。
「どんな理由があろうとも、この部屋からは出られないよ。『敗者復活』しない限りは、ね」
扉の先には、上品な紺のスーツを着こなした男が立っていた。
黒スーツの男達を背後に控えさせたその男は、その場の誰とも雰囲気が明らかに違う。
そのオーラに押されたハシルは、その男が部屋に入り、扉が閉まるまでの間、その場を動く事ができなかった。
「選手が気になるのかい? 気になるのは、“四天王”のバラクーダ井頭君? それとも」
男は、優しい口調でハシルに語りかけた。
「オモテの世界で名を上げ始めた……“
<アルティメット・カップ 一次リーグ第1108試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>
1 一条ソウ(1.50倍)
2 亀垣九郎(9.15倍)
3 槍谷平帆(11.59倍)
4 太刀宮陽太(13.22倍)
5 ピコラータ鎖東(19.64倍)
6 キソ。(20.74倍)
7 運ゲー太郎(25.12倍)
8 “四天王”バラクーダ井頭(1.50倍)
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