第8話 撃墜宣言

 一条いちじょうソウに抜かされ、2位に順位を落とした機体から放たれた“赤い追跡者レッド・トレッフェン”。その赤い魔力弾は、一度は回避されたものの、旋回してさらにソウの機体を追い詰める。




 特殊武装<赤い追跡者レッド・トレッフェン>。


 ロックオンした機体を追尾する特殊な”迎撃ミサイル”。狙われた側の対処法は「“妨害ボム”や“無敵道化スター”等、攻撃を打ち消せる武装を使う」、または「赤い追跡者レッド・トレッフェンの魔力が減衰・消滅するまで回避し続ける」。


 後者の方法の成功には魔力弾の高度な進路予測と、常軌を逸した操縦技術が求められる。




 ハシルは、落ち着かない気持ちで観戦を続けていた。

 通常の機体は、魔力弾一発で撃墜される程やわではない。しかし、ソウの機体は見たところ、速度のために外部装甲を減らしている。

 一発の被弾が致命傷だ。ハシルは今この時にも、ソウが撃墜する瞬間を目の当たりにするかもしれない。




 しかしソウの操縦は、まさに常軌を逸していた。




 まず、右から高速で迫る“赤い追跡者レッド・トレッフェン”を急加速で回避。“大加速ブースト”の使用だ。




 通常武装<“大加速ブースト”>。


 反重力エンジンに大量の魔力を流し込み、一時的に限界を超えた出力を与え、数秒間の爆発的加速、および最高速を得る。

 一条ソウが機体に搭載する、武装である。




 “大加速ブースト”の威力が減少し速度が落ちてきたソウの機体に、“赤い追跡者レッド・トレッフェン”の赤い魔力弾はさらに迫る。今度は真後ろからだ。

 ソウの機体は、魔力弾が触れる程に接近した所で、急減速。さらに機体の高度を下げた。

 一瞬の、スムーズな走行ルート変更。そのあまりの速さに対応しきれず魔力弾は、三度、体当たりを空振りする。


 諦めずに、また旋回しようとする魔力弾。しかし、速度に勢いが無い。それどころか魔力弾のサイズそのものが、縮小している。

 赤い追跡者レッド・トレッフェンの魔力が、減衰を始めたのだ。




 ――赤い追跡者レッド・トレッフェンの魔力が持たない……こんな状態、初めて見た。


 動きが緩慢になった魔力弾の脇を、ソウの機体は軽やかに通り過ぎる。その光景を見るハシルは、感動を覚えていた。

 赤い追跡者レッド・トレッフェンを、こんなに鮮やかに回避する光景は、トッププロのレースでも滅多に見られないからだ。


「あの野郎、相変わらずの腕前だな」

 ハシルの近くでモニターを見ていた青年が、一言洩らした。

 ハシルが部屋に入った直後に話しかけてきた、あの青年だ。

 周囲の大勢の人間達は、その言葉を肯定も否定もせず、モニターでレースの様子を静かに見守る。


 ――この回避力があれば、このレースの1位は確実か。


 こう考えるハシルの予想は……




 ……三周目に入った所で暗雲が立ちこめる。




 ――何やってんだ……一週遅れの奴らに追いついちまうぞ!


 ソウは操縦の手を一切緩めず、その卓越した技量で他の機体との差を大幅に広げていた。

 2位とは半周差。そして最後尾の集団、5位から7位が団子状態になっている所に、追いつこうとしていた。


 ――2位は遙か後ろだ、そんなに速く走る必要は無いだろ!


 ハシルは、ハラハラした気持ちでモニターを注視する。

 彼の心配は、すぐに現実に変わる。


 ソウの機体が6位と7位の機体を一週遅れにして、高速で抜き去った瞬間、抜かれた二機は動いた。


 赤い追跡者レッド・トレッフェンの、同時発射である。




 一週遅れで追いつかれた下位機体は十中八九、結託して上位機体の撃墜を狙う。

 撃ち落とせば、全員の順位が一つ上がる。狙わない手は無い。




 ――やっぱり……!


 赤い追跡者レッド・トレッフェン狙撃スナイプが、左右から同時にソウを襲う。

 その時、ソウの機体は、直線コースであるにも関わらずドリフトを始めた。




 操縦技術・<直線ドリフト>。


 直線コースでカーブ同様、機体を傾け各部スラスターの出力に偏りを作ることで、滑るように機体を走らせる走法。

 技量があれば、通常と同等の速度でトリッキーな走行が可能。




 二つの魔力弾は、急な走行の変化により一度は回避されるが、やはり旋回してソウの機体を追う。

 魔力弾に追いつかれながらも、ソウの機体はさらに5位の機体に追いつき、追い抜き一週遅れにする。


 6位の機体は、赤い追跡者レッド・トレッフェンと、三発の“迎撃ミサイル”を発射。自爆覚悟の決死の攻撃だ。


 三つの追尾する魔力弾に加え、三発が直線状に狙う“迎撃ミサイル”がコース端の壁で反射し、乱雑に飛び交う。

 さして広いわけでも無いコース内は、魔力弾達により混沌と化した。ハシルから見て、コース内はもはやどこで何に当たってもおかしくない状態だ。


 そんな中、三つの追尾弾が三方向同時にソウの機体へ襲いかかる。


 ソウの機体は“大加速ブースト”を発動。


 直前でターゲットが姿を消された三つの追尾弾は、一箇所で衝突。


 大爆発を起こす最中、ソウの機体はコース内を反射する“迎撃ミサイル”の隙間を次々と抜けていく。


 三つ目の魔力弾はカーブ内で乱反射、回避は困難。




 ……と思われたが、ソウはドリフトをしながら、魔力弾を回避してカーブを抜けた。




 ――これだけの魔力弾の雨を、当たり前のように全部避けて……


「これだけの魔力弾の動きが見えてるとか、いくつ目が付いてんだよ」

 ハシルは、思わず呟く。




 危なげなく1位でゴールするソウの姿が、窓の外に見えるゴールゲートで確認するハシル。

 ハシルは、胸の高鳴りを感じていた。

 そして、彼が語っていた言葉を思い出す。


「俺が優勝して、この大会組織を解散させる」




 ――ひょっとして。冗談でも気休めでもなく、本当に優勝を……




「半年ぶりに3レース連続1位を達成した、一条ソウ選手にインタビューです!」




 室内にアナウンスが鳴り響く。モニターに注目すると、機体から降りたばかりのソウに向かって、マイクを握るインタビュアーが駆け寄っていた。


「ああ、そんなのもあるんだ?」

 マイクに小さな声が入る。ソウは松葉杖を器用に操り、コクピットから降りてきた。


「ハシル!」

 ソウは、マイクの前で明るく言った。

「惜しかったけど、いい走りだった!」


「あの――」

「心配すんな、前に言った通り、俺が優勝するから、奴隷になる必要なんて無い」


 困惑するインタビュアーをよそに、ソウは言いたい事だけを話す。


「じゃ!」

「えっ? あの!」

 話し終えると、ソウは勝手にその場を立ち去り、機体へ乗り込み出す。




「ハシル……? 誰の事だ?」

 ハシルの近くにいた青年が、首を傾げた。


「はは……」

 ハシルは、自然と笑みが零れた。




 ――理不尽を乗り越えられる奴ってのはきっと、こういう奴なんだろうな。







「おい!」




 会場内に、ドスの利いた低い声が響いた。




「たかだか三回1位を獲っただけで、調子に乗ってんじゃねぇのか? 一条ソウ!」




 ハシルは、この声に聞き覚えがあった。

 思い出したくもない、自分が負けたあのレースを思い出す。


「表の世界じゃ、ちょっとした有名人らしいがな。そんなのは関係ねぇ。この世界の厳しさ、俺が教えてやる」


 機体に乗り込もうとしていたソウは、その足を止めた。




「おい観客ども、喜べ! 一条ソウが次に出るレースはこの俺、“四天王”バラクーダ井頭いとうも参加してやる!」




 インタビュアーは、慌ててソウに駆け寄り、マイクを向けた。

「一条選手、“四天王”から挑戦状とも言える宣言ですが、いかがですか!?」


「ルールはいつも通り、4位以内に入ればいいんだよね?」


「あ……はあ」

「オッケー、特に問題無いです」




 自身の宣告を意に介さないソウの態度は、バラクーダの感情を逆撫でしたようだった。




「一条! てめぇは次のレースで必ず、撃墜する! 必ずだ!」




 ――一条ソウなら、ひょっとしたらバラクーダにも……


 そう考えかけたハシルは、バラクーダの武装を思い出した瞬間、頭から血の気が引いた。




 ――駄目だ!




 ハシルは、いてもたってもいられず、その場を立ち上がり、部屋の出口へ走った。

「おい、どうした? 部屋からは出れないぞ!?」

 誰かがハシルに声を掛けるが、彼の耳には届かない。


 ――バラクーダの“雷撃サンダー”は、他のレーサーが使う“雷撃サンダー”とは違う! 前兆が


 ハシルは、扉のノブに手を掛ける。しかし、どれだけ回そうとしても、ノブはピクリとも動かない。


 ――避けられないんだ! 一条ソウ、お前がどれだけ高い操縦技術を持っていても!


「一分でいい、ここから出してくれ! 必ず戻ってくるから! 話したい相手がいるんだ!」

 ハシルは声を荒げた。


 ――ソウに伝えないと! 普通に走ったって、“四天王”には絶対に勝てない! 常に“無敵道化スター”を使うとか……いや、そんなに魔力量がある奴、いないか? なら……




「おやおや」


 不意に、外側から部屋の扉が開いた。


「どんな理由があろうとも、この部屋からは出られないよ。『敗者復活』しない限りは、ね」


 扉の先には、上品な紺のスーツを着こなした男が立っていた。

 黒スーツの男達を背後に控えさせたその男は、その場の誰とも雰囲気が明らかに違う。

 そのオーラに押されたハシルは、その男が部屋に入り、扉が閉まるまでの間、その場を動く事ができなかった。




「選手が気になるのかい? 気になるのは、“四天王”のバラクーダ井頭君? それとも」


 男は、優しい口調でハシルに語りかけた。


「オモテの世界で名を上げ始めた……“隻脚せっきゃくの超新星”一条ソウ?」







<アルティメット・カップ 一次リーグ第1108試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>

1 一条ソウ(1.50倍)

2 亀垣九郎(9.15倍)

3 槍谷平帆(11.59倍)

4 太刀宮陽太(13.22倍)

5 ピコラータ鎖東(19.64倍)

6 キソ。(20.74倍)

7 運ゲー太郎(25.12倍)

8 “四天王”バラクーダ井頭(1.50倍)

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