第9話 ソウ VS “四天王”バラクーダ井頭

 その紺スーツの男は、一条いちじょうソウと“四天王”バラクーダ井頭いとうのマッチが決まったのを合図にするように、部屋へ入ってきた。




「私は、福馬ふくまサク。しがないレース好きさ」


 紺スーツの男は、そう名乗った。

 咄嗟に反応しかねるハシルの脇を通り過ぎ、福馬は部屋の奥の、大きなガラス窓へ歩みを進めた。


 周囲は誰しもが、彼の一挙手一投足を無言で見つめている。

 何も知らないハシルも、この男が只者では無いことは、すぐに分かった。


「ここは、特等席なんだ」

 福馬は、ガラス窓の前で立ち止まり、言った。

「レースの幕開け、かつフィナーレの舞台であるゴールラインが、観客席よりも近い。皆、モニターよりこっちを見ればいいのに」

 彼はそう言って小さく笑うと、ハシルの方を振り向いた。


「ところで君は、一条ソウの強みは何だと思う? 庵堂あんどうハシル君」




 ハシルは、彼が自分の名を知っている事に驚き、顔をしかめた。

 それを見て、福馬は笑いながら話す。

「ははは、言ったろう。私はレース好きだ。プロレーサーの顔と名前くらいは把握している。現役・元、問わずね」


 ――プロレーサー? 俺がプロだった期間なんて、数年と満たないぞ。


 ハシルは、尚も驚きが隠せない。


 ――目立った戦績も出してないのに……




「オモテの世界では、彼の強みは『正確無比な機体操縦技術』と言われている。だが、それだけであの走りは実現できない」


 福馬は、再びハシルに問う。

「君は、レースにおける『魔力感知能力』の重要性を知っているかい?」


 ハシルは、首を傾げた。

「『魔力感知』? 今も、たまにできる人がいるっていう……」


「そう。外で魔物に襲われる危険が減った今、この力を有する者は少ない。プロレーサーですら、存在すら知らない者も多い。だが、実はレースでは重要だ」

 福馬は語る。

「例えば、レーダーを見てからでは対応が間に合わない魔法攻撃。君なら、どう対処している?」


 ハシルは、少し考えてから答えた。

「うーん……他の機体の動きを見て、予測する」


「君は、かなり賢明な走りを心がけているね。山勘で対処しようとするプロも多くて、うんざりしていたんだ」

 福馬は言った。

「だが、魔力感知ができる者はもっと早く、かつ高精度で攻撃を感知し、対処する」


「ソウが魔力弾を簡単に避けるのは、魔力感知能力が抜群に高いから」

 ハシルの近くで腰を下ろしていた青年が立ち上がり、言う。

「そう言いたいんだろ?」


「これはほんの一例に過ぎない。一条ソウは機体制御やコースの状況、その他全てを魔力感知で掌握した上で、最速のコース取りをしている」

 青年を一瞥した後、福馬はさらに語る。

「大したものだ、並の努力じゃこの域には達しない。ウチ自慢の“四天王”井頭いとう君とどんな戦いをするか、見物だね」


 福馬は、軽く指を振った。すると出入り口の付近に立っていた黒服の男達が、一斉に扉の外へ出て行った。


 カチャリと、鍵が掛かる音がした。内側から開ける事は、出来なさそうだ。


「別の仕事が入って来ても面倒だからね。レースが始まるまで、ここにいる事にした」


 福馬が指を弾くと、何も無い所にソファが出現した。

 物質生成魔法、あるいは、物質転送魔法か、とハシルは考えた。いずれにせよ、高度な魔法だ。


 福馬は、くつろぐようにのんびりと、ソファに腰掛けた。


「君達も私に構わず、くつろいでくれよ」

 福馬は、ハシルの背後を指差した。

 ハシルが振り向くとそこには、それまで存在しなかった大きなテーブルに、豪華な料理が大量に並んでいた。


 部屋の者達は、最初は戸惑うものの、一人、また一人と料理に手をつけ、その美味に舌鼓を打った。







 一条ソウ対“四天王”バラクーダ井頭のレースの準備は、およそ二時間後に始まった。




「ふあ……ようやく一条のレースか」

 福馬が、大きな欠伸あくびをした。

「やっぱり、早く来すぎたね。他のレースは実につまらなかった」


 窓ガラスの近くは、福馬の存在に圧倒されてか、誰も近付かない。


 だがハシルは、意を決して窓ガラス、福馬のソファの近くへ進み出た。


「やはり、気になるかい?」

 福馬が、ハシルを見て口角を上げた。


 ハシルは、ちらりとゴールゲートを見た。

 既にスタート準備を終えている、バラクーダの機体が見える。

 武装でゴテゴテの歪な機体が……ハシルに“雷撃サンダー”の脅威を思い出させる。


「……一応、顔見知りなんで」

 ハシルは、つぶやくように言った。


 ――つーか、この福馬って男、何者なんだ? 「ウチの“四天王”」って言ってたって事は、やっぱりレースの主催者側の人間だよな。




 数分と待たずして、全ての機体がスタートラインに並んだ。

 ソウの機体はやはり細身で、バラクーダのものと比べると三分の一程度の大きさしか無い。


 ――“雷撃サンダー”は、避けられるようなもんじゃない。


 ハシルは、機体達を見ながら、不安を募らせる。


 ――反重力エンジンが発する魔力をロックオンして直接、雷を落とす。仮に攻撃を予測できたとしても、“無敵道化スター”のバリアでやり過ごすしかない。……分かってるよな、一条?


「ただいまより、一次リーグBグループ、第1108レースを開始します」


 大きなアナウンスの声に驚いて、ハシルは軽く身震いした。




 信号灯に、赤のシグナルが灯る。


 それが青に変わり、レースの開始が告げられた。




 バラクーダの機体から、大量の魔力弾が発射された。

 その数、十数発。


 半分程度は、赤い魔力弾。“赤い追跡者レッド・トレッフェン”だ。

 その全てが、八方からソウを狙って飛ぶ。


 魔力弾の衝突で大爆発が起き、窓ガラスまで白煙で覆われた。


 先程までのレースとは、比べものにならない魔力弾の量と、爆発の規模だ。普通の機体なら、あっという間に魔力切れを起こしてしまうであろう、圧倒的な物量。


 ――俺は……あんな奴とレースしたのか。……勝てないわけだ。




「やれやれ。あんな無計画に魔力弾を撃って、どうするんだろうね」

 福馬は、呆れ顔で言った。

「撃った魔力弾同士でぶつかっている。あれじゃ、何のために撃ったのか分からないな」




 白煙が晴れた時には、ソウやバラクーダの機体の姿は無かった。


 二機の機体が、スタートラインの前から動かずに煙を上げている。魔力弾を喰らって、機体が破損したのだろう。


 ハシルは、モニターの前へ急いだ。

 福馬は、動こうとする気配は無い。


 モニターには、コースの各要所を通過するソウの機体と、バラクーダの機体の様子が見えた。

 バラクーダの機体は、常に“無敵道化スター”のバリアを展開している。

 順位は、ソウが圧倒的に上だ。機体の動きも、バラクーダの鈍重な動きに対してソウの機体は軽やかに、見るからに速くコース内を駆け回っている。




 その様子を見る度に、ハシルは不安に駆られた。


 ――バラクーダは……レースをしに来てるんじゃない。“雷撃サンダー”で、お前の機体を撃墜しに来てるんだぞ、一条。




 その時、モニターが一瞬だけ、激しく、まばゆい光に覆われた。


「“雷撃サンダー”だ!」

 モニターを眺めていた一人が、叫んだ。


 モニターの順位表に記されたレーサー名に、次々と「リタイア」の表記が追加されていく。

 突然の雷の攻撃により、対処できなかった機体達が破壊され、走行不能になっているのだ。


 モニターを見ると、一機、運良く“無敵道化スター”発動中で“雷撃サンダー”を免れた機体がいるようだった。

 ただし、ソウの機体ではない。


 ――アイツの機体は!?


 ハシルはモニターを確認する。




 ソウの機体は、一切の破損をしていない。


 ――画面が光った瞬間、目を離してしまった。その間に、“無敵道化スター”を使ったのか?


 ハシルは、ソウが走っている区間の映像を注視する。




 再び、モニターが激しい光を放った。


 一分と経たず、再び“雷撃サンダー”が放たれたのだ。




「……あれ?」


 ハシルは、目を疑った。


 ソウの機体は、“雷撃サンダー”を喰らうことなく、“無敵道化スター”を展開する事も無く、ただただ、


 順位表を見る。ソウとバラクーダ以外の機体は、全てリタイアとなっていた。


 一度目の“雷撃サンダー”を凌いだ機体の様子を、モニターで確認する。

 煙を上げ、動きを停止している。“無敵道化スター”を解いた直後に、二度目の“雷撃サンダー”を喰らったようだ。




 もう一度、ソウの機体を見る。


 何事も無かったかのように、普通に走っている。




 ――……???







<アルティメット・カップ 一次リーグ第1108試合 現在順位(括弧内は賭けレート)>

1位 一条ソウ(1.50倍)

2位 “四天王”バラクーダ井頭(1.50倍)

リタイア(機体破損) キソ。(20.74倍)

リタイア(機体破損) 太刀宮陽太(13.22倍)

リタイア(機体破損) ピコラータ鎖東(19.64倍)

リタイア(機体破損) 槍谷平帆(11.59倍)

リタイア(機体破損) 亀垣九郎(9.15倍)

リタイア(機体破損) 運ゲー太郎(25.12倍)

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