第10話 “四天王”が一人、心の叫び

 アルティメット・カップに君臨する“四天王”が一人、バラクーダ井頭いとう。本名、伊藤いとう平治へいじ




 彼は、今のレース界に不満を持っていた。




 速さを競うとうたいながら、レースで猛威を振るうのは強い武装。

 そして強い武装を持つのは、大企業お抱えのチームばかり。


 彼が所属するプロチームは、リーグで下位常連のチームだった。


 全ては、バックアップする企業スポンサーの資金力不足だ。


 そう彼は確信していた。


 もう少し魔力量の多い反重力エンジンなら、魔力弾で敵機を撃ち墜として順位を上げていただろうに。

 もう少し“無敵道化スター”の持続時間が長ければ、魔力弾を喰らって順位を落とす事は無かっただろうが。


 スポンサーに叱られて真面目に反省している、バカなチームメイト達。

 お前達がだから、スポンサーは自分達の不備に気付かないんだ。




「オモテの世界のレースは、不満かい?」




 ある日、彼は紺のスーツに身を包んだ男に声を掛けられた。

 その柔和な態度に接するうち、彼はいつの間にか、本音を打ち明けていた。


「強い機体で存分に戦いたいか。なら、ちょうどいい場所があるよ」




 アルティメット・カップに参戦した彼は、まさに無双。


 理由は明確。彼に与えられた武装が、他の誰よりも強力だからだ。


 バラクーダ井頭は、ようやく自分を認められた、と感じた。




 やっぱり、武装の強い奴が最強じゃないか。

 俺が、全部正しかったんだ。




 だから、武装を使わずに1位を獲った一条いちじょうソウに、彼は心底、腹が立っていた。




 ――コイツは、俺を否定するためにレースに参加したのか? レースに必要なのは武装じゃない、武装に当たらない運だって、言いたいのか?


 ――いいだろう、証明してやる。運だけじゃ、最強たる俺には、絶対に勝てないと。




 レース開始直前。

 相変わらず武装の無い機体を持って来ている一条を見て、バラクーダはほくそ笑んだ。


 ――そうだ、それでいい。お前はその機体を撃墜されて、後悔しなければならない。




 レース開始と同時に、バラクーダは一条に、魔力弾を何十発も撃ち込んだ。

 これは挨拶代わりだ。最悪、当たらずとも、一条がその力にビビれば良い。




 またしても一条は全部回避したようだ、腹立たしい。本当に運のいい奴だ。


 バラクーダは、公共フリー通信に声を乗せた。

 一条に、意図がちゃんと伝わるように。


「おい、一条ソウ。今のは、ほんの挨拶代わりだ」


 一条からは、何の反応も無い。


「このレースで、お前は必ず撃墜される。武装の無いふざけた機体で参加した事、ちゃんと後悔しろな」







 一条の機体は、みるみるうちに先行していく。

 バラクーダは、まるで自分が責められているような気がした。


 「お前が1位じゃないのは、お前の操縦が下手だからじゃないのか? なんでお前は頑張って操縦の練習をしないんだ?」と。


 煮えくり返る腹の中を、バラクーダは撃墜された後の一条を想像して、必死に落ち着ける。


 ――俺が“雷撃サンダー”のスイッチを押せば、一条は墜ちる。いつだって、撃墜できる。だから、俺が苛立つ必要は無い。無いんだ。







 バラクーダは、一周を待たずして、我慢ができなくなった。

 二周目まで待って、一条が調子づいた所を撃墜して、思い切り凹ませてやろうと考えていたが、やめた。




 ――我慢できねぇ。一条が走っていると考えるだけで身の毛がよだつ。さっさと墜とそう。


 バラクーダは、昂ぶる気持ちを抑えながら、“雷撃サンダー”の発動スイッチを押した。


 一瞬、辺りが眩い稲光に包まれる。


 バラクーダの“雷撃サンダー”は特別仕様だ。発動の瞬間を魔力レーダーで察する事は一切できない。防御も回避も不能。

 そんな雷が、魔力を帯びて動く全ての物体に落とされるのだ。


 バラクーダは、この武装が全ての武器の中で、一番好きだった。

 コイツは運も小さな操縦技術の差も関係無く、敵機を撃墜してくれる。

 「武装こそ力」を象徴してくれる武装だからだ。




「……ん?」


 機体の速度を下げ、魔力レーダーをじっくり観察していたバラクーダは、思わず首を傾げた。


 破壊され、動きを止めた機体の反応は、魔力レーダーから消える。

 既に、ほとんどの機体はその反応を消していた。




 ところが、肝心の一条の機体は反応が消えるどころか、相変わらず動いているのだ。


 ――あれ? おかしいな。


 一条以外にも、偶然“無敵道化スター”のバリアを展開中で、雷を回避した機体もいるようだ。

 レーダーには反応していないが、一条の機体も、ひょっとしたら、こっそりバリアを使ったのかもしれない。姑息な奴め。武装は積まないんじゃなかったのか?




 少し時間を置いて、バラクーダは再び“雷撃サンダー”のスイッチを押した。

 バリアは永続ではない。一安心してバリアを解除した時に、もう一度雷を落としてやれ。


 二度目の稲光が、コース内を照らす。




 バラクーダと一条以外の機体は、もう一つもレーダーに反応しない。


 ところが、一条の機体は……よりによって一条の機体だけは、相変わらず、何事も無かったかのように走行を続けている。




 ――??? 何が起こっているんだ? 最悪、コイツが墜ちればいいんだよ。コイツだけ墜ちればいいんだよ。なのに、なんでコイツだけ……




 バラクーダは苛立ちから、三度“雷撃サンダー”のスイッチを押そうとした。




 しかし、踏みとどまる。




 “雷撃サンダー”は莫大な魔力を消費する。

 いかに高性能なバラクーダの機体といえども、使用回数は一レースにつき三回が限度だ。


 もし、もう一度“雷撃サンダー”を撃ち、またしても不発に終わった場合、一条の撃墜はおろか、レースで勝つ事すらできなくなってしまう。




 ――……落ち着け。次は、絶対に当てるんだ。じゃなきゃ、俺は終わる。







 バラクーダが考え込んでいる時、機体の通信機から電波の着信音が鳴った。


 ――通信……? こ、これは!







<アルティメット・カップ 一次リーグ第1108試合 現在順位(括弧内は賭けレート)>

1位 一条ソウ(1.50倍)

2位 “四天王”バラクーダ井頭(1.50倍)

リタイア(機体破損) キソ。(20.74倍)

リタイア(機体破損) 太刀宮陽太(13.22倍)

リタイア(機体破損) ピコラータ鎖東(19.64倍)

リタイア(機体破損) 槍谷平帆(11.59倍)

リタイア(機体破損) 亀垣九郎(9.15倍)

リタイア(機体破損) 運ゲー太郎(25.12倍)

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