第14話 リング
「ハシル、こんな所にいたのか」
「
ハシルは、一条ソウとの不意の再会に驚いた。
「お前こそ、なんでこんな所に!」
「ショップに行くついでに、散策してたんだ。二次リーグ向けのショップは、どうも変な店が多くてさ」
「変な店?」
「例えばだけど、二次リーグの対戦予定表が売ってる店があるんだ。別に買う気は無いけど、どんな物が売ってる店があるのか、気になって散策してた」
「……なあ。俺みたいな一次リーグの敗者は『交流時間』ってのがあるんだ」
「へえ?」
「待機部屋の外を歩けるのは、この時間だけなんだ。なんか、『交流時間』について知ってる事はあるか?」
「いや、知らないな。ただ、二次リーグの内容については、ショップの店員と話した時にうっすらと聞けた」
「……どんな内容なんだ? って言っても、レースなんだろ?」
「レース……では、あるだろうな」
ソウが珍しく言葉を濁した事に、ハシルは少し驚いた。
「よく分からない? 内容を聞いたのに、か?」
「うっすらと、って言ったろ? 店員にも守秘義務があるのか、全部は教えてくれなかった」
「普通のレースとは違うのか」
「ああ。決められたコースを走るレースでは、ないらしい」
「ええ?」
――コースを走らない? それ、レースって言えるのか?
「ああ、それから、街を歩いてて気になる事も、一応あった」
ソウが少し話題を変える。
「所々でレーサーと、一次リーグ落ちの奴が話し込んでるのをよく見た。何かを打ち合わせてるみたいだった」
「レーサーと、一次リーグ落ちが?」
「ハシルが着けてる、それ」
ソウが、ハシルの腕に着けられたリングを指差した。
「一次リーグで落ちた奴は、全員着けられてるんだろ?」
「……まあな」
ハシルは、少し気恥ずかしくなって腕のリングを背中に隠した。
「リングの奴と、リングを着けてない奴。この組み合わせで話し合ってるのが、やたら目に入ったんだ」
「一次リーグ落ちの奴が、レーサーと結託して何かをするのか?」
――『敗者復活戦』と何か関係があるのか? このまま何もしてないのは、マズいのかな……?
「ま、もしハシルが奴隷オークション行きになっても、俺が優勝してオークション潰すから気にすんな」
「お前……相変わらず、手放しで信じていいのやら……」
夢のような事をさも当たり前のように発言するソウに、ハシルは苦笑いした。
「つーか、お前こそいいのか? 話を聞く限り二次リーグは皆、作戦立てて挑んでるっぽいじゃねぇか」
「機体に乗って競う限り、別に負ける気はしないな」
ソウは、全く焦る様子はない。
「聞き込みも必要無いと思う。俺のレースは明日の午後で、午前に他の試合を観戦できるらしいからな」
「確かに、一度観りゃ心構えは出来るが……本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって。それより今は、機体の調整に時間を掛けたい。一次リーグの前にもかなりいじったんだけど、まだ俺の操縦に機体が付いて来れてない感じがあるんだ」
「え? あの速さで?」
「操縦桿とアクセルの感度をいじれば、今のままのエンジン出力でもっと速くなる。一次リーグはあれでも楽勝だったけど、なるべく早めに仕上げておきたい」
「楽勝、か」
――“四天王”を倒した上で「楽勝」か。規格外、ってのは、まさにコイツのためにある言葉だな。
「ところでハシルはさ、一次リーグ落ちが行ける場所に、行ったんだろ?」
ソウはまたも話を変えて、今度はハシルに尋ねる。
「俺の想像する感じ、複数人が同じ部屋に入れられるんじゃないか?」
「『行ける場所』て……負けた奴らは、部屋に入れられるんだ。数十人ごとに狭い部屋に押し込められて、『交流時間』以外はそこで待機」
「そっか……そこに、女の子はいなかった?」
「女?」
「ああ。歳は二十歳過ぎなんだけど、見た目はもっと幼い感じ。ボサボサの黒髪で、あと両脚が動かないから、大抵は車椅子に乗ってる」
「あいにくだが、俺の部屋は男しかいねぇ……つーか、その女の子って」
ハシルは、前にソウが話していた事を思い出した。
――「仲間の一人が、ここにいる。本人の意思じゃない、
「ひょっとして、お前が助けに来た、仲間か?」
「そう。名前は、
ソウは答える。
「機体整備のエンジニアなんだけど、凄腕だぜ。もし見かけたら、教えてくれ。……つっても、ハシルはスマホも没収されてるのか?」
「……まあな。けど、覚えとくよ」
ハシルがそう言っている時、別の場所から足音が聞こえた。
「おっと。相部屋の奴が追われてるんだった、イカれた金髪野郎に。こんな人気の少ない場所に来るって事は……」
ハシルが辺りを見回すと、一人の人影が見えた。
シルエットの細さと小ささから、高田や彼を追って行った金髪野郎とは違うようだ。
ハシルは、目を凝らす。
そこにいたのは、思いも寄らない、驚きの人物だった。
「じゃあな、一条。二次リーグ、頑張れよ」
ハシルは、そう簡単に言い残すと、その場から走り出した。
「お? おう」
戸惑う一条を置き去りにして、ハシルはその人物……その女性の元へ駆けていく。
「ナナさん!」
そこに居たのは、
ハシルのプロ時代のチームメイト。
この「アルティメット・カップ」に、連れ去られて無理矢理参加させられている女性である。
「ハシル君!」
ハシルの姿を見て、ナナは驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いた表情を見せる。
「レース、見てたよ。ハシル君、『敗者復活戦』に出るんだよね」
ナナは、腕を背中の後ろに組んで、ハシルに尋ねる。
「ああ……ハハ、あっけなく負けちまいましたよ」
ハシルは、決まり悪そうにはにかんだ。
「ナナさんは……二次リーグに進んだんですか?」
「そっか。ハシル君はレース、見てなかったんだね」
「あ、いや! “
「ふふ、いいよ。ハシル君を責めてるわけじゃないって」
ナナは微笑んだ。
「私の事は気にしなくていいよ。ハシル君はまず、『敗者復活戦』で勝たなきゃだもんね」
「いや……でも、やっぱり気になりますよ。ナナさんは俺と違って、無理矢理走らされてるんだから……無事に帰って欲しいですし」
「気にしてくれて、ありがとね。でも、本当に大丈夫だよ」
「おい、時間だぞ」
厳格そうな女の声が、こちらに向けて言葉を放った。
その女は、ツカツカとこちらへ歩いてきて、ナナの腕を掴む。
「あ、すみませ――」
「時間を過ぎたら即刻、奴隷オークション送りだからな!」
腕を引かれるナナ。
その手首には……
敗者の証であるリングが、着けられていた。
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