第15話 勘違い野郎・加賀美~あなたを助けに来たんじゃないですよ
女に連行されたナナは、近くの壁を押して開く、隠し扉の先へ引っ張られていった。
ハシルは最後に、一瞬だけナナと目が合った。
だが、彼女は何も言わず、ただ悲しげな目でハシルを見るだけだった。
――なんで、こんな目に……
「なんで、こんな目に遭ったんだろうな、俺ら」
自分達の待機部屋に戻ってきたハシル達。
ハシル、
「いや、お前のせいだよ」
「まさか金髪の男に追われるだけで『交流時間』が終わるとは思わなかったな」
ハシルと高田に睨まれた加賀美は
「ま、待ってくれ。俺は、今回も聞き込みをしたんだ」
「で、収穫は?」
「……特に無し」
「この役立たず野郎!」
「酷くない、ハシル? これでも頑張ったんだよ!?」
「僕が犠牲になった割には、冴えない結果だなあ」
「く……じゃあハシルはどうなんだ!? 何か成果は!?」
「二次リーグについての情報なら、少し」
「なっ!? 普通に成果出してるのやめてよ! 俺が余計気まずい!」
「二次リーグは、コースを周回はしないらしい。それから、二次リーグの対戦予定を買えるショップがある。……値が張りすぎてて、俺には手が出せなかったが」
「んー……いまいちパッとしない情報だな」
「……もし、二次リーグが『敗者』とチームを組む戦いなら?」
高田は、腕を組み考えながら言った。
「何だって?」
「例えば二次リーグは自分以外の『敗者』や他のレーサーでチームを作り、走らせて順位を競う、とか。だからレーサー自身は『コースを周回しない』」
「なるほど」
ハシルは、高田の考察に感心した。
「それなら、対戦予定が販売される理由も分かる。自分の対戦相手に恨みのある、言い換えれば、自分の味方にしやすい『敗者』が誰かを推測できるからだ」
「分かるようで、分からん」
腑に落ちていない加賀美。
「……例えば」
そこへ、高田が説明する。
「仮に、
「……レースで負かされたバラクーダより、ソウのチームに入りたがる」
「そういう事。分かってたら、短い『交流時間』でもピンポイントで僕に声を掛け、作戦を打ち合わせる時間まで取れる」
「……やっぱり、腑に落ちねぇな。チームが勝った時の、俺達『敗者』のメリットが分からねぇ」
加賀美は頭の後ろで腕を組んだ。
「チームが勝ったら奴隷行きを免れる、とかだったら、俺なら気持ちとか関係無く勝率の高そうなチームを選ぶ。バラクーダのチームのが強そうなら、バラクーダが大嫌いだったとしてもそっちを選ぶぜ」
「……あくまで、これは予想の一つだよ。要するに、二次リーグはレーサー一人の力では勝ち上がれない可能性が高い、って事だ」
――レーサー一人の力では、か……
ハシルは、単身でこの大会に乗り込んできた、一条ソウの……『交流時間』で会った彼の、飄々とした様子を思い出した。
そして、その後に出会った、ナナの事も思い出した。
「あ、ちょっと話が変わるんだけどさ」
ハシルは、少し言いにくそうに話す。
「あー……女性の『敗者』って、男と同じ待機部屋になるのかな?」
「なんだハシル、ナンパでもしたかったのか?」
「いや、そういうわけじゃ……ほら、待機部屋の中って、警備の一人もいないだろ? 男達の中に女が放り込まれたら、なんか危険な気がしない?」
「確かにね。でも、女性の『敗者』と会ってないから、何とも……」
高田は腕組みをしたまま首を傾げた。
「待機部屋は、男女別だ」
少し離れた場所に
「『敗者』は奴隷候補だ。傷が付いちゃ、奴隷という『売り物』としての価値が下がる。だから居住環境は整備されているし、怪我すりゃ必死で治す」
「詳しいな。実は運営の人間だったりし……てぇ!?」
加賀美は、その男を見て驚愕した。
「よく見りゃその顔、“
「“雷王”?」
周囲が「雷王」の言葉に反応し、少しざわつく。
“雷王”
ハシルや高田と共に“四天王”バラクーダ
「うるせぇな!」
我田が不機嫌な大声を上げると、周囲は静まり返った。
「ったく……せっかく顔を変えてムショから逃げたってのに……」
「ちょうど、前のレースで機体から降りてくるのを見てたからな。ビビったよ、“闇レース”の時とは顔が変わってたから」
加賀美は、不機嫌な我田にも平気で声を掛ける。
「ガタイの良さは相変わらずだなあ、“雷王”」
「うるせぇ! いつまで経っても話してるから、話を終わらせてやろうと思っただけだ!」
そう言うと、我田は部屋の奥へ歩いていく。
が、完全に距離を取る前に、我田は立ち止まって言った。
「……知り合いの女が、『敗者』にでもなったんだろ。残念だが、敗者復活戦で生き残れるかは結局のところ『運』だ。『交流時間』での立ち回りなんざ、気休めにしかならねぇ」
「“雷王”……」
「さっさと話し終えて寝ろ。体力は、あるに越したことはねぇ」
就寝のため、照明が消された。
ハシルと高田は、部屋の片隅に布団を設置したものの、まだ眠る気分ではなく、少しだけ話す事にした。
「ハシルは、借金を返すために大会に参加したんだって?」
高田が、ハシルに訊いた。
「まあな。ありきたりな、つまらねぇ理由だろ」
「つまらない、ね。それを言ったら、僕も同じかな」
「……借金か?」
「『
「知ってるも何も……配信業界の超大手だろ。まさか、ダンライブの配信者か?」
「……まあね」
「だったら、配信やってるだけで金には困らねぇだろ」
「それは、人気配信者の話。大手所属でも僕みたいなパッとしない配信者は、何か珍しい物に挑戦しないと生き残れない」
「ひょっとして……それで、レーサーに?」
ハシルが訊く。
「『ローデス』っていうレーサー兼配信者、聞いた事ある?」
高田は、少し恥ずかしそうに言った。
「……いや」
少し考えた後、ハシルは首を横に振る。
「そもそも俺、配信とか興味ねぇから」
「気遣うなよ。事務所に『レースで名を上げないと引退』って宣告されたメンバーで結成した、冴えないチームの一員だった」
高田が言う。
「事務所の力で、一応プロチームとして公式戦に出た。けど、結果は下位リーグ敗退。目立った活躍も無かった俺達は、『チームの解散』と『配信者引退』を命じられた」
「……で、金に困ったのか?」
「いや。僕は、チームを解散させたくなかったんだ」
高田は、何かを懐かしむように、微笑んだ。
「チームに一人、本当に速い奴がいたんだ。元々、個人戦で結果を出してるレーサーだ。そいつが、チームの解散を聞かされた時、泣いて嫌がった。俺達チームメイトなんて、ホントは足手纏いなのに」
「……慕われてたんだろ」
「僕は、そんな彼女を見て……チームを存続させたいと思った。だから後で一人、事務所のオーナーへ頭を下げに行った。そこで、提案されたんだ。『アルティメット・カップ』で結果を出せたら、考えてやらないでもない、って」
「『神隠しレース』で、か?」
「ちゃんと調べれば、怪しい話と気付けたかもしれない。けど、その場で返事をせざるを得なかった。まあ……自業自得だな」
「……お前は、立派だよ。仲間のために、体張れるんだ」
ハシルは、高田に心からの賛辞を送った。
「生き残ろうぜ。『敗者復活戦』で」
「俺も、チームで色々あってな……」
いつの間にか、近くに布団を持ってきた加賀美が、勝手に話を始めた。
「行き着いたのが、この大会ってわけよ」
「お前の身の上話は、別に興味ねぇんだが」
「俺はこの大会の運営に脅されて、実質チームを裏切る行為をしちまった。その落とし前を付けるためにも、まずは機体を用意するためにした借金を返す。この大会の賞金でな」
ハシルの言葉を無視して、加賀美は話を続ける。
「俺が所属していたのは……一条ソウのチームだ」
「は!?」
ハシルは、加賀美の言葉に自分の耳を疑った。
「僕は知ってたよ。同じレースで走った事があるから」
高田はそう言い、動じている様子は無い。
「だから……ソウがこの大会に来てるのは多分、俺を助けるためだ」
――……ん?
「チームメンバーである、俺を助けるためにな。そんな資格、この俺にはねぇってのに」
――一条が探してるのって、女の子だったよな? コイツの話とか、一度も出てなかったような。
「やれやれ。何をしても、人望は隠せないのかねぇ」
ハシルは、状況を察しようとしていた。
――さては、このバカ……一条が自分を助けに来たと、勘違いしてるな!?
「だが、どんな形であれ俺はアイツを裏切った身だ。助けられるのを頼るわけにはいかねぇ。自分の力で、道を切り拓いてみせる」
「なるほど。高い志だね」
――高田。それ、本気で言ってるのか? 適当にあしらってるのか? 頼るも何もそいつ、助けが来る事はねぇぞ。
「借金を完済し、万全な機体と共に、チームに復帰するんだ!」
――……教えてあげた方がいいかな。一条は助けるどころか、コイツがこの大会にいることすら知らない可能性あるぞ。
ハシルは、ソウとの話を……ソウが助けようとしているのは『
だが結局、ハシルが加賀美に話をする事は無かった。加賀美がこの後も延々とチームでの自慢話をして、ハシルが話を切り出す暇も与えなかったからだ。
「敗者復活戦」の説明は、朝の六時から、待機部屋にて開始された。
物音で目覚めたハシルは、加賀美の自慢話を子守歌に、自分がいつの間にか眠っていた事に気付いた。
――意識はしていなかったけど、体は随分、疲れてたんだな。
「
男の声で、ハシルは目が冴える。
「いいじゃないか。たまには、敗者達の驚く顔が見たいんだ」
聞き覚えのある、落ち着いた声が聞こえる。
やがて待機部屋の扉が開き、紺のスーツの男が、黒服の男達を引き連れて姿を現した。
福馬サク。この大会の運営組織の、オーナーだ。
「やあ、おはよう諸君。夜はよく眠れたかい?」
福馬は、明るい表情で『敗者』達に声を掛ける。
「今回は、私から君達に説明しよう。二次リーグの詳細と、同時におこなわれる『敗者復活戦』についての話だ」
<アルティメット・カップ 二次リーグ第331試合 出場選手一覧(括弧内は賭けレート)>
1 “ハイエナ”虎畝星光(2.88倍)
2 トビウオ野郎(2.96倍)
3 村道みのり(3.33倍)
4 タナカ(3.42倍)
お邪魔キャラ1 高田ルーク圭
お邪魔キャラ2 ザコ木之子
お邪魔キャラ3 “雷王”我田荒神
お邪魔キャラ4 間裏尾マリオ
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