第16話 「バトルモード」

「失礼。私の自己紹介が、まだだったね」


 上品な紺スーツに身を包んだ男・福馬ふくまサクは、一次リーグ敗者達の前で語る。

「私は福馬サク。『アルティメット・カップ』主催企業・フクマコーポレーションのCEOを務めさせて貰っている」


 ――フクマコーポレーション……まさかとは思ったけど、本当にそうだったのか。


 ハシルは初めて「福馬」の名を聞いた時、既にこの企業の名を連想していた。

 フクマコーポレーション……日本、いや世界を代表する、無輪駆動機体の製造メーカーだ。




「今日は黒服に代わり、君達に『敗者復活戦』の説明をする事にした」


 福馬が指を弾く。すると、部屋の全体がゴトゴトと揺れ始めた。

「なんだ!?」

 高田たかだルークけいの驚く声を皮切りに、動揺を始める「敗者」達。

 ハシルは、窓の外の景色を見た。

 外に広がるコースの景色が、空へ上がっていく。いや、ハシル達のいる部屋が、地下へ降りているのだ。


「私達が今、向かっているのは二次リーグの会場。先程までいた一次リーグ会場よりも遙か地下にある」

 福馬は、不敵な笑みを浮かべながら、言う。

「ここは観客もレーサーも、特別な条件を満たした者しか到達できない。より過激でエキサイティングな戦いの場さ」




 部屋の揺れが止まる。

 外の景色は先程までから一変し、闘技場のような円形のフィールドが広がっていた。

 フィールド内部には入り組んだ壁が設置されている。

 その壁を挟み、いくつかの機体が、スタートの合図を待っていた。


 福馬は部屋の中を歩き、窓の前に堂々たる様子で立った。




「まずは、二次リーグのルールから説明しよう」


 福馬の言葉を合図にするように、フィールド上の機体達が、一斉に動き始めた。


 機体達は出会い頭に“迎撃ミサイル”を撃ち合う。

 そこはさながら、戦場であった。


「レースは四機で競う。ただし、コースは30。30分後、コース内のどこかにゴールゲートが開く」


 一機、また一機と、窓の外のフィールドで戦う機体が撃墜されていく。


「勝ち残るレーサーは、一試合につき一人。勝利条件は、30分後に開くゴールゲートを最初にくぐる事。もしくは、自機以外の機体を全て撃墜する事だ。負けたレーサは戻され、再び一次リーグを戦わねばならない」




「おい、アレ、何だ?」

 加賀美かがみレイが、小声でハシルに声を掛けた。

「爆弾が、走ってるみてぇだ」


 加賀美が指差す方向を見ると、通常の機体以外に、黒く丸っこい機体がフィールド上を走っている事に、ハシルは気付いた。


 黒い機体は、“迎撃ミサイル”を撃っている機体に、壁の陰から忍び寄るように近付く。

 そして、機体に体当たりをした。


 その瞬間、爆発が起き、フィールドの四分の一を包む程の爆炎を上げた。




「機体を襲うのは、ライバル機体の攻撃だけじゃない。出場者以外に四機の『お邪魔キャラ』が存在する。『お邪魔キャラ』は武装を一切持たないが、小さな衝撃でも大爆発を起こす黒いマシンで、機体に忍び寄る!」

 福馬は、さも愉快そうに、不気味な笑顔で演説のように語る。

「触れたが最後、機体は再起不能なまでに破壊されてしまう! レーサーは、ライバルを撃墜しながら、迫り来る『お邪魔キャラ』も撃退しなければならない!」




 窓の外のフィールドに、一機しか機体がいなくなった。

 円形のフィールド端で、一部の壁が上へスライドし、ゴールゲートが開いた。生き残ったたった一機は、ゆっくりとゴールゲートへ移動していく。

 動かなくなった機体の残骸達は、入って来たいくつもの工事車両により、次々と撤去されていく。




「上位リーグへの進出条件は、この試合に二度、勝利する事……だが、一次リーグで敗退した今の君達には、興味の無い話かな。では次に『敗者復活戦』の話だ」

 福馬が言った。




「君達には、二次リーグに『お邪魔キャラ』として参加して貰う」




 「敗者」達が、ざわめき始めた。

「静かにしろ!」

 黒服の一人が大声を上げると、再び静寂に戻る。


「君達の勝利条件は、一つ。二次リーグの参加レーサーを一人以上、撃墜する事だ」




「し、死んじまう……」

 福馬の言葉の直後、どこかからか細い声が聞こえた。




「見事レーサーの撃墜に成功すれば、機体を修復した上で、もう一度『一次リーグ』から参戦する事を許可しよう。動き回って体当たりできるのは一度きりだ、慎重にね」

 構わず、福馬は話を続ける。

「失敗し、レーサーを撃墜できないままレースを終えた時。その時が、君達の本当の敗北だ。自身の存在全てを使った、ペナルティを受けて貰うよ」


 福馬の言葉の意味を、「敗者」達は瞬時に理解した。

 奴隷オークションへ送られるのは、この「敗者復活戦」で負けた時である事を。




 ハシルは、昨日の「交流時間」の意味、対戦予定がショップで購入できる意味……それらの全てを、理解した。


 ――レーサーと敗者が結託するのは……ルールを知っている奴にとっては、当たり前の話なんだ……!




「あ、ちなみに、体当たりした後の事を心配する必要は無い。『お邪魔キャラ』用の機体にも、安全装置はあるからね。当たり所が悪く無ければ、死ぬ事は無い。安心して頑張ってくれ」

 福馬は部屋の出口へ向かいながら、軽い口調で言う。

「自分の試合がいつかは、モニターで確認できる。時間になったらここのドアが開くから、忘れずに行くんだよ」


 そう言って福馬は、部屋の出口の扉を出て行った。


「じゃあね」




 福馬と黒服達が部屋からいなくなってしばらくすると、真っ黒だったモニターに画面が表示された。

 昨日までの、一次リーグのモニターとはレイアウトが全く違う。モニターの大部分は八等分され、それぞれ機体のコクピットの、それぞれの搭乗者の様子が映されている。

 画面右端にはコースマップと、そして次の試合の参加者一覧が表示されていた。




 参加者一覧、「お邪魔キャラ」の欄を見て、ハシルは唖然とした。

 そこには“雷王らいおう我田がだ荒神こうじん、そして、高田の名があった。


 試合の開始時間もモニターに表示されている。

 今から 10 分後。もう、すぐだ。




「まさか、さっそくの出番とはね」


 口を開けたまま何も言えないハシルを前に、高田が言った。

「悪いな。緊張しながら待つ辛い時間を、僕だけ味わわずに済んじゃったよ」




「時間だ、来い!」

 程なくして、黒服の男が出口の扉を開け、怒鳴った。

 我田と高田が、ゆっくりと出口へ向かう。




「高田!」


 加賀美が、高田に声を掛けた。


「生き残れよ」





「また、一次リーグの会場で会おう」


 高田は、そう言ってぎこちなく笑うと、出口をくぐって行った。







 ハシル達は、この試合が始まってすぐに、思い知る事になる。


 「敗者復活」する事が、いかに険しい道である事かを。







<アルティメット・カップ 二次リーグ第331試合 開始 5 分時点・途中結果(括弧内は賭けレート)>


1 “ハイエナ”虎畝星光(2.88倍)

2 トビウオ野郎(2.96倍)

3 村道みのり(3.33倍):リタイア

4 タナカ(3.42倍)

お邪魔キャラ1 高田ルーク圭

お邪魔キャラ2 ザコ木之子:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 “雷王”我田荒神

お邪魔キャラ4 間裏尾マリオ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る