第17話 敗者復活戦1 高田

 高田たかだルークけい

 二年前、配信事務所Dan-Liveダン・ライブから配信者「ローデス」としてデビューを果たす。

 真面目な性格とレース知識で個性確立を狙うも、視聴率およびチャンネル登録者数はデビュー以来伸び悩む。


 一年前、学生時代に経験のあったDレーシングの練習を開始。

 レースチーム・Dan-Live Team Aに所属するレーサー兼配信者として、人気獲得を目指す。

 Team A は特に、配信者としても個人レーサーとしても既に絶大な成果を残している配信者・戸貝こがいリイナをチームに迎えており、Dan-Liveのレース界における躍進を期待されていた。




 ところが、結果は戸貝の病気による前半戦欠場、謎の大型新人・一条いちじょうソウの登場等の波乱が続き、下位リーグ敗退。




 Dan-Liveはレース業界からの撤退を決め、チームは解体。

 戸貝を除くチームメイトは、事務所の退所を宣告された。


 それを最も拒んだのはなぜか、チーム解散とはいえレーサーとしての引退は無い、そして、退所させられる事も無い、戸貝リイナだった。


「私のせいだ。私が最初から走れてたら、結果は違ってた」

 リイナは、入院による前半戦の離脱を気に病んでいた。

「私はもっと皆と走りたい。せっかく仲間が沢山できたのに」


 入院は病気のせいだ。彼女のせいじゃない。彼女が悲しむ必要も、苦しむ道理も無い。それでも、最初に涙を流したのは彼女だった。

 配信者として同期であり、古くからの友のように接してきたリイナが悲しむ姿を、高田は見たくなかった。


 だから高田は、改めて事務所へ直談判をした。


「君はリイナ程じゃないが、レーサーとしての素質は悪くない。正直、レーサー生命を終わらせるには惜しい、という気持ちも、無くはないんだ」

 事務所の社長は、高田に言った。

「ある大会がある。非公式だがね……そこの運営から、レーサーの出場を依頼されてるんだ。断ろうと思っていたが……ローデス、君が出るかね? 結果を出せたら、チームの解散は考えてもいい」


 考える猶予を与えられなかった事もあり、高田は出場を受け入れた。


 それが、かの「神隠しレース」である事も、知らずに。







 ――さっき、説明を受けながら観た試合よりは、試合展開が遅い。不幸中の幸いだな。


 高田は、「お邪魔キャラ」専用の黒い機体を駆り、フィールド内を巡回しながら、考える。

 彼は、どの機体とも遭遇しない場所を選び走行していた。


 敗者復活するには、機体に体当たりするしか無い、機体と出会うのが必須。

 しかし、闇雲に機体と出会いに行くには、この黒い機体はあまりに危険である事に、高田は既に気付いていた。


 ――この機体。二次リーグ出場者達と比べて、遅すぎる。旋回性も良くない。バリアのような武装も無い。……下手に出会えば、“迎撃ミサイル”で撃墜されて終わる。


 開始五分で、既に試合は動いていた。

 一機が他のレーサーにより撃墜され、爆発の隙を見てレーサーに体当たりを仕掛けた「お邪魔キャラ」の一人が、軽く回避され、残された“妨害ボム”の爆発に巻き込まれ、機体破損。リタイア……つまり、奴隷オークション行きとなった。


 この末路が、他の「お邪魔キャラ」達の動きを、より慎重な物にさせた事は、疑いようが無かった。


 ――どの「お邪魔キャラ」も、機体の後ろから迫ろうとしてるが、深追いはできていない。機体の性能差で墜とされる事を理解してるんだ。


 しかし、気になる動きもあった。

 魔力レーダーによる機体の動きを見ると、レーサーと「お邪魔キャラ」が連携するような動きをしている様子が、見られるからだ。




 ――レーサーが前から、「お邪魔キャラ」が後ろから追い込むような動きをしてるな。




 「お邪魔キャラ」の機体に付いているのは、公共フリー通信の送受信機のみ。特定の「お邪魔キャラ」とレーサーのみのやり取りは出来ない。即興でレーサーと「お邪魔キャラ」が連携を取るのは、不可能だ。すなわち。




 ――「交流時間」の時点で既に、レーサーと「お邪魔キャラ」が結託しているな。




 だが、高田に焦りは無かった。

 「交流時間」を利用した、レーサーと「敗者」の結託。二次リーグと敗者復活戦のルールを聞いた時点で、高田はこの可能性を想定していたからだ。


 ――だが所詮、付け焼き刃の共闘だ。他のレーサーを仕留めるには至っていない。


 レーサーによる追尾魔力弾“赤い追跡者レッド・トレッフェン”の攻撃は、フィールド上の壁を利用した回避で不発に終わり、「お邪魔キャラ」の追い込みは、撃墜を恐れた「お邪魔キャラ」が距離を詰めれず、あまり機能していない。




 ――むしろ、この拮抗の崩れを利用して、漁夫の利を狙えそうだ。




 高田は動いた。


 三〇分の制限時間がある以上、猶予はあまり無い。墜とせる機体も、一機だけ残る勝者を除いてあと二機。ボヤボヤしていれば、三機の「お邪魔キャラ」、もしくは他のレーサーの攻撃により墜とされてしまう。


 三機の機体……狙われる一機のレーサーと、二機の結託したレーサーおよびお邪魔キャラに、高田は接近した。

 高田の狙いは……あえての、


 敵機を墜とすのに集中力を割いている今が、撃墜のチャンス。




 近付いてみると、 高田の想像よりも激しい攻防戦だ。複数の魔力弾が常に飛び交っているのが、壁の向こう側に見える。


「墜ちろ、墜ちろぉ!」

 公共フリー通信から、たまに怒声が響く。

 驚かせ、怯えさせ、そして敵の隙を生むための行為だろう。


 ――さて、どうやって近付こうか……ん?




 別の場所から、さらに別の一機が乱入してきた。

 “無敵道化スター”を使用中の機体で、体当たりによる撃墜を狙っているようだ。




 <特殊武装・“無敵道化スター”>。


 機体の外部装甲全体に強靱な魔力のバリアを張り、“迎撃ミサイル”をはじめとする魔法攻撃のほとんどを無効化する。

 魔力弾の撃ち合いが中心となる二次リーグにおいては、魔力弾を無効化できる本武装の価値は、通常のレースよりも高いと言える。




 “無敵道化スター”のバリアを展開した機体は、先に追い込みを掛けていた「お邪魔キャラ」の方に、体当たりを仕掛けた。

 狙われている事に気付いた「お邪魔キャラ」は逃げようとするが、機体の性能差のせいで旋回・回避が間に合わない。




「うわあああ!」


 断末魔と爆発音が、公共フリー通信のスピーカーから聞こえてくる。

 大爆発を起こし、その爆煙の中からバリア展開中の機体が飛び出し、「お邪魔キャラ」が追っていた別の機体めがけて、さらに体当たりを仕掛ける。


 しかし、予想外の事態が起きる。

 体当たりする前に、バリアが解除された。

 「お邪魔キャラ」の爆発が予想以上に大きく、バリアを張る魔力が大量に消費されてしまったのだ。


 魔力切れによりバリアが解除されてしまった機体に、狙われていた機体は逆に追尾型魔力弾“赤い追跡者レッド・トレッフェン”を三発発射。

 立て続けに攻撃を喰らった機体は、動きを止めて沈黙した。




 狙われていた機体は今、乱入してきた機体の撃墜に集中している……そう判断したのだろう。

 結託していた「お邪魔キャラ」がリタイアしてしまったレーサーが、攻撃のために魔力弾を撃った。




 ――今だ!




 高田は、飛び出した。

 魔力弾を撃った直後は、“無敵道化スター”を含めた魔力を使用する武装は使用できない。つまり、体当たりの際にバリアを使われる心配が無い。


 高田は機体に向けて突進する。

 相手は高田の接近に気付き、旋回を始める。

 しかし、高田は相手の旋回先に先回りし、相手の真横から体当たりを喰らわせた。


 ――よし! 直撃だ!


 高田の機体の装甲が、爆発を起こす。高田が乗るコクピットも大きく揺れるが、高田自身が負傷する事は無かった。




 高田の機体は、動かなくなった。

 魔力の残量メーターは「ゼロ」を指している。エンジンの魔力は全て、爆発の威力に使われたようだ。


 ――これで……何!?


 高田は、魔力レーダーを見て唖然とした。


 高田が体当たりに成功した機体は、まだ沈黙していない。

 ゆっくりながらも、動いている。


 ――そんな……! 爆発の威力が足りなかったのか!?




 爆煙が晴れると、高田が攻撃した機体が動いているのを目視でも確認できた。

 装甲は大きく損傷しているが、機体は動いている。




 その機体に、別の「お邪魔キャラ」が体当たりし、さらに爆発が起きた。




「レーサー『タナカ』撃墜によりリタイア。レーサー『トビウオ野郎』お邪魔キャラによりリタイア。お邪魔成功者は、『“雷王らいおう我田がだ荒神こうじん』」

 公共フリー通信から、アナウンスが聞こえる。




「やったな、我田!」

 さらに、声が聞こえる。


「ははは! やった! やったぞ、まだ俺は終わってねぇ!」

「な? 俺の言った通りだろ?」


 ――まさか……他にも結託していたレーサーと「お邪魔キャラ」が……!?


「誰かの機体と、俺が手を組んだ『敗者』に、俺を追わせる。そしたら、俺が狙われてると勘違いした奴らが、勝手に寄ってくる……お前は、その漁夫の利を狙うだけでいいんだ」

「ああ!」

「『お邪魔キャラ』の爆発力は、時間が経つと魔力消費と一緒に減衰する。今くらいの時間なら、一発の体当たりじゃ機体を墜とせねぇ。俺が教えた通りだろ?」




 高田は、動かなくなった機体と共にクレーンで回収されながら、呆然としていた。


 この後の事を、考えないようにするために。


 だがそれでも、考える事を全くやめる事はできなかった。




 ――……クソ。すまない、リイナ……







<アルティメット・カップ 二次リーグ第331試合 最終結果(括弧内は賭けレート)>


1 “ハイエナ”虎畝星光(2.88倍):勝利

2 トビウオ野郎(2.96倍):リタイア

3 村道みのり(3.33倍):リタイア

4 タナカ(3.42倍):リタイア

お邪魔キャラ1 高田ルーク圭:敗者復活失敗

お邪魔キャラ2 ザコ木之子:敗者復活失敗

お邪魔キャラ3 “雷王”我田荒神:一次リーグ復帰

お邪魔キャラ4 間裏尾マリオ:敗者復活失敗

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